第9話 イロハニホヘト

「地底?」

「んああ、あんえも…どっかにある馬鹿でかい大穴を降りてくとある世界なんだと。だろ?」

「そだよー♩ これすっごく美味しいね〜ダーリン♡ もちもちした食べ物って斬新〜♪」

「ルペやあんちゃんもいずれ行けるようになるさ。ガッハハハ!」

「別にこっちと変わんないと思うけどねー?」

「ガッハハハ…魔族にはそうかもな!」


 地底…この地面の底にも世界があるのか。


「行けないってのは? ラッツは行った事あるし、ラヴはそこから来たんだろ?」

「…それも知らないでダンジョンんなか彷徨ってたのか!? 呆れたニーチャンだぜ。いいか?」


 どうやらダンジョンと冒険者は等級が存在し、『イロハニホヘト』で区切られるらしい。左に行く程難易度が高く強い、右に行くほど難易度が低く弱い。


「この間の奴がホ級ダンジョン、中の中〜下くらい。『ニホヘト』級は人間が頑張って鍛えて念入りに準備して時間を掛ければ攻略出来る難易度で、『イロハ』級は才能溢れる…白薔薇のネーチャンとかが頭数揃えて何とかなる超高難易度のダンジョンだ。

 で、地底は最低二級以上のダンジョンを攻略した事がないと場所すら教えて貰えねーのさ」

「…ツバキの等級は?」

「白薔薇のネーチャンか? まず間違いなくロ級だろうなー」

「イ級じゃないのか!?」


 当然あのツバキの事だから1番テッペンに君臨してると思っていた。ヴォルペは驚いた俺に、悪戯が成功したクソガキみたいな顔で続けた。


「あんな? イ級ってのは伝説の存在そのものなんだよ。西の国の聖剣騎士とか、邪竜と祈祷者…あとは何と云っても〜」

「「栄光のライオネル・センチネル!!」」

「なっ…」


 急にラッツとラヴが肩を組んで叫び出したのでビックリした。周りの席も何とかネルの名前を聞いて「栄えあれ!!カンパーイ」とやっている。相当有名らしい。


「将来的に白薔薇のネーチャンならイ級になれるかもな〜、ふぅ」

「…もしも」

「うん?」

「俺が先にイ級の冒険者になったら、ツバキから一本取った事になるかな」

「一本?」


 溜めるヴォルペがコーヒーを啜る。


「ニーチャン、それどころじゃない」

「それどころじゃ…?」

「あのネーチャンより先にイ級んなれたらな、この世界の全ての生命から一本取ったようなもんだ。1億本くらいかな?」

「流石ダーリン♡ ロマンがおっきい♡」

「ガッハハハ! 若いねぇ」

「そうか…!」


 あのツバキすらなし得ない事を先んじてやれれば、俺は価値ある存在になれる。そう言及されたお陰か、俄然やる気が湧いて来た。


———


「んじゃね〜ダーリン♡」


 朝餉と俺のほっぺにキスを終えたラヴは、会いたい人がいると白薔薇の館のある方へと消えていった。ラッツも娘と約束があると何処かへ帰った。


「にしてもイイのかよニーチャン? ウチのパーティじゃなくて」

「あぁ。1人じゃないとダメなんだ」

「……。ま、ニーチャンなら大丈夫か」


 他人の手を借りれば当然、俺の価値という側面はほとんどゼロになってしまう。それでは何の意味無い。俺がやらないと。

 隣を歩いていたヴォルペが俺の前に躍り出て来て、上目遣いで続ける。


「困った事があったら何でも言えよ? 絶対だかんな」

「…あぁ」


 適当に返事をしておく。と思ったら気に障ったのか、ヴォルペの手が俺のほっぺを捉える。ぐいっと彼女の瞳が近づく。


「絶対だぞ!! ギンマルのニーチャン」

「……」


 これ以上迷惑を掛けられない。お前みたいな少しムカつくとこもあるけどイイ人間が、俺みたいな無価値な奴に時間を割いちゃダメだ。答えずにいると、暫く見つめ合う時間が流れる。


「…はぁ。迷宮調査局ギルドはあれだ、じゃーな」

「…」


 俺の行き先を指差したヴォルペは悲しそうな背中を俺に向けて別方向へと歩いていった。


「…ごめんな」


 俺は何故か、その小さい背中に謝らずにはいられなかった。



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