第23話 後夜祭

 今日は収穫祭最終日。

 城下町からは離れたロイの工房からも、収穫祭の終わりを告げる花火が夜空を彩るのが見えた。

 

 収穫祭が終わっても、夜は始まったばかりである。


 仕事を終えたアッシュと、今日も店の在庫が尽きたシズクがエドワルドを伴ってロイの工房にやってきた。屋台で買ってきたであろう晩酌に最適なつまみと、ご丁寧に収穫祭でしか販売されないロイの好きな蔵出しワインを持参して。


 確信犯だな、これは。


 収穫祭の三日間は、工房は休みで仕事も入っていない。それを知っていてにこやかか顔でワインを手渡されてしまっては断ることも出来ない。ロイは肩をすくめながらも三人を招き入れた。


「今年の収穫祭は殊の外賑やかでしたよ」

「オレはあまり外に出なかったが、そんなにか?」


 美味しそうな匂いのつまみを準備しながら、上機嫌のアッシュからドラゴンの調査や情報交換の為に来ていた近隣諸国のキャラバンも出ていたよ。普段ユリシスでは見ることが出来ない面白いものが沢山あったよと聞けば、ロイも行けばよかったと後悔したが時すでに遅し、である。


 いつもはキリリと上がったロイの眉が誰が見ても残念そうに下がると、アッシュはニコリと笑って袋を机に置いた。


「こんなこともあろうかと。ちょっと変わったものをお土産に買っていたんです。開けてみてください」

「アッシュがそんなに言うなんて、随分珍しいものなのか?」

「そうですね、きっとロイも気に入ってくれると思います」


 自信満々のアッシュを横目に中を覗くと筒状のものが入っているのが見えた。

 ロイがそれを袋から取り出すと、つるりとした触り心地で夜空のような深い青に星が瞬くような心が落ち着くデザインが顔を出した。


「この筒が、オレが気にいるようなものか……。確かに綺麗な外装だが」


 小さく呟き、筒を持ってロイが観察すると筒の両端にくぼみを見つけた。さらにそれを観察すると筒の先端部分の一点がきらりと光ったような気がして、そっとその部分に目を近づけ中を覗く。


「あ……」


 筒に描かれていたような夜空の星々のような煌めきが、この筒の中にもさらに広がっているのではないかと思ってしまうほどの光景が広がっていた。じっと動かずに見ていると、ロイの手の上にアッシュが手を重ねた。


「ゆっくりと、こんな感じで動かしてみてください」

「っ、あぁ」

「綺麗でしょう? いつかロイと見て見たいと思っていた光景だったのでついつい衝動買いしてしまいました」


 囁くように耳元で話すアッシュの声に、一瞬びくりと身体が動いてしまったが大丈夫だろう。この動揺を気づかれてはいないはずだ……そう心の中で言い聞かせながらも、伝わるアッシュの優しい手のぬくもりに嬉しさを隠しながら筒を回すと、その中に見える光景が先ほどの夜空の星々とは違う表情に変わった。

 筒をさらにゆっくりと回すと、中の星空の模様がパタパタと中の模様も変わる。

 夢中になって何度も繰り返していると、ロイには一つ分かった事があった。


「これは鏡を使っているのか?」

「そうみたいです。詳しい仕組みは教えてもらえなかったけれどカレイドスコープという名前だそうですよ。美しい模様を見るものという意味だと言っていました」

「確かに、これは美しい模様だ。ずっと見ていられるな」

「僕もそう思います」


 にこやかに微笑んだアッシュのお腹がなかなかに盛大な音を立てたので、ロイは一度カレイドスコープを横に置いた。


「買ってきてくれたものを食べよう。どれもうまそうだな」

「えっと……。ありがとうございます」


 顔が真っ赤になったと思ったらさらにもう一度お腹を鳴らしたアッシュは、目の前の食事の匂いには抗えずにさらに耳まで真っ赤にしつつも取り皿に均等に分けて渡してくれる。ロイもありがとうと伝えてありがたくそれを手に取った。


「それにしても、今回の収穫祭は何事もなく終わったのか?」

「特に大きな揉め事とかはなかったよ」

「この前のシズクの誘拐もあったろ? 間違えとはいえちょっと心配してたんだが……。エドワルドを常に護衛につけてたのか?」


 傷もなく戻って来たとは言えシズクがどごぞの貴族に攫われたと伝えた時の二人の動揺は、アッシュから見ても実の子が誘拐されたと言われてもおかしくない程の慌てぶりだった。


「ベルタ夫妻にも口が酸っぱくなるほどお願いされていたからね。店の周りには何人か警備を立たせて、エドワルドはそれとなく店の手伝いをしながら護衛、と言った感じだね」

「あいつならシズクも気兼ねなく一緒に居られる。よかった」


 そう言うとロイは外でエドワルドとはしゃぎながら、手持ち花火に興じるシズクに目をやる。

 知らぬ間に友人のリグの家に住むようになった人間だが、裏表がなさそうで誠実そうで、しかし何か秘密があるような、ないような……。そんな不思議な人物というのが初めて紹介された時にロイが感じたシズクの第一印象だ。


 聞けばリグとエリスが収穫祭後、に訪れた教会の墓地で、屋台と一緒に倒れていたそうだ。


 血の気がなく息もか細い。しかしうっすらと開けた目には《生きたい》とはっきりした意思が見えた。

 さらに目の前の娘の面差しが少しだけ娘のそれに似ていて……、どうしても目の前の娘を助けたいと連れて帰り、付きっきりで看病したと言う。

 さらに行く当てがないというので部屋を貸して一緒に住むことにしたと言うではないか。

 リグはたまにロイのところにやって来ては、シズクの事を話して帰ったのを覚えている。

 

 その話を聞いてから、ロイがシズクと初めて顔を合わせたのはずいぶんと元気になってからだった。初対面のロイにも言いたいことははっきり言うし負けん気も強い。今でもリグに聞いた保護をしてすぐの弱り切っているシズクを想像できずにいる。

 

「まぁ、元気なことはいいことだ」


 娘のあの出来事の後は流石のロイもリグとエリスにかける言葉が見つからなかったし、二人共仕事はしても目に力がなかった。なんとか持ち直して昔の二人のように元気が戻りつつあったあの日に、シズクが二人の元にやって来て、さらに悲しみが癒えたように見えたのだ。友達としてシズクには感謝してもしきれない。


「あのさ、ロイはシズクの事が好きなのかい?」


 物凄く前のことのようで、実は結構最近の出来事だったのだとロイが思い出を反芻していると急にアッシュがそんなことを言うではないか。

 飲んでいたワインを吹き出しそうになるのをなんとか堪えたが、無理矢理喉に流し込んだのでむせてしまった。


「ごほっ……。アッシュ、な、なにを」

「あ、あの、ごめん。でもシズクを見る眼差しがあまりにも優しかったから……」


 落ち着かない気持ちを誤魔化すように、アッシュは皿に乗っている食べ物を頬張るように口に入れ、ゆっくりとうつむいて咀嚼する。噛んでも噛んでも焦って飲み込めずにいたが、なんとかごくりと飲み込んで言葉を発する。


「あいつはそんなんじゃない」

「そんな、ってどんな?」

「出来の悪い妹みたいな感じだな」


 シズクの事は、リグたちが娘のように感じていることもあり本当に妹のように思っているので間違えではない。


「そっか。そっか……」


 ロイの言葉にあからさまにほっとしたような顔をしたアッシュの表情からは、何に対してほっとしているのかがつかみとれない。

 この国は恋愛に関しては寛大だ。同性同士の恋愛は自由で結婚も許されてはいるが、それでもまだまだ少数派だ。

 ロイは、その少数派だ。想い人はもう長い事アッシュ一人である。

 

「エドワルドとシズクがね、お互いをほんのちょっと意識し始めているみたいだから、もしロイがそうだったらどうしようかと思っちゃって」

「あぁ、そう言う事か。安心していい。全くそんな気はないからな。しかし鈍感と鈍感だから……、見ていて飽きないし、しばらくこのままでも面白そうだ。その時がくれば自然にくっつくだろ」

「身分とか色々越えるべき障害もありますが、僕もそう思います。それにしても見ているだけで何というか甘酸っぱい気持ちになります」


 あれこれ楽しそうに話をするアッシュに、あぁ、そう言う事か、と今度はロイがほっと息を吐く番だった。

 息を吐いた後小さな安堵と同時に、自分の気持ちをアッシュに告げたことなど一度もないくせにとつい自虐的な気持ちにもなっていると、不意にアッシュに強烈な言葉のパンチを食らった。


「ロイは、気になる人とかいるんですか?」


 ぐっと急激に心拍が上がるほどの衝撃を受けながらも、ロイはさもなんでもないことのような表情で返事ができたことを自分自身の心の中で褒め称えた。


「は? いるわけないだろ……」

「仕事も忙しいですしそれどころじゃないですよねー」

「そうは言ってもアッシュだってら見合いぐらいしなくちゃいけないときもあるだろう?」

「それなりにはね。ロイもそうでしょう?」

「まぁ、な」


 胸の奥でじわじわと広がるこの気持ちに鈍感なフリをして軽口を叩く事が出来るほどには、この気持ちとも長い付き合いだ。動揺がばれるようなヘマは打たないとロイは笑う。


「その時が来たら、祝いの花でも贈ってやるよ」


 絞り出した言葉に、痛みなんて見えないように……。


「それは残念。僕は紹介されたご令嬢たちの誰かと結婚したりすることはありませんから、ロイからお祝いのお花は頂けないですね」

「そいつは残念」


 そうしている間位に手持ち花火が尽きたのかお腹がすいたのか、先ほどまで工房の庭先で手持ち花火に興じていたエドワルドとシズクが手を洗いに二人で部屋の奥に向かって行った。


「ほらさっきから全然減ってないぞ。食え食え」

「ロイは、本当に好きな人はいない?」

「さっきも話したろ、いないってば」

「本当に?」


 世間話の、しかも他愛無い終わった話をさらに追及してくるアッシュは珍しい。

 大の大人が頬を膨らませてにらみを利かせたところで普通は可愛くもなく滑稽に見えるものだが、まぁ目の前の男はそんな滑稽な仕草もさまになるものだとロイは思いながらじっとその男を見つめた。


「ほんとう……だが?」


 負けるものかとじっと自分を真っ直ぐに見つめるアッシュに根負けしてつい何かを口走ってしまいそうになるのを、口をぎゅっと一文字に結んで我慢していたところで騒がしくエドワルドとシズクが戻って来た。


「二人共ずっと話してて、花火しなかったけど良かったの?」

「手持ち花火で楽しめるのは子供だけって決まってんだぞ」

「決まってませんー! ね、エドワルド」

「俺達だってそこそこ大人だけど楽しめたよね」


 ちょっとしたロイの嫌味は全く動じることなく食べ物を適当に皿に乗せて、二人がテーブルにつくとシズクが興奮したように目を爛々とさせて、先ほどアッシュがロイの為に買ってきてくれたカレイドスコープを指さした。


「万華鏡だ!!」

「お前これを知ってるのか? 相変わらず変なものばっかり知ってんなー」


 正直、話が逸れてそれだけでロイはありがたかった。

 先ほどは出来の悪い妹と形容したが、今だけは訂正しよう。


「いい妹だ」

「急になに!? 気持ち悪い」

「褒めた途端これだ」


 漫才のような二人のやり取りに、怪訝な顔のアッシュだが妙に顔が赤い。と、エドワルドがアッシュの手元を見やるとワインボトルが二本転がっているではないか。


「団長、これ……」


 と声を掛けた時には、今の今まで起きていたのに座ったまま寝てしまってた。


 飲みすぎてあんなことを言ったのだったら、酔っ払いの戯言と言えよう。起きたら綺麗さっぱり覚えていないかもしれないし。


 大の大人の大男を横にできるところまで運べる力はないので、冷えないようにとロイはブランケットを部屋に取りに向かう。

 

 戻るとエドワルドとシズクが普通に話をしているのに、アッシュが起きる気配はなく、規則正しく肩が上下しているのが見えた。


《寝ているならば、いいか》


「俺が好きなのはお前だよ、アッシュ」


 ブランケットをアッシュの肩にかけてやりながら、その耳元で小さく、とても小さくロイは囁いた。

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