正しい、間違い、人である。

鈴ノ木 鈴ノ子

ただしい、まちがい、ひとである。

 悪の組織と正義の戦隊の戦いがあった。

 もちろん、正義は勝つ、当たり前のような方程式によって悪の組織の首領は滅ぼされて組織は解体された。

 レッド、ピンク、グリーン、ブルー、イエローのカラー戦隊だったが、私は一翼を担ったわけでもない、諜報専門であり、時に味方、時に敵と姿を変えては現れた「ダークグレーのバロン」として、正義の遂行に悪の衰退に力を尽くしてきた。


 戦隊は英雄となり、各自がそれぞれの業界で活躍しているが、私は田舎へと引っ込んでいた。人の良い面も沢山見たが、それ以上に悪い面も酷い面も見すぎてしまったのだ。

 

 人間不信であるかもしれない。


 数年前、ある仕事でご一緒した先輩が私のファンだったそうで、巧みに隠してあった私の正体を知ると、岐阜県にある明智町の別荘をタダ同然の値段で譲ってくれた。私が田舎で隠居して過ごしていきたいと言った半分我儘のような言葉に、何を思ったか、そうしてくれたのだった。


 それから数年が過ぎて、近所の人々にも、食材を買い出しに行くスーパーブローの店員さんにも顔をしっかりと覚えられたあたりのこと。

表向きは顔の広い先輩が文筆家と地元に紹介してくれたお蔭で、まぁ、実際、それで食べているのだけれど平穏な生活を営んでいたある日、明智の駐在さんが唐突に我が家のベルを鳴らした。


「こんばんは、ミスター・バロン、駐在です!」


 私のペンネームを網戸にしてある玄関から叫んでいる声が聞こえる。私の中の七不思議なのだが、バロンと名乗っているのに正体が看破されることは一切ない。

まぁ、便利なので体よく利用させて頂いていた。


「はいはい、どうしたの駐在さん」


 スラックスに半そでシャツというラフな格好で、私は玄関まで続く廊下でそう大声で返事する。


「バロンにお客さんなんです。迷子になってましたよ」


 親切心で連れて来ましたって感情がしっかり籠った言い方に、はて、と私は頭を傾げた。

 来客なんぞ来る予定はないと思いながら、玄関まで出ると、駐在の横に丈の長い黒のワンピースきて、大きめの帽子を被って顔を隠した女性が立っていた。

 身長は140センチくらいだろうか、そして、どことなく漂っている雰囲気に、私の経験で裏打ちされた感覚が危険を注げていた。


「お客さんなんていたかなぁ」


 頭の後ろを掻くふりをしながら、手に波動を貯めてゆく、先手必勝、先に吹き飛ばして仕切り直すのが最善だろうと考えていた矢先、駐在がふらりと外へ出て行ってしまった。

 おもわず呼び止めようと私が声を掛けようとすると、彼女が右手でソレを制止する仕草を見せた。


「私です、バロン」


「その声、懐かしいなぁ」


 鋭く尖った指先の爪、そして雪のように白い肌色を見て、私は正体がすぐに分かった。


「怪女の類だなぁ」


 誰かまでは分からないので総称で呼ぶ。


「ラピスだ!忘れんな、馬鹿!」


 指が私へと向くと、鋭い爪が指先から次々と発射された、それは私を貫くことなく、ギリギリのラインを抜けて、そして美しい木目の壁に突き刺ささる。


「威力が落ちたねぇ?」


 昔は超合金でできた装甲板ですら貫いた威力だったが、今やこの程度と呆れるほどに落ちていた。


「うるさい…」


「何しに来たんだ?ラピス」


 帽子を指先で跳ね飛ばしてみると、金色の瞳が私を睨みつけていた。

 蛇のように大きく開く口に、尖った耳、真っ白な皮膚は少しだけ鱗模様が美しく浮かんでいる。

 だが、首元の皮膚が爛れて、ところどころ鱗模様の皮膚が取れて真皮が赤くなって見えているのが気になった。

 それは人為的につけられた、人間でいうならば搔き毟った傷跡のように見える。


「助けてくれ、もう、無理だ。もう、死にたい。死にたいのに死ねない、だから、殺して貰いに来た」


 ラピスが首元で縛っていたワンピースの紐を解く、パサリと音がして床へとそれが落ちると、全裸のラピスが現れた。


 その裸体に私は絶望を見てしまった。


 背は小さいがプロポーションは抜群でボディーラインの浮き出るようなスーツを着て荒らしまわっていた姿は見る影もない。

 白磁のような体にシミのように色が変わり果てた打ち身の跡、自ら切り裂いたがすぐに治癒が始まって瘡蓋となった傷口が至るところにあったのだった。


「もう、無理だ、頼む、哀れと思うなら一思いに殺してくれ」


 その場に膝をつき、両手を傷だらけの胸の前で組んだラピスが懇願する。


「もう、生きていたくない」


 金色の瞳から涙が溢れ、そして震える声がそれを告げる。それは慈悲の懇願といっても差し支えないだろう。


 彼女は哀れみの病人となっていた。


 怪人・怪女症候群という病気がある。

 悪の組織は一般市民を無差別に拉致し、ドクターデスの妖術医術によって改造して首領が使役した。

 それが、普通では死ぬことのない怪人、怪女と言う訳だ。

 彼らは首領の妖術に操られるままに行動し、そして指示された目標を壊して回った。町を破壊し、都市を焼き、人々へ殺戮の限りを尽くした。

 やがて、悪の組織が滅んで支配から抜け出した途端、彼らは常人の精神へと戻る。

 

 そこからが、地獄の始まりだった。

 

 意志が介在していないにも関わらず、体は行った行為をしっかりと覚えている。それがどれほど精神にとって悲惨な事になるかは分かるだろう。

 生き残った怪人・怪女は6000人、その半数以上の肉体、精神、共に壊れた。壊れてもなお、威力のある武装を持っている戦意を持たない者達を戦隊の全員で殺して回った。

 特に私、バロンは組織に食い込んでいたため、万が一逃げ出してしまえば、その能力で市民に危険性を及ぼす可能性のある者をよく知っていた。

だから、積極的な関与を政府から求められた。

 

 なんてことはない、正義の味方は、あっという間に血と肉片に塗れて、正義の虐殺者となった。

 

 無防備な怪人を手にかけ、正気を失いボロボロになった怪女を手にかけ、そして、殺して貰えることに感謝する人を取り戻した怪人に手にかけた。


 子供から大人までを私は手にかけたのだ。


「ありがとうございます」


 死を目の前にして彼らが私達に言った言葉だ。


 これほど悲壮な感謝があるだろうか。


 遺体はその場で火葬されて、灰は組織の復活を防ぐために、政府管理の閉山した炭鉱の奥深くに捨てられた。


 生き残った者達は政府の保護下で北海道にある隔離された収容施設にて生活している。だが、それは生活と言えるのだろうか、彼らは市民に溶け込むこともできず、その変貌した容姿から同じ人間として同一視されることもない。

 保護をしています、と政府は声高々に言っているが、それは緩慢な死を待っているだけに他ならないと思う。


 もちろん、成功した怪人・怪女もいるが、それは本当にごく少数で自らの罪が少なかった者達だろう。


「なぁ、妹のリアスを葬ったときのように、魔銃で殺してくれ」


 こうなるのが嫌だったので、田舎に引きこもったと言うのに。


 私は両手を合せて呪文を唱えるとその手を放していく、すると離れていく両手の手の平から魔銃グリーブが姿を現し始めた。


「ああ、救いだ」


 ラピスが神でも見るかのような視線で銃を見つめている。

 火縄銃のような作りの綺麗な装飾が施された魔銃は、その姿をしっかりと現して宙にふわりと浮く。

 私はそれを手に取ると握ったままでラピスを見つめた。

 黄金の瞳が、早く、早く、と訴えかけてくる。


「なぁ、ラピス」


 以前は思案する時間もなかった、だが、今は違う。


「な、なんだ。殺してくれるなら何だってするぞ」


「そうか、その爪の威力は最大まで上げることはできるのか?」


「これか…、ああ、力を振り絞ればあの頃の威力はできると思う」

 

「そうか、じゃぁ、俺のここを狙ってくれ」


 懇願して組んでいる片手を取り手の平を開かせると、私は自分の心臓の位置に指の爪を立てた。


「な、なにを、正義の味方が死んでどうする?私達のような悪人は死ななければいけないが、お前のような正義の味方は生きるべきだ」


「俺だって似たようなもんさ、お前の同胞を殺しまわったんだぜ、ほとんど抵抗もされずに、殺して回ったんだ」


「私とは違うだろう。お前は子供を殺していない、赤子を殺していない…。私はそれをしたのだ」


「ラピスはそれを望んだのか?」


「そ、そんなことあるか!でなければこんなに苦しまない!」


「じゃぁ、俺の方が悪人さ、俺は自らの意思でお前らを殺して回った。懇願されて、はい、はい、と殺したんだ」


「それは、我々が悪人だから」


「操り人形が悪人、笑わせるなよ」


 ラピスの前に私は腰が抜けるように座り込んだ。爪がシャツを切り裂いて、私の肉を少しえぐったが、傷はあっという間に癒えていく。


 怪人・怪女も正義の味方も簡単には死ねない作りなのだ。改造を施さなければ正義の味方も戦うことはできなかったのだから。


「人殺しに変わりわないさ」


「私達は人じゃない」


「いや、人さ、お前が人でないなら、俺だって人じゃない」


「じゃぁ…。バロン、一緒に死んでくれる?」


 ラピスが意を決したように問う。


「ああ、いいよ。一緒に死ぬか?」


 迷いなく私はそう言ってラピスの手を握った。


「ありがとう…。1人は怖かったんだ」


 今まで殺してきた怪人・怪女の顔をが浮かんでくる。それはどれもこれも、恨みなどない、穏やかな顔だった。


「なぁ、バロン、怖い…」


「ん?」


「死ぬのが怖い、今になって死ぬのが怖い」


 私の手を放してラピスが自分の身体を両手で抱きしめた。


「死にたくない、本当は死にたくないんだ。でも、また、あんな経験をしてしまうかもしれないと考えると、もう、苦しくて、辛くて…」


 ボロボロと涙を零すラピスの頭に私は手を置いて、ゆくりと撫でる。


「俺だって怖いさ、自分が死ぬことも、ましてや、お前を殺すことも」


 撫でる手が震えている。

 それを感じ取ったのだろう、ラピスの手が私の手を掴んで包む。


「私は最後まで酷い怪女だ」


「俺だってそうさ、酷い正義の味方だよ」


「お互いに似ているな」


「ああ、似ている」


 2人で見つめ合い、そして次の言葉を紡ぐ。


「 「 誰かを苦しめている」 」


 そう言って互いに涙を流して額を合せるように顔を近づける。

 流す涙も、漏れ出でる声も、震える体も、同じだ。


 玄関に据え付けられている古時計が時報を鳴らした。大きく古めかしい音が鳴り響く。なにかを訴えているような音色だった。


「なぁ、一緒に苦しむ覚悟ができるか?」


「え?」


「最後ぐらい、苦しませない、普通の人として生きてみないか?」

 

「人として…」


「ああ、俺はお前を怪女なんて見ることはできないよ、お前は人さ、今の行為がまさに人じゃないか」


「それは…」


「なぁ、ラピス、互いに支え合いながら、一緒に過ごしてみるのはどうだ?、最後まで苦しめるようなことは止めて、互いに人になってみないか?」


 ラピスの黄金の瞳を見つめながら、私は心からの想いを吐き出した。もう、正義の執行は御免だ。いや、それも正義でないのだ。


 互いの苦しみは同じだ。


 それは1人では抱えきれないほどの闇であり、重さであり、恐怖だ。

 だが、同じ2人なら支え合っていけるのかもしれない。

 終えるのではなく、向き合い、そして弔っていく。

 毎日が死ぬほど辛く、そして苦しいだろう。


 だけれど、今なら誰かを苦しめることは無い。


「自己満足だと思う」


 ラピスがそう言って視線を下げた。


「でも、そうすべきかもしれない。私が人であるために」


 視線が再びと合う。今度は意志がしっかりと籠った視線だ。


「ああ、俺もお前も人だよ、見てくれが違うだけで、中身は一緒さ」


 私もしっかりとその吸い込まれそうなほどに透き通った目を見る。


「お前がそう言ってくれる限り、きっと私は人で居られる」


 ぎゅっと手を握られた。


「ああ、お前がそう言ってくれる限り、俺も人で居られる」


 私もしっかりと握り返す。

 2人で再び次の一言が合わさって口元から出ていく。

 

「「信じているから」」


 互いにしっかりと手を握り合いながら、私達はそう言って声を上げて泣き合い抱き合った。


 あれからどれほどの年月が過ぎただろう。

 政府の研究によって怪人・怪女の記憶修正と改造前に戻ることが可能となり、北海道の施設は閉鎖された。

 正義の味方も自らの子育において、あの記憶に苛まれてそれを消してしまった。

 記録のみ、それがあったということを示しているだけとなってしまった。

 

 だが、ラピスは怪女を辞めることは無く。

 私、バロンも記憶を消すことは無い。


 あの日の誓いを胸に今日もまた日々を過ごし。


 そして弔いを続けている。


 

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