金魚の水槽

辛科氷雨

第1話

少女は大きな水槽の前に立っていた。

大きな大きな水槽である。

それは窮屈そうに、黒ずんだ空を押し上げ排気熱を吐く地面にめり込み佇んでいた。

少女はそんな様子を見て目を輝かせ心を躍らせる。そして深呼吸ひとつ分の間を置いて階段を一段登ったのだった。


彼女かここに訪れたのは他でもない、婿探しのためである。近代日本において、積極的に子を成すものは少ない。それは単に子を成したいと思うことがないからだ。どれほど本能で子を望もうと、夢と希望で子は育たない。そこには富という現実が必要であり、人は誰しもそれにありつくことは出来ず、無念、この有様である。生き残るための理性が招いた少子化なのだ。文明国冥利に尽きる話である。しかしこのまま本国滅亡の一途を辿るのを見守るわけにはいかぬと大変今更にも重い腰を上げた政府は脳筋にも強硬策を取った。

合コンである。どうやらこの一件でヤケになっちゃったのかもしれない政府のお爺ちゃんたちは、クソデカ合コンの幹部となったのである。そんなおじいちゃん達が具体的には一体どういうことをしているのかと言うと、未婚の男女の戸籍をそのまま流用し国家規模でお見合いをして円満な家庭を築くまで政府の目の届く施設でやらせようという「ぼくのかんがえたさいきょうのしょうしかたいさく」であった。最初こそは業務中に居眠りをしたりおばあちゃんの家でしか見ないおかきをテーブルいっぱいに広げ堂々とバリバリ食べていたりと消極的な姿勢を見せていた。しかし施設の「中身」である国民の生活を見るようになってから、彼らは唐突に業務に前のめり気味に取り組むようになった。その瞳には老いた風体に似つかわしくないギラギラとした憧憬が確かにあった。それはもしかすると、野原の虫を虫籠で育てていた少年時代に見ていたあの輝かしい光なのかも知れなかった。


さて、婿探しに来たうら若き乙女。これから未来の旦那様に会うべく息巻く彼女を迎え入れたその階段の先、光の奥に何があったかと言えばそれはところどころ黒ずんで真っ白とは言えないホワイトボードであった。ホワイトボードのその奥、無数にあるカウンターの頭上には一つずつ数字が振られており、放送機器からは忙しなく人の名前が呼ばれ続けている。彼女はとりあえず係の人から番号札をもらい、役所特有の青い人工革の破れて黄色いスポンジが顔を出している椅子に座った。前の人が座っていたためかじんわりと座面が温かい。そう役所。ここは役所なのである。幾ら荒唐無稽なファンタジー小説の中といえど、ここは政府直営施設の事務所、お役所に違いないのだ。黄ばんだ固定電話はひっきりなしに鳴っているし、殴ったらギリギリ人が死ぬくらい分厚いバインダーがあらゆる場所に置いてあるし、どこで売っているのかわからない謎カレンダーが壁にかけてある。お役所の風体はやはりどこも同じなのだ。


やっとのことで名前を呼ばれた彼女は立ち上がり指定されたカウンターへ向かう。今まで一人でお役所に来たことのなかった彼女は可哀想なまでにビビり散らかしていたが、カウンター対応の気のいいおばちゃんに飴玉を貰うことで簡単に肩の荷を下ろした。まあしかし彼女が緊張するのも無理はない。何せこれは単なる合コンではないのだ。この無駄に大きなお見合い合戦の本当の名前は「婚姻税」。満18歳で成人を迎えた国民が人生で初めて支払う「税」なのである。成人した彼らはこの巨大宿泊施設、通称「水槽」にて伴侶と生活を共にするのだ。もちろんこんな無茶苦茶な決まりにそう大人しく従う者ばかりではない。するとそんな無法者がどうなるのかというと、それはもう厳しく取り締まられる。口にするのも憚られる仕打ち(正座で5時間の説教)を受け、屈するものも少なくない。この現代において最早税収局はラスボスなのだ。乙女はそんな怖い大人たちに叱られたくないのでビビり散らかしていた。飴ちゃんひとつで解ける警戒など元々あってないようなものではあるが。


無事本人確認を終え、山盛りのパンフレットと説明書類をもらった彼女は早速セミナー室へ向かった。そこには同じ歳の乙女たちが同じように山のような書類を抱えて座っていた。教室中央の大きなスクリーンには、ポップな字体のスライドが映されている。程なくして職員らしき女が現れ、「水槽」での生活についての説明を始めた。

今日からここで未来の伴侶と愛を育み生活すること、ここでの服や食料などの物資は全て配布されること、相手は事前にも行ったアンケートや緻密な性格診断によって選ばれていること、変更するには手続きがいることなど端的に基本的なことの説明をした後、イメージビデオがスクリーンに流れる。フリー素材のフォントと画質の荒い写真で作られたそれは、少女の目にはやけに陳腐に映った。


続くかは作者の気分次第です

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金魚の水槽 辛科氷雨 @Karashina_Hisame

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