第23話 双面の魔女
「あは、あは、あははははははははは。」
胸部より下を消し飛ばされ、スキルも封印され傷は一切治らず血を大量に流しているがグレースはまだ死んでいなかった。
「なっ!?」
笑い声と同時に封印されている筈の凍結魔法が噴き出す。想定外の事態に魔王が一瞬動きを止めた。だが、その一瞬は致命的だった。魔王が鷲掴みにしていた腕が凍りつき砕ける。それと同時に凍結魔法で傷口からの出血を防ぐと共に氷の体を作り上げる。
「ふむ、スキルでは無く体質だったか。これは読みが外れた。」
「私の道を邪魔するならば害獣は排除する。」
「死に体の身体で何ができる?」
既に腕の再生を終えた魔王がグレースを仕留めようと距離を詰める。遠距離攻撃はどれもこれも広範囲で何度も使えば破壊規模的に不味いと判断したためである。一応、これでも魔王は魔族の王と言う立場があり統治を認めている範囲での破壊行為は魔族の立場まで危うくなる。宣戦布告が済んでいるとは言え期限までは後一週間程あるためあまり目立った事はできない。そのため本来なら遠距離攻撃を使う事事態避けたかった。
「明らかに焦点が合ってないな。大人しく死ね!!」
だが、この判断は魔王にとっては愚策であった。そもそもグレースは前世で10歳未満の女の子の身体で野生動物に殴り勝てる程の殺しのセンスを持っていた。そのセンスが健在のまま身体自体が頑強になれば素手の可能性は広がる。更には入手したばかりの装備がついた両手は鷲掴みの手を剥がそうとしてあげていた為無事。これが示す結果は…。
「は?」
圧倒的な破壊。魔王相手ですらグレースの本能のままの破壊は防ぐ事が出来ない。
「ちょ、おま、魔女だよな!?」
魔王ですら驚愕してしまうのは無理はない。状況証拠的に相手は魔女で確定していたのにその犯人である魔女が魔法なんかより素手の方が数段強いのだから。13になる前に殺されたとは言え12年以上使ってきた素手と貰ってから数ヶ月すら経っていない魔法とでは前者が強いのが当たり前だがそんなの魔王が知る筈が無い。
「あははは、残念。私貴方のどこが弱いのかちゃーんと見えてるの。スキル封印?凄いねー。スキル頼りで生きてきた奴は簡単に殺せただろ?…じゃあ、スキルなんてあんまり使って来なかった奴には無意味って発想に至れないのかな?私、弱冠12歳のただの少女だよ?魔王ともあろうお方がそんな弱者を殺しきれずにいいようにされてるのってどんな気持ち?」
グレースは高らかに笑いながら確実に崩せる場所から抉り取り、殴り潰す。
そんな様子を研究中に見ていた堕天使は思わず声を漏らすが当然誰にも聞こえていない。状況を例えるならグレースの片目が堕天使のカメラになっただけだから堕天使側の声が聞こえないのは当然である。
『ハハハ、この状態の君の視界面白いね。完全に無、そこに突然現れる色、濃い色の部分は弱く、薄い色の部分は傷すらつかないって感じかな?こんなスキル与えられてないし持ってなかった筈なんだけど。なるほど、錯乱しているように見えるのは目玉を動かし続ける事で擬似的に視界を広げてるのか。濃い色がこの視界の中に湧けば余程のことがない限り見逃さない…考えてるね。うお、急な強調表示…の場所に即死攻撃。これ、勘とか言ってるけど見えてるじゃん。殺気や空気の流れを可視化してるのか?…もはや、未知の生物。見る目間違ってなかったわー。最高。』
明らかにおかしな現実に困惑するが流石は魔王即座に立て直し、なんとか連打から抜け出し反撃をする。
「若造が調子に乗るなぁ!!!」
その攻撃は凍結魔法で生み出された薄氷によって容易く防がれる。
『攻撃すらも弱い部分が見えるか。まぁ、魔法は愚かスキルやこの世界の生物の肉体は魔力で出来てるからねー。微弱な強弱しかない肉体の方でもそれが見えるなら簡単に崩せるわな。魔女の功績実績の癖に殴り合いの土俵に持ち込ませたらアウトってどっちがクソエンカだよ。てか、この力があるなら尚更向こう側の方仕事雑にしすぎでは?こんなもんを適当に修復したからクソ強魔法も覚えてますってパワーバランス崩れるわ。マジ皺寄せキッツ。』
「我の攻撃が崩れ防がれた?」
「あはははは!!」
「狂人が!!」
『もはや彼女に相応しい二つ名は氷の魔女では無く“双面の魔女”だね。人格が分かれているとかそう言うわけでも無いのに魔女だと思って圧勝してもその瞬間高らかな笑い声と共に正体表すんだもん。双面だよ、双面の魔女だよ。本人的には魔法なんかより素手の方が使いやすいし強いと思ってるだろうなぁ。』
「どの口が言うのかな?急に言いがかりつけてきて私の胸部より下消し飛ばした奴と消し飛ばされてスキル封じられて何故か生きて魔王に対抗しているモブ。どっちが狂人かなんて一目瞭然なのに。」
「お前だろ!!?」
『うーん、高笑いしてしまうのは気分の高揚で他者への暴力の罪悪感を消し飛ばしてる感じか。視神経から脳を読み取るのはちょい難しいけど、ここまで同じ信号が出てると分かりやすい。あー、そっか。あの気質が原因で狂うも歪むも出来ないのか。これだけの量が出て殺し合いに多幸感を感じないのもあの気質が原因…加護が呪いか。偶然か必然か。いやー、人生という名の一本の映画がどう出来るか楽しみだわ。制作過程もから見れるとか最高。生も死も無い我々からするとこう言う見せものはいい。』
因みに堕天使の施術によってくり抜かれ入れられた義眼はちゃんと視神経と繋がっていて脳そのものを読み取る機能までついている。施術された本人的には片目の視力を失うだけの変化しか無いのでどんなモノが埋め込まれているのかなど知る由もない。
「私如きが狂人ならば私以外も皆狂人だよ?生物である限り皆どこか壊れてる。何百年も生きた魔王ともあろうお方がそのような事にも気づかない程鈍感で自他に興味が無いとは思えないけどなぁー。」
体表からパキパキと氷が生み出され氷の武器が大量に生成される。
「ハリネズミかお前は!!」
「五月蝿い。」
次の瞬間今までとは比べ物にならない威力で魔王の肉体が吹き飛ばされる。
「ガハッ!!」
「私の道を邪魔するならば神も仏も、人間も虫も…皆排除する。」
「おいおい、嘘だろ。氷の強度と威力が段違いじゃねぇか。我から逃げる必要なんて…。」
「途絶えろ。」
次の瞬間辺り一帯が凍りつき地面も木々も空気すらも触れれば凍る空間が作り出されると同時に多方向から氷の武器が無数に生成され魔王の命を刈り取りにかかる。
「マジか。我、久しぶりに本気出せる?楽しい殺し合い出来る?…久しい高揚、あー、存分に殺し合おう。」
魔王はニヤリと笑うと圧倒的な威圧感を放ち始めた。自身に向かってくる氷を全て何処からか取り出した禍々しい剣で切り刻みながら高らかに宣言する。
「王としての責務も気品も全て放り出しお前を殺す。俺は永らく本気の殺し合いが出来ていない。魔族の最大限の欲求が何か知ってるか?…それは命をかけた殺し合い。生と死の鬩ぎ合いそこに最大限の幸福を感じるのに我は強すぎた。いや、対抗戦力である筈の勇者がどれもこれも現実を見ず鍛えず才能に驕り無謀にも挑む者ばかりで俺が戦う舞台すらなかった。少し前までは良かった。戦争は楽しかった。他種族の数が減りすぎたから今は我慢に我慢を重ねていたがもういい。お前は我の獲物だ。」
次の瞬間、先程までとは天と地ほどの差がある速度で魔王が動き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます