第28話 お母様から卒業します
ココが身につけているエメラルドのネックレスとイヤリングは、私のお誕生日プレゼントとしてお母様からもらったものだ。けれど、今初めてそれがボナデア伯母様からのものだったのだと知った。
しかも、お母様が身につけている琥珀色の宝石のブレスレットも、実はボナデア伯母様からのものだったことに驚く。それは非常に繊細なデザインで、美しいブレスレットだった。
「可哀想に。強欲な母親に、本来もらうべきプレゼントを盗られていたようだね」
ライオネル殿下がそっと手を握ってくださった。
「人聞きの悪いことをおっしゃらないでくださいませ。誕生日以外にも、年に四回もプレゼントを贈ってきたボナデアお姉様が悪いのです。どうせ、自分が裕福であることを誇示したかったのでしょう。高価な宝石でソフィの気を引きたかったのでしょうね」
お母様はボナデア伯母様に失礼な言葉を浴びせた。その表情からは、はっきりとボナデア伯母様に対する嫉妬が滲み出ていた。これまで、なぜ私はこのような人からの愛を求めていたのか、不思議な気持ちになったわ。
「メドフォード王国ではお誕生日の他に、春祭りや夏至祭り、収穫祭や冬至祭りにプレゼントを贈るのは、普通のことです。ボナデア・ビニ公爵夫人は決して財力を自慢していたわけではないですよ」
カサンドラ王妃殿下がお母様に、幼い子供でもわかるように、春祭りを例にあげて辛抱強く説明していく。春祭りは新しい始まりと成長を祝う祭りで、プレゼントの贈り物は希望と幸運を象徴し、春の訪れを歓迎する意味があること。
富裕層は宝石を贈ることが一般的で、特に翠玉やエメラルドの緑色が好まれる。これらの宝石は自然の再生と成長を表現している。それが子供に贈られる場合は、健やかに育つようにという願いが込められていること。
夏至祭りや収穫祭などに宝石を贈ることにもそれぞれ特別な意味があり、総じて子供の健康、幸福、成長、そして成功を願い、彼らが希望を抱き、夢を実現できるように励ますものでもあるとおっしゃった。
宝石はしばしば特別なシンボルとして使われ、大切な願いや祝福を表現する手段として重要な役割を果たすのだとも。
これらを説明してくださったから、私は改めてボナデア伯母様の深い愛を感じることができた。
一度しか会ったことのない私を、それほど気にかけてくださったなんて、ありがたくて涙がこぼれた。
「ヴィッキーが身につけているアンバーダイヤモンドは、その輝きから新たな始まりと希望を象徴しています。ソフィの成功と幸福を願う私の気持ちです。ソフィへの祝福が込められたブレスレットを自分のものにして心は痛まないのですか?」
ボナデア伯母様はお母様を見る際、憐れむような視線を投げかけた。
「大げさですわ。母親が娘の宝石をほんの少し借りたからといって、罪にはなりません。ほら、ソフィ。返すからこれを受け取ってちょうだい」
ブレスレットを外そうとしてもなかなか外れず、お父様にまで手伝ってもらいながら、慌てているお母様の姿をじっと見つめた。
なんて、滑稽な人達なのだろう。
「返していただかなくても結構です。これまでのカサンドラ王妃殿下やボナデア伯母様のお話から、私が年に五度も愛情を受け取っていたことを理解しました。いいえ、五度だけでなく、ずっとボナデア伯母様に愛されていたことがわかりました。それだけで幸せです」
私はボナデア伯母様の側にゆっくりと歩み寄り、そっと抱きしめると、伯母様も優しい微笑みを浮かべて、私を抱きしめてくださった。
「え? 返さなくて良いの? 本人がこう言っているのだからこの話はお終いですわね。さぁ、ソフィは一緒にラバジェ伯爵邸に帰るのです。たまにはビニ公爵邸に遊びに来てもいいですが、ソフィは私の娘ですからね」
「帰りません。私はそれらの宝石を返さなくて良いと申し上げただけで許してはいません」
「なんですって? 誰に向かって、そのような口をきいているのですか?」
私はもうひるまない。お母様の目をしっかり見つめて、しっかりとした口調で伝える。隣にいるお父様も、今は少しも怖くなかった。
振り向いてくれない両親は、今の私の冷静な頭で考えると、振り向いてもらう価値のある人々ではなかったのかもしれない。だとしたら、私にはひとつの選択肢しかない。
お母様、私はあなたから卒業します。
今こそ、私がラバジェ伯爵家から解放される時なのよ。
☆彡 ★彡
私はお母様達に、サロンのソファに座るようにお願いし、専属侍女のスザンナに私が調べた資料を持ってきてもらった。
ずっと、考えていたことだった。ボナデア伯母様から私に送られたプレゼントや手紙が届かなかったのはお母様の仕業だと予想していたため、私はジップトン王国とメドフォード王国の法律について調べていた。さまざまなシナリオを考慮し、ラバジェ伯爵家に戻らずに済む方法を模索していたのよ。
お母様やココが私のものになるはずだった宝石を身につけていたことは僥倖だった。
「どうぞ、お持ちしました」
スザンナが優雅な所作で資料を手渡すと、ボナデア伯母様と王族の皆様も興味津々でそれに注目した。
「お母様。ボナデア伯母様が贈ってくださった宝石は、いずれも高価なものばかりです。ですから、それらは普通のプレゼントではありません。お母様は私の財産を奪ったことになりますから、それと同程度の損害賠償金を請求します」
あらかじめ用意していた資料の中から、その根拠となる法律条文が記されている箇所も指し示す。そこには、親子関係においても、高額な財産を勝手に奪ったり隠匿することは犯罪であり、同額の金銭を請求できる旨が明記されていた。
「そ、そんなお金などありませんよ! 無茶言わないで」
「それを払わなくて良い方法がありましてよ? お父様とお母様に、この書類にサインをしていただきたいのです」
「いったい、この書類はなんなの?」
「私と縁を切ってください。そうして、もう二度と私に関わらないと約束してください」
「あら、まぁ。ほほほほ。とても賢くて楽しい提案ですわね。珍獣達と縁が切れるのなら、宝石をあげてしまっても安いものですわね。ねぇ、ビニ公爵夫人」
「はい。この者達の手垢がついた宝石など、ソフィには相応しくありませんからね。ただ、私に対する暴言とソフィに手紙が届かなかった悲しみを癒やす慰謝料はもっと高いですよ?」
「お金持ちのくせに、まだお金が足りないのか? ボナデア公爵夫人。元々、あなたは私の婚約者だったのですよ。それを勉強がしたいだなどとくだらない理由で放り出して、こちらが慰謝料を請求したいぐらいだ」
今までずっと沈黙していたお父様が、過去の出来事まで蒸し返し、ボナデア伯母様を責め立てたのだった。
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