第6話 ダーリン♡

「…ごめん」

「な、にが」


 沈黙。ツバキは俺の中の椿なら絶対にしない行動を取っている。どうしたらいいかまるで分からない。泣いてる人に接した事もないし、泣いてる時に誰かに声を掛けられた事もない。どうしたらいいんだ…?


「ごめんなさい、急に泣きついたりして」

「今さらそれくらいで驚かねーよ」

「…初対面じゃない、っけ?」

「そんなわけ…」


 いや、むしろ初対面のはずだ。椿はこの世界にはいないのだから、目の前のツバキは別人で当然。そもそも名前すら勝手に俺が呼んでいるだけだ。


「私は…知っているだろうけど、ツバキ」

「! 俺はギンマル」

「…ギン、マル。変わった名前」

「ここじゃお前の名前も変わってるだろ?」

「…そう?」


 この心底不思議そうに首を傾げる仕草に名前まで…偶然の一致とは本当に奇跡的だ。


「それで…何しに来たの? やっぱり怒ってる?」

「怒ってねーよ、別に」


 何だか拍子抜けしたせいか幾分か緊張も解れた。


「お前が来てくれたおかげで、皆も俺も生きて帰って来れた。だから、そのだな…」

「?」

「ありがとう」


 悔しくて思わずそっぽを向いてしまう。超えなきゃいけない奴に救われるなんて、力量差を突きつけられてるみたいで本当に悔しい。


「…うぅ…ギンマル…」

「っんでお前が泣くんだよ!!」

「…ぅ…ギンマル…」


 涙を両手で拭う仕草が猫みたいで可愛い…じゃなくて、こういう意地らしいところがあるとは。瓜二つとはいえ、やっぱり別人だよなそりゃ。


「泣くなよな、ったく」

「…ギンマル…?」


 昔やってたみたいに頭を撫でてやる。デカいトロフィーとか盾とか貰ってくるといの一番に俺のところに来て「撫でて」とせがまれたもんで。


「いいか、ツバキ? 今度は俺がお前を救ってやる!! 絶対にだ。だから泣くなよ」

「…ギンマル…」

「いや何で余計涙が出てくんだよ」


 潤んだ瞳を閉じたツバキは、俺の手を愛おしそうに抱えてほっぺに当て始めた。


「…ギンマルの手、あったかい…」

「話聞かねーなホントに!!」


 ——美しく、愛らしい。

誰が見てもツバキは教科書に載ってる彫刻作品を超えて綺麗だった。


(そうだよな、俺なんかより断然華がある)


 俺がツバキに向けている視線は、俺が家族や大事な人にたった一度でいいから向けられたかった視線だ。そう思うと腑が煮えくり返るようだ、今ならツバキの細い首に手が届く。


(…いや)


 あの・・ツバキが俺に甘えて油断した無防備な姿を晒している。この景色を独り占め出来るのは俺だけだ。この優越感を喪うのは惜しい。——そういう事にしておく。


 10分くらいそうしていて、ツバキは俺の手をようやく解放した。


「ギンマルも、する?」

「…」


 ツバキの手が差し出される。その手を取る事もなく俺は引き返す。


「要件は済んだんだ、帰る」

「…あ」


 何か言いたそうにしているようだったが、敢えて無視する。別人だろうがツバキはツバキ。俺の存在価値を証明する為のにすぎない。馴れ合いなんかは最低限でいいし、超えた後にいくらでもすればいい。


「それまでは要らない、こんな…」


——


 洋館を出る際に何故だか異様にメイドの女性(ラファエロと名乗っていた)に心配されたのだが、そんなに俺はガキっぽく見えるだろうか? 卑屈だと自覚はしているが、一応これでも弁えているつもりではある。そういう部分がガキっぽく周りには見えているのやも。


「ま、別に関係ねえ」


 最初から価値が無い俺がどう見えていようといないのと一緒だ。無事に悲願を果たせた後で存分に治せばいい。


 あてもなく歩く、人気の少ない街を歩く。すっかり三日月の眩しい時間になった。行く手には何かの集団が何やら騒いでいるが、避けて歩く。


「あ、ダーリン♡ 来てくれたんだ!!」


 何故だかすれ違う俺に向かってその猫撫で声は向けられている気がした。自意識過剰な時期なのは分かってる。構わず歩く。


「えぇ〜、ばちこりとスルーすんじゃん」


 諦めに似た声が聞こえたと思えば、集団の一部…というよりほぼ猫撫で声の主以外が俺の前に立ち塞がった。全員が細身の太刀やアウトドア用のナイフらしき刃物を持った男たち。


「俺たちの獲物奪うなよ〜スカしたにいちゃん」

「…俺の事か?」

「アッヒャッヒャッヒャ…!! はぁ、他にいねーだろ。天然さんかぁい??」


 別に奪った覚えはない。


「なんかにいちゃん見てるとイラッとするわ、殺しちゃお☆」

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