第2話 ダンジョンの奥

 鍾乳洞をファンタジー風味にアレンジした空間…俺が今いる謎の空間はそう形容したほうが他人に伝わりやすい装いをしていた。

 人間を遥に超える巨大な水晶の柱、足が6本ある小さい爬虫類(トカゲらしいキュートな顔立ち)、岩壁を所々覆うピンク色の苔…


「ここまでらしいってのも、何だか現実味が無いな」


 奇妙な話、何故か俺はこの変化をすんなりと受け入れていた。家族や警察に連絡して然る場面でありながら、俺の胸中は寧ろパニックと程遠い安息を手に入れていた。


「フハハハッ…」


 憎い? 憧れ? ライバル? 初恋? 十色の感情をごちゃまぜに感じさせる腐れ縁の女の不在が、こうも心を落ち着けるとは思わなかった。


「…にしても随分と殺気だった空間だ」


 親父が道場にいる時のような場所だ。一触即発を具現化したような生き地獄。…が、アイツがいないってだけで随分と気が楽なのが何とも言えない。


「金属音? 奥から聞こえてくる」


 まるで真剣同士で切り結んでいるような音だ。ファンタジーな世界にいるらしいという現実を受け入れたというのは半分本当で半分嘘。幼馴染さえいなければ何でも良かった、それだけが望みだったから。


(!)


「ラッツ援護!!」

「おうよッッッ!!」

「ダラン支援!!」

「ッッ…『影踏舞踊シャドウダンス』!!」


 岩陰から覗いた先には、3人組のコスプレ集団がいた。斧を担いだゴツい男(2m以上はある)とキツネっぽい縦長の耳が生えた露出率の高い女(洒落たスカーフを巻いてる)は、ロン毛の杖を持った男が魔法の呪文みたいなのを唱えると同時に、身体の輪郭が紫に光って人間が出し得ない速度で走りだした。彼・彼女らの向かう先にはヒト型の巨大な岩の塊が佇んでいた。


(あんな硬いモンなんか斬りつけたら砕けちまうぞ…)


「「チェストおおおおおおお!!」」

(嘘だろ…!? 粉々になっちまった)


 ゴツい男とキツネ女の息の合った一閃が、岩の塊の胸元を貫きバラバラな礫へと砕いてしまった。俺の知ってるものと何もかもが違う。何だか、胸の奥が期待でワクワクしているのを感じる。


「楽勝だったな!」

「ウチのお陰でな?」

「ガッハハハ!! 生意気言う様になったな」

「んだから頭撫でんなっつーの!!!」

「はぁ…はぁ…2人とも、今日はここまでにしましょう」

「ダラン大丈夫か? ちゃんとポーション飲んどけよ」

「お前さんに倒れられると地図の読める奴がいなくなっちまうからな!!」

「はい、魔力は全然大丈夫なんですが。やはり狭くてジメジメしたところはどうにも苦手で…」


 ロン毛の男は額の汗をまめに拭い、腰のポーチから紙を取り出して岩の塊の方を眺めながら忙しくペンを動かしていた。


「今日のご飯はどうするー?」

「俺はパス。娘の4歳の誕生日なんだ」

「はぁ〜!? ラッツ、結婚出来たのか??」

「なーんか失礼な物言いだな〜? というか会った事あんだろ」

「そーゆう冗談なのかと…」

「2人ともあまり気を緩め過ぎないで下さいよ…」


(あの岩の塊、まだ動いてるよな)


 俺がそう思ったのも束の間、岩の塊の左腕が元通りになりロン毛の男を鷲掴みにした。元通りになる瞬間に光った玉みたいな奴はなんだ?


「ぐはぁ!? まだ動けるのか…やはりホ級ダンジョンは未知が多…うあああああ!!」

「! ラッツ援護」

「あいよッッッ」


(切り替え早いし、動揺とかないのかよ)



 仲間が窮地に陥ったのを見た瞬間には、2人とも走り出していた。先程と同じ展開になるだろうと胸を撫で下ろした瞬間に状況は悪化した。


「うおおっ!? ゴーレムが魔法を…冗談だろ」


 斧男に向けてゴーレム?は拳大の石の槍を飛ばした。弾き返したものの、スカーフ女との連携が剥がれる。


「ラッツ!!」

「ルペ、避けろッッッ!!」

「!? きゃぁッッッ」

「おいおい、連射まで出来んのかよ…うおおおおおお!?」


(たった一瞬で全滅!? しかもアイツ、トドメを刺す気だ)


 3人組は全員が倒れ、満身創痍。武器も手元から離れてしまっている。どうすれば良いか…なんてのは分かりきったことだ。


(ここにいたのが俺じゃなくて、椿だったなら…ックソ!)


 俺は考える前には既に岩陰から飛び出していた。


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