第29話 契約書を破るヴィッキー

 お父様の言葉に、ボナデア伯母様は呆れた表情を見せた。初めて聞く過去の出来事に、私は驚いたが、お父様に注意を促した。


「そのような過去の話を持ち出して恥ずかしくないのですか? ボナデア伯母様に謝罪してください」


「エレガントローズ学院に通っているからって、私に偉そうに説教をするな! ソフィはまだ学生であり、大人の会話に口を挟むべきではない。法律の条文まで持ち出して、すっかり頭でっかちで傲慢な娘になったわけか。娘は黙って父親の言うとおりにすべきなんだ」


「そうだぞ。エレガントローズ学院なんかに通って、ビニ公爵夫人に可愛がられているからって、偉そうにするな。だいたい、育ててもらった恩も忘れて、母上に金を請求するなんて卑しい。レディとして恥ずべき行動だと思わないのか? ココのように、女性は可愛らしく従順で甘え上手が一番なのだ!」


 お兄様が私を責めると同時に、ボナデア伯母様がすかさずお兄様に話しかけた。


「スカイラー。ここにいらっしゃるのはメドフォード王国の国王陛下と王妃殿下、それに王太子殿下と第2王子殿下です。まずは王族の方々にご挨拶するのが礼儀でしょう? 両親に似て残念な子に育ったこと」


「これがシップトン王国のラバジェ伯爵家の長男なのですか? なんて教養のない。女性は可愛らしくて従順で甘え上手が良いですって? 華遊館で働く女性達が好きなようですね? 全く嘆かわしい。頻繁に通っているのかもしれませんわね」


 カサンドラ王妃殿下が不快そうに顔をしかめ、ミラ王女殿下は冷淡な嫌悪の視線をお兄様に向けた。


「信じられない。酷い偏見だわ。同じ空気も吸いたくないくらいですわ。お父様、ジップトン王国の者達は皆このような考え方なのかしら? しかもソフィお姉様より、あちらの女性の方を褒めるなんて視力が悪いのでしょうか?」


 華遊館は露出度の高いドレスを着た女性たちがいる、お酒を楽しんだり会話を楽しむ場所だ。お兄様がそんな場所に通っているとは意外だった。


「まさか、私は行ってないです! 酒の塔なんて見たことはないし、泡と踊りの祭りも知らないです」


 

「思いっきり通っているじゃないか! 私も大臣達に誘われて一度行ったことがあるが、とても退屈な場所だった。あの浮ついた雰囲気、酒池肉林の宴、そして女性たちのうわべだけのほめ言葉...。あのような場所には何の価値も感じられない」


 カーマイン王太子殿下は嫌悪感をにじませた。


「兄上のおっしゃる通りですね。私も一度、騎士達と行ったことがあります。尊敬や愛想笑い、お世辞の言葉が飛び交っても、それは本物ではないですからね。人々は自分たちを酔わせ、現実から逃れるためにあのような場所に行く。しかし、真の成長や価値観の向上は、見いだせないのです」


 ライオネル殿下が華遊館を分析しだすと、お兄様は驚きの声を上げた。


「へ? 成長や価値観の向上を見いだす? あそこは息抜きに行くところですよ。誰もそんな哲学的なことなんて考えて通っていません。ただ、可愛い子がいるから、逢いに行くだけです!」


 とても爽やかな笑顔で持論を展開したけれど、自らの愚かさを露呈してしまっているとなぜ気がつかないの?


 これが、私のお兄様なんて、とても恥ずかしい。


「お兄様。あなたとも縁を切りたいので、ここにお父様達と一緒にサインをご記入ください。こちらのA側の部分にお父様達の名前を。Bには私の名前を署名します」



 家族間の絆を断つ契約書


当事者(以下、「契約者」と称する)


A側:


B側:


背景


かつて、A側とB側は家族として、共に歩んできたが、今後の道を別々に歩む決断を下す時が来た。


この契約書は、A側とB側の縁を切り、二度とかかわらないことを確認し、その条件を明示するものである。


契約条件


A側およびB側は、本契約書に調印した時点から、互いに一切の接触を避け、直接または間接的なコミュニケーションを行わないことを約束する。


本契約の条件に違反する場合、違反者は法的な制裁を受け、100年間の牢獄刑に服することとする。


契約の証明


この契約書は、星々の証拠として、A側とB側の絆が終わりを告げるものとなり、永遠の別れを象徴する。


署名と証印


A側:       日付:


B側:       日付:





「こんなくだらない書類など作って! だから、女の子には学問は不要なのですわ。こんなものこうしてやるわ!」


 お母様はサロンのテーブルに置いた書類をビリビリと破いてしまった。



 どうしたら良いの?

 せっかく作成した正式な法律の効力が及ぶ文書なのに・・・・・・


 その瞬間、ライオネル殿下が指で破れた紙に軽く触れた。すると、破れた紙が瞬時に再生され、破れた部分が元通りに修復された。紙に書かれた文字もそのままだった。


「ライオネル殿下は魔法が使えるのですか?」


 メドフォード国はその昔、魔法王国だったと聞いたことがある。今では廃れてしまっているけれど、王族だけは使えるのかしら?


「これは錬金術師ニッキーが発明した魔道具です。ペイパーリバイバーリングと呼ばれ、私が指にはめているこの指輪がそれです。指輪をした手で破れた紙に触れるだけで、リング内部に内蔵された魔法が作動し、破れた紙を修復する仕組みです」


 指輪の表面には細かい紋様や彫刻が施され、中心部には小さな宝石が嵌められていた。今度はお兄様が破こうとしたけれど、それは破けなかった。


「ペイパーリバイバリングーには特別な魔法のインクが内蔵されており、修復された紙には鮮やかな色彩と耐久性が付加される。だから、その紙はもう二度と破くことも燃やすこともできない。さぁ、おとなしくサインをしたまえ」


 ライオネル殿下は厳しい顔つきでお父様、お母様、お兄様にサインを強く要求したのだった。



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※華遊館:キャバクラやクラブのような場所。


※酒の塔:シャンパンタワー。


※泡と踊りの祭り: 華遊館内で、泡立つシャンパンと美しい舞踏が楽しまれる祭り。

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