第5話 優しさ
『どうしてそんなに、怖がっているの?』
お前が全部奪ってくから。
『何でやめたの? 何で…なんで』
お前が必要とされてるから。
皆、お前に期待してる。
…だから、誰も俺に期待してないし必要としてない。全部手に入れたお前には絶対に分からない。そうだろ?
——
「…ツバキ」
「お、目覚ましたか! 後でお礼言いにいけよなー。…ニーチャンにも色々あるんだろうけどさ、ここまで運んでくれたの白薔薇のネーチャンだから」
ヴォルペの匂いがするベッドから起き上がる。白薔薇…か。アイツに相応しいっちゃ相応しいな。『椿』の方が的確というか、違和感ないが。
「これは?」
「ネーチャンの宿泊先」
手渡された紙切れを広げるが、中に書いてある文字は見知らぬものだ。しかし何故か内容は分かる…言葉と同じだ。
「…またアイツに…」
「ニーチャン、ウチも一緒にいってやろうか?」
「いや、いい」
「そっか」
泣くな、中坊に気遣わせてどうする。ツバキに勝つまでは甘えないと決めただろう。
「行ってくる…じゃないか。世話になったな、ありがとう」
「そんなつれない事言うなって。ウチのところで良かったらいつでも来いよ、ニーチャン」
「あぁ」
…無価値な俺にも優しいのな。本当によく出来てる奴だ、悔しいが。
階段を下り客のいない食堂を抜け、ドアを開けた先には美しい夕方の街並みが広がっていた。動物みたいな耳や尻尾を生やした人々や、ラッツのおっさんみたいなガタイのエグい漢達が居酒屋やら屋台やら民家の入り口の階段など思い思いの場所で晩餐や立ち飲みを楽しんでいる。
振り返って見上げた先には「中華のキツネ屋」とヴォルペのスカーフにも施された記号がプリントしてあった。家紋みたいなモノなのかもしれない。とにかく歩き出す事にした。
「チャレンジャー通り…」
初めての街で初めて聞く通り、分かるはずもない。『ダンジョン——聳え立つ巨大な塔の群れへ向かって』という添え書きが無ければ当然。
「もしかしてさっきまで、あんな馬鹿でかい建物の中にいたのか? 東京タワー…くらいはあるよな」
真下から見上げたわけでもないので正確ではないが、俺が知りうる限りだとそれくらいの高さだと思う。そして馬鹿でかい塔はオフィス街の高層ビル群の様に乱立していた。
「あんなもんよく建てたな…魔法があれば簡単なもんなのか」
人間には扱えそうもない巨大な槍を掲げる武器屋・カラフルな液体の入った小瓶がお洒落な雑貨屋・胸当てや防具に鎧を扱う店…どれも現実世界にはマンガやゲームでしか出てこない代物ばかりだ。
「現実世界…」
別にここが偽物だとか言ってるわけじゃないし、通り過ぎる人達の生活だとかが垣間見ると根付いているんだなって思う。皆楽しそうにやっている。
「現実世界…どっちが?」
道場に学校にバイト先…そこで体験した事経験した事のほとんどは、苦しかったり辛かったりってマイナスなもんばかりだった。
「少なくとも、天国ではなかったし」
それとは対極的に、こっちで出会った人間は(と言っても4人?しかいないが)皆優しい。ヴォルペの家を出た時もロン毛の人が念の為と残してくれた赤いポーションなる飲み物を貰った。飲んでからというもの、多少心が軽くなった実感がある。…味は独特の甘みがあってまずかったが。
「——もう着いちまった」
何だかんだ20分程は歩いた筈だが、体感は2分も経っていない。辛い事が待ち構えている時はいつもこうだ。『白薔薇の館』…随所に白薔薇の意匠があしらわれたこの武道場、というよりは洋館か。ここで間違いないだろう。
「いらっしゃいませ」
中に入ると、とても綺麗な耳の長いメイドの女性が応対してくれた。…メガネが素敵だ。
要件を伝えると2階の奥の部屋だと、部屋の前まで案内してくれた。大金持ちしか住めないだろう豪華な内装の建物だけあってサービスが良い。
「すぅーーーーーー…はあぁーーーーー」
2回ノック。
「俺だ、今いいか?」
返事を待っ—
「ッッッ!? なんだよ、いきなり」
ドアが勢いよく開いたと思えば、涙を流すツバキが俺の胸に飛び込んで来た。
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