第3話 初陣

『なんでお前なんだ』

『何で…なんで』


 脳裏をよぎる親父と椿の声。


「っるせぇよ…俺が聞きてえわ」

「…君…逃げて…」

「はっ、怪我人は大人しく寝てな」


 こんな状況で他人の心配が出来るなんて、出来た人間だな。最寄りのスカーフ女の剣を拾って構える。


「脇差し…くらいか。あんま握った事ねぇな」


 ゴーレムとやらは間近で見上げると一軒家くらいのデカさだというのが肌に伝わる。


「やっべぇ、でけえ」


 汗が止まらない。どうしてこんなところに俺は今立っているのか分からなくなる。怪我人連中をみやる。


(背後の2人は大丈夫そうだ…ロン毛の人はずっと握られてるし、ぐったりしてるように見える)


 ゴーレムの顔の前、何もない空間に拳大の石の槍が生成されていく。さっき見た限りでは射られた弓矢並みの速さだった。時速200km超えの矢を撃たれてから躱すなんてのはどっこい無理な話。


 「ハハハ、死んだかな」


 ——いや、そもそも俺は死んだからここにいるんじゃないのか?


 シャツに染みた血のシミは致死量という言葉を容易に彷彿とさせる。一度死んだ、と捉えて問題ないだろう。


「そうか、失敗してもまた死ぬだけか」


 何だか気が楽になって来た。一度経験してしまったからか、恐れよりも好奇心の方が強くなってくる。眼前の化け物を前に、俺はどこまでやれるのか、と。

 気付けば俺は、ゴーレムに視線だけは向けたまま一礼していた。予想外の事にか、ゴーレムの動きが一瞬止まる。


「ッッッ!」


 下半身の脱力から一気に力み加速する。俺がさっきまで立っていた場所に石の槍が突き立てられていた。ゴーレムの左腕に駆け上った俺は、もっとも細い部分に向けて…


「フッッッ!」

 

 剣を振り下ろした。そして左腕が斬れ落ち、俺のいた空間にまた石の槍が突き立てられていた。ロン毛の人を担いで2人の元まで後退…。


「取り敢えず何とかなったな…ふっ!!」


 ロン毛の人の呼吸が正常なのに安堵していたら石の槍が飛んできた。剣の異様な斬れ味のお陰か、全弾叩き落としてやれた。


(逃げられは…しないよな)


 1人抱えるだけなら行ける。が、斧男はデカすぎて俺1人じゃ無理だし、どのみち2人は置いていく事になる。


「倒すしかねえよな、やっぱ」


 とはいっても、粉々にされてもすぐに復活してくる化け物をどうやって? 全身くまなく岩で出来ているし、誰かが操っているみたいな感じでもない。弱点らしいモノが何かあれば…


「…さっきの玉か」


 粉々の状態から戻った瞬間に光った小さな玉、あれを壊せば倒せるかも。頸部の辺りにあったのは分かっている。

 俺は重心をとことん落として、クラウチングスタートに近い体勢を取った。踵には地面に突き立てられた斧。ゴーレムの顔面の前に小さな塊が浮かんだ瞬間。


「ッッッッッッ!」


 ゴーレムは槍を飛ばすのが間に合わないと考えたのか、残った右の拳を振り下ろしてきた。上半身を大きく落としている俺には当たらず、そのまま右腕を登りゴーレムの首めがけて走る、走る。首を目前に、槍が飛んでくるのが見える。


「ッアア!!」


 最小限で躱せる軌道へと全身を捻り、そのまま奴の首元へ飛ぶ。今度は捻った身体を反対へ捻り、その力の全てを左肩・左腕・左手・剣へと繋げる。


「取ったアアアアアアアアアアア!!」


 剣は豆腐でも切るかのようにゴーレムの岩肌を割いていき、一瞬岩ではないモノを斬った感触とともゴーレムの何もかもをも粉々に砕け散らせた。


「…ッ。はぁ…クソ」


 5m程の高さから落ちた割に、着地の衝撃は柔らかいものだった。ゴーレムの方を伺うが、ピクリとも動きはない。


「…凄えな、あんちゃん」

「! 凄いなんて、生まれて初めて言われたよ」


 斧男が肩を押さえながら起き上がって来た。


「どうして部外者がいるのかは分からんが、今はダンジョンから脱出せねば。手伝ってくれるか?」

「! …ここまでやっといて今さら置いてったりしないさ」


 言葉とは裏腹に、俺は斧男の二回りはでかい拳と拳を突き合わせた。




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