第36話 春祭りに使者が来る
春祭りは連続三日間かけて行われる春の訪れを歓迎するお祭りだ。どこの領地でも大々的に行われるけれど、今日の私とライオネル殿下は、王都の中心部で行われる春祭りの初日を楽しんでいた。
広場の中央に位置する特設会場はチューリップ、ダフニア、フリージア、そしてライラックなど、春の花々で美しく彩られていた。テントの帆布にも黄色いチューリップが描かれ、その鮮やかな色合いは太陽の光を浴びて一層輝いていた。
特設会場のアーチの周りには淡いピンク色のダフニアが咲き誇っている。ダフニアの花々は微風にそよぐたびに、甘い芳香を運んできた。
テントの入り口にはフリージアの花束が飾られており、その繊細な花弁からも独特の芳香が漂っている。人々はその香りを楽しむために、テントの中に入る前にしばしば立ち止まりこともあった。
また、特設会場内にはライラックの花が豪華に咲き誇り、深紫色の花房が魅力的に美しさを際立てていた。ライラックの花々は春祭りの特別な雰囲気を醸し出し、訪れる人々の心を華やいだ気持ちにさせる。
これらの美しい春の花々は、特設会場と広場全体に魅力的な色彩と香りをもたらし、春祭りの雰囲気を一層盛り上げていた。
私はライオネル殿下とお忍びでここを訪れているのだが、どの花もそれぞれに美しく甘美な香りを放ち、春の訪れを私達に知らしめ、幸せな気持ちにさせてくれた。
手をつなぎ、時には肩を優しく抱かれながら、咲き乱れる花のなかをゆっくりと歩く。まるで夢の中にいるように幸せだった。
彼の温かい手が私の手を優しく包む時、それだけで心が満たされた。ところが、私ときたらまるでムードがない失敗の連続だった。
幸せで胸がいっぱいなはずなのに、お祭りに立ち並び屋台の食欲をそそる香りに、お腹はキュルキュルと鳴ってしまう。お祭りの喧騒のなかとはいえ、至近距離にいるライオネル殿下には、きっとしっかり聞こえていたのね。
「お腹がすいてきましたね。さっきは、私のお腹が鳴ってしまって申し訳ない」
恥ずかしさで顔が赤くなった私に、ライオネル殿下は自分のお腹が鳴ったと庇ってくださった。自然にこのような言葉が出るライオネル殿下は素敵な方よ!
2回目の失敗はクレープを選んだこと。甘さ控えめながらも、中には新鮮なベリーとクリームがぎっしりと詰まっているクレープを食べたのが誤算だった。食べながら歩いているうちに、クレープの中身がすっかりワンピースにこぼれ落ちてしまった。
そんな時も、彼はタイミングをあわせたように、屋台で買った飲み物を自分のシャツにこぼした。
「ソフィと一緒にデートしている嬉しさで、さっきから私は失敗ばかりしていますね。だが、この失敗のお陰で特設会場で売っているお揃いの服が買えます。あのエメラルドグリーンのワンピースを買いましょう。私はその隣のドレスシャツにします」
ライオネル殿下が指さしたワンピースの前面には優雅な花柄の刺繍が施され、春の花々の美しさを象徴していた。ウエスト部分にはゴールドのベルトが取り付けられており、シルエットを引き締め女性らしい曲線を際立たせている。裾は広がりを持ち、歩くたびに優雅な動きを生みだしていた。
その隣のドレスシャツは涼しげなミントグリーンの色調で、清潔感と爽やかさを醸し出していた。前面には、小さなパールボタンが美しく配置され、細部へのこだわりが感じられた。
お忍びだからと目立たない服装で来たけれど、かえってこの目立つグリーンのお揃いの服の方が、周囲に溶け込んで、私達は引き続き春祭りを楽しむことができた。
「実はずっとこの服が気になっていたのですよ。ソフィのお陰でお揃いで着ることができました」
そっと囁く彼の瞳はどこまでも優しい。この方に出会えて大切にしてもらえることが奇跡のようで、何度も自分の頬をつねりたくなった。
途中、鮮やかなオレンジ色の帽子や黄色いマント、青いベスト、フリルつきのシャツを身に着けた大道芸人がフルートを吹いている姿も見かけた。
ライオネル殿下も一緒になってフルートを吹く姿が微笑ましい。王族だからといって少しも威張ったところがなく、大道芸人とすら笑い合って仲良くなってしまう、そんな彼が私は大好きなのだった。
☆彡 ★彡
夜は王宮で開かれる春祭りの晩餐会に出席した。もちろんボナデアお母様もビニ公爵様も参加していて、私のエスコートはライオネル殿下がしてくださった。
王宮の庭園は春のお祭りの晩餐会のために美しく飾られている。会場は広大な芝生の上に設けられ、小さな白いランタンが優雅な光を放ち、その周囲には鮮やかな花々が咲き誇っていた。
招かれた方たちは様々な身分と背景を持つ人々で、貴族、芸術家、そして商人たちが一堂に会していた。貴族たちは鮮やかな絹のドレスやタキシードを身に纏い、宝石で飾り立てられた帽子やアクセサリーを身に着けていた。彼らの服は豪華で洗練されたデザインであり、その美しさは王宮の壮麗さと調和していた。
芸術家たちは斬新なスタイルの衣装を選び、色とりどりのマントや帽子を身に着けていた。彼らの服装は個性的でありながらも洗練された美しさを持ち、芸術的な才能を感じさせるものだった。彼らは会場のあちこちで絵筆を持ち、音楽に合わせて描画や彫刻のパフォーマンスを披露していた。
商人たちもまた、豪華な衣装を纏っていた。彼らは繊維や宝石、贅沢品を扱う商人であり、その服装は彼らの富や成功を物語っていた。彼らは上品なシルクの服や華やかなアクセサリーを身につけ、王宮の庭園を歩き回りながらビジネスの話を進めていた。
会場全体は華やかな色彩に包まれていた。鮮やかな花々の香りが漂い、優雅なキャンドルの光が庭園を照らし出している。美しい音楽が流れ、人々は楽しみながら会話を交わし、美味しい料理と上質なワインを楽しんでいた。
ところが、このようなタイミングで、カロライナ王国から使者が到着した。本来ならば謁見の間でなされるやりとりも、今回は春祭りの会場である庭園でそのまま続けられた。
「カロナイナ国王からの書状です。ライオネル殿下、お受け取りください」
国王陛下や王妃殿下に対する儀礼的な挨拶を済ませた使者は、書状をライオネル殿下に差し出した。ライオネル殿下は言われるままにそれを受け取る。カロライナ王国の王家の紋章が透かし模様になった上質な紙には、次のように綴られていた。
『ライオネル殿下、我が国、カロライナ王国とメドフォード国との間には、深く堅固な信頼と磐石な友情が築かれており、これらの感情はまさに不滅のものであると言えます。ゆえに、私たちは音楽を通じてさらなる親睦を深めるべきだと考えます。そこで、カロライナ王国では特別な文化交流会を開催し、我が国の音楽と、貴国の音楽とを共有したいと存じます・・・・・・』
その手紙の最後には、カメーリア殿下とのヴァイオリン・デュエットの文字が見えた。ライオネル殿下は手紙を読み終え、微笑みながらおっしゃった。
「音楽を通じての親睦は素晴らしい提案だと思います。私はこの招待を喜んで受け入れます。使者殿、帰国した際にはカロライナ国王に感謝の意を伝えていただきたい」
使者は一礼し、満足そうに微笑んだのだった。
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