プラスチック破砕機

浅賀ソルト

プラスチック破砕機

年寄りばかりの現場に久し振りに来た若手のはずだが、俺はみんなから馬鹿にされていた。

職場は廃プラスチックの処理工場で、やってきたプラスチックを分別したり破砕したり運んだりといった仕事だ。もちろん機械で自動化もされているが、やっぱり力仕事でもある。俺はほかのじじい達より何倍も作業をしていた。年寄りは動きは遅いし一度に運べる量も少ない。経験があるのでもちろん最初は俺も分からないことばかりだったが、仕事を覚えるのだって俺の方が早いはずだ。

あれをこっちに乗せて、こっちのスイッチを押して、機械を使ってこれを運んで、またセットしてスイッチを押す。覚えてしまえば簡単だ。

それを破砕機だの粉砕機だの、初めての人間には分からない言葉をわざと使って上から目線でものを言ってくる。

「何度言ったら分かるんだ!」「質問にはちゃんと答えろ」「セットが終わったらちゃんと連絡しろ」しまいには「どうしてできないんだ」とくる。

そんな質問されても答えられるわけない。というか、そもそも質問に意味がなく、ただ怒ることが目的になっているので、何を言われても正解などない。

俺が言えるのは一択だ。「すいません」

「ちっ」

くそが。舌打ちしたいのは俺の方だ。俺は直接の俺の指導係である佐井さいのじじいが遠くに言ってから聞こえないように「ちっ」と舌打ちした。

そんなことをしているうちに舌打ちが口癖のようになっていった。

朝、起きたら舌打ち。家を出るときも舌打ち。スマホを見ながらも舌打ちしていた。

最悪なのは職場の人間関係がこんな感じでも昼飯はみんなで一緒に食うという流れになってしまうことだ。近所の定食屋は2軒で、ほかにセブンイレブンが1つあり、これをローテーションしている。別行動が不自然なので職場の4人でいつも一緒に昼飯だ。

3人のおっさんたちは一緒に飯を食えば仲良くなれると思っている。俺が心の中でああ嫌だ嫌だと思っているのにニコニコ笑顔だ。少しは空気読めよ。

こっちはどんなに嫌でも笑顔になるしかないし、「昔はよかった」とか言われたら、「そうなんですか」とか言うしかないんだ。

ほかの選択肢のない会話なんて会話じゃねえ。

たまに反論や矛盾点を指摘すると、「ほらこれだ、お前とは会話にならねえ」なんて言われた。

どういうことですかと質問すると、「そんなことも分からないのか」とか言われる。

「最近は若者の間ではなにが流行ってるんだ?」なんて聞かれると、さあ、俺はそんな最近の若者じゃないんでと言って面倒事を避けた。

プラスチックはすべてを同じ大きさの粒々にする必要がある。

最初のでかいプラスチックを圧力をかけて潰して割ってしまう装置が破砕機だ。破砕機は二つの歯型のついたローラーでものを飲み込む形になっている。上から流し込むとそれがバキバキと食い千切っていくのだ。最初にこの破砕をしないと、それをさらに細かくする粉砕機にかけられない。

破砕機のプラスチック投入口はでっかいすべり台のようになっていて、一番下でその金属のローラーがぐるぐるゆっくり回っている。高速回転しているわけではなくて、でっかいプラスチックをかなりゆっくりと飲み込んでいく。回転は遅いけどどんなにでっかいものや厚いプラスチック板であってもスピードがまったく変わらない。ぐーるぐーるぐーると、セメントのミキサー車のようなゆっくりした動きで確実に割り砕いていく。

投入口にプラスチックを手で入れるわけではなくて、運搬車から運ばれてきた山をコンベアに流しこみ、自動で判別できるものは判別し、さらに人力で——ここはパートのおばさんがいる——区分けをして、こいつはちゃんとしたプラスチックだというものだけが投入口に自動的に運ばれていく。

とはいえ、投入口の横にはそれを見守るための台があり、作業中は佐井のじじいはそこに登って定期的に覗き込んでいた。

現場はいつもそのうるさい音がごうごういっていて、静かなときがなかった。

さらに24時間運転で、夜勤も含めて4人でまわしているという過密労働だった。

俺が来るまではもっと大変だったし、俺がやめたら絶対に困るはずなのに、生意気だの常識知らずだのと言われるのが納得できなかったし、その他の2人も一緒になって俺を馬鹿にして笑うのも納得できなかった。

一番若い俺に、みんな敬意を払うべきだった。

言い訳するなとか嘘つくなとか、めんどくせえ。理由を聞かれて答えたのにそれで言い訳するなとか言われるのがどうにも精神を病む。

じじいが破砕機の投入口を見ながら、俺の方を向きもしないで、「プラ棒もってきてくれ」と言った。

破砕機のプラスチックの位置をつついて調整しながらまるごと食わせることができる棒のことだ。使い捨てなので工場の隅にまとめて積んである。

俺は何も言わずにプラ棒を一本取り、破砕機の方に行った。

じじいは投入口をじっと見ていた。それから顔を上げ、「お、もってきたな」と言った。

俺は投入口近くの足場にいるじじいに棒を持ち上げた。先端を受け取ったじじいはそれをするすると持ち上げると、破砕機の中を突き始めた。安全ベルトもせず、手でヘリを掴んで中に体を突っ込んでいた。

「よっ、ほっ」なんて元気な声を出していた。

何年も同じことをしてきたから、安全だと思っているんだろう。慣れで仕事をするとか、三流の馬鹿だ。

ちょっとビビらせてやるか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

プラスチック破砕機 浅賀ソルト @asaga-salt

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ