第14話 笑え

「なんで気付かなかったんだ」


 ラファエロに言われて漸く気付いたのだが、俺は血の匂い漂う白シャツと短パン、それに今にも千切れそうなサンダルと事件性の溢れる格好のままだった。普通気付くと思うし、誰も言ってくれないってのも不思議だ。冒険者って結構血生臭いのに慣れているのやも。


「しかし…金になったな随分と」


 普通、ト級ダンジョンの調査なんて子どもの小遣い稼ぎレベルの仕事らしい。当然、命に関わるレベルのモンスターが出るわけもない。

 しかし、俺が撫で斬りにした鬼(レッド・オーガと呼ぶらしい)達はホ級以上のダンジョンにしか出ない危険な存在だったらしく、おまけに奴らの持っていた武器が未発見の物だったという事でかなりの稼ぎになった。


「聞く限り、日本円で5-60万くらいか…」


 本来はこれをパーティメンバーで分割するという事らしい。


「道着と袴…はないか。動きやすい格好なら何でもいいが」


 そんなわけで今服屋に来ているのだが、何を選んだらいいのか全く分からない。そもそも服屋に来るのすら初めてだ。


「なんか服屋は店員がメチャクチャ話しかけてきて鬱陶しいと聞いていたが…」


 少なくともこの店の唯一らしい猫耳を生やした青年は店の床で気持ち良さそうに眠っている。


「色々といいのかよ…うーん」


 一先ず眺めてみるが何も分からない事しか分からない。袖の無いシャツ、ラヴが纏っていたようなローブ…これは魔法が刻印された物で斬撃が通りにくくなっているらしい。防刃仕様って事でいいだろう。


「服ですら分からんのに、魔法まで絡んでくるとなー」


 服について聞きたいところではあるが、あまりに心地良さそうに寝ている彼を起こすのはどうにも忍びない。


「他の店に行くか」

「…はぁ…はぁ…ここにいたか、ギンマルのニーチャン…はぁ…」

「おぉヴォルペ」


 ダンジョンで出会った時のままの装いのヴォルペが、汗だくで立っていた。どうやら探し回っていたようだが、何か約束したり借りたりといった覚えはない。

 …それにしても、服についてだけ見るとヴォルペの格好は実に纏まっているように思われた。腿の上までしかないショートパンツにベルト、ワークブーツ。胸元だけを覆うインナー(下乳がかなり見えている)に、腕と首元だけのポンチョだろうか? 首元は防寒や防刃用なのかモフモフのファーが付いている。


「センスがいい…っていうのか」

「ニーチャン、もうホ級冒険者になったってホントーか!!!? まだなってから1日だよなぁ!?」

「? あぁ、確か」


 左手に巻いたミサンガを見せる。これに付けた金属の小さなプレートが階級章らしく、それはドックタグに似ていた。


「ニーチャン」

「おぉ」

「凄えじゃねーか!!」

「? あぁ」


 何故かヴォルペは我が事のように喜んでいた。目まで輝いているようである。小さい頃のツバキも同じ目をしていた。


「…なんで微塵も嬉しそうじゃねーんだよ!? 普通1-2年は掛かるぜ、腕っぷしがあろうとよ、ギンマルのニーチャン!」

「そうなのか?」

「だあああああああ…とにかく!ニーチャンは!すごいんだよ!」

「そうか」


 どうしてヴォルペはこんなに躍起になってるんだ?


「…ニーチャン、笑え」

「なんで泣いて…」

「いいから! 笑え!!」

「…こうか」


 最大限の笑顔を作って見せる。が、キツネ耳の少女の涙は止めどなく流れ落ちる。


「…なんでそんなに作り笑い下手なんだよ…ニーチャンは凄え奴なのに…」

「…ごめん」

「ニーチャンが謝る必要なんかねーだろ!!」

「わるい」

「うにゃあああああああもおおおおお」


 ヴォルペは何かに対してずっと怒っているようだった。それは俺の中の内側にある物に対してやもしれない。しばらく怒って泣いて叫んだヴォルペは静かに呟いて帰っていった。


「…今度祝いに奢ってやるから、ウチんち来いよ。絶対」

「わかった」

「………はぁ」


 小さくなった背中を眺める。アイツにも心配させないように、早くツバキを…ツバキを超えないと。


「痴話喧嘩終わった?」

「え」

「いらっしゃいませにゃ〜ん。ふわああネム」

「え」

 


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