第22話 収穫祭

「ここに今年も収穫祭の開催を宣言する。太陽の恵みに感謝を捧げ、収穫の喜びを分かち合おうぞ」


 晴天の空の元、国王の声が響く。

 城前の広場に集まった国民が国王の収穫祭の開催宣言に大いに湧きあがる。


 今日は城下街の中心にある劇場で人気演劇一座の公演が予定され、ドラゴンの調査のためにユリシス入りしている近隣各国のキャラバンも出るとあって、昨日よりもより一層の賑わいを見せている。


 昨日は夜になる前にシュシュリカマリルエルの髪留めは完売。と同時にエドワルドに手伝ってもらっていたシズクの店の在庫も同時に無くなってしまい、前夜祭の営業が終了。


 在庫がなくなるのはたくさん売れたという事なのだが、店を閉めた後にもさらに口コミを聞いて店に来てくれた客が多かったことが嬉しくて、シズクは営業終了した後すぐ翌日に向けて倍以上の準備を始めたのであった。


「百日芋のしょっぱいやつと甘芋の蜜掛けを一つずつお願いします!」

「はーい。ありがとうございます」


 そのおかげもあってかお昼過ぎから営業を始め、夕方近くになった今も売り切れずにいる。

 シュシュリカマリルエルは自分の工房の手伝いがある為シズクの店を手伝ってもらうことは出来ず、店を開けてからずっと一人でフル回転の状態だったのだが、夕飯を前に人の流れが若干緩やかになってきた。

 今のうちにと乾いた喉を水で潤していると、少年が一人、例のあれを指さして質問をしてきた。


「おねえさん。これはなんですかー?」

「これは新しい氷菓を作る道具だよ。食べてみたい?」

「ひょうか!? 食べたい食べたい!」


 忙しすぎてこれを出す時間が作れなかったのだが、人通りが緩やかになってきた今ならば少しだけでもお披露目できると屋台の下から氷を取り出しかき氷機にセットする。


「おねえさん、これ氷だよ? 食べられないんだよ?」


 少年はそう言いながらも、シズクの動きを追う。


 隣にいる少年のご両親は、氷を食べるとは何事かと言ったような表情をしながらも物珍しさからかやはりシズクの動きを少年と同じように見ている。


「食べれちゃうんだなー。これが」


 にやりとシズクが笑ってハンドルを回すと、初めこそガリガリっとつっかえるような音がしたのだが、しっかりと削れるようにリグとばっちり改良済みである。


 すぐにシャッシャッという小気味よい音に変わり、今までで一番薄く綺麗に削ることに成功した。


「わ、わ、凄い! これはこのまま食べるの?」

「オリンジのジュースをかけるか、ベイリのジャムをかけるか選べるよ?」

「じゃぁベイリのジャムにする!」


 ふわふわとした氷にベイリのジャムを乗せさらに練乳をかけてスプーンを添えて少年に渡すと、おずおず受け取りつつ、練乳の甘い香りに轢かれたように小さな口にかき氷を運び入れる。


「!! あまくてつめたーい!」

「かき氷だからね」

「かきごおりっていうの?」

「そうそう。冷たくて美味しいでしょう?」


 うんうんと大きく首を振り、側にいる両親にもそれをすすめると、初めは様子を窺いちろりと舐めたのだがすぐにスプーンで二口三口と口に運んだ。


「あの、これ先ほど息子に話していたと思うのですが、オリンジの味もあるのかしら」

「はい、ありますよ! すぐお作りしますね!」


 少年の母親らしき女性が遠慮がちに違う味を求めてくると、父親らしき男性も息子と同じものをと注文をしてくれた。この世界の謎の固定観念が目の前で覆っていく様がとてもワクワクして、同時にとてもウキウキしてしまう。


 他にも美味しいのに、固定観念で食べていない食材を見つけて美味しいをもっとお見舞いしていくぞ!と拳を握って嬉しさをかみしめていると、先ほどまで店を通るたびにポテトチップスをリピート買いしてくれていた女性客が、口の中を少しさっぱりしたいからという理由でかき氷を頼んできた。


 さっぱりしたいらしいのでオリンジ味を出すと、やはり始めはこわごわと口に運んだあとさっぱりした味と氷の冷たさが気に入ったようで、大量に口に運び入れてしまった。


「ゆっくり食べないと頭がキーンとしちゃうんで、ゆっくり食べてください」

「え? あぁぁぁぁ」

「氷でこめかみ冷やしてみてください!」


 氷を食べた時に頭が痛くなった時は、こめかみを冷やすとなんとなく和らぐはず!


 シズクはその女性客に冷やすように言うと素直にかき氷の入った容器で押さえながら、


「これ美味しいですね!」


 そう言われると、やはり嬉しいものである。


 ただ嬉しいばかりではいられない。時間的には夕方過ぎ。夕飯を外で食べようとしている人が増えたのか先ほどまで少し落ち着いていた人の流れが多くなりつつある。


 人は誰かが美味しそうに食べていたら、興味がわくというもので。


 それが食べたことのないものであれば、より一層興味が出てしまうもので……。


「その冷たいやつお願いします!」


 様子を見ていた周りの観光客も含め、今度はポテトチップスや大学芋ではなくかき氷を注文し始めた。意外にこの国の人達はチャレンジ精神旺盛だ、などと感心している暇がないほど列が伸びる。


 かき氷はさすがに手動で早く作ることが出来ない心配もあるのだが、この調子だと氷のストックがなくなる可能性の方が大いにあるのではないかと、さすがにシズクも心配になってきた。


 店の前でかき氷を食べる客を、通りすがりの客が面白いものを発見したと列に並ぶ。

 いい連鎖反応ではあるのだが、この列がなくなる前にシズクの腕の力もストックの氷もなくなってしまう。


「誰か―……」


 少しだけ弱音を吐きだしたその時、大きく手を振って満面の笑みをたたえエドワルドがやってきた。隣にはクレドもいる。


「エドワルド! クレドさん。いらっしゃい」

「今日も大盛況だね! あ! かき氷だ! 俺も食べたい……って今言えない感じ?」

「うん。えっと」


 しょんぼりとうなだれて何かを言い出せないシズクと、自分の歩いてきた道に並ぶ人すべてがシズクの屋台のかき氷待ちの列を見比べると、エドワルドは腕まくりをして屋台の内側に入った。


「手伝って欲しいんでしょ?」

「うん。……けど」

「けど、なに?」

「だって昨日も手伝ってもらったから、さすがに厚かましいかなって思って」

「なんだ、そんなこと思わないって。えっと、じゃぁどうしたらいい?」

「ほんと! やった!! ありがと! 実はそろそろストックの氷がなくなりそうで……」


 というと、エドワルドはお安い御用だと言ってお得意の氷魔法を使い、すぐにかき氷機の上に丁度いい大きさの氷を作ってセットする。シャリシャリという音に乗せて微妙に左右に揺れながら楽しそうにハンドルを回し始め、初めからそこにいたかのように接客を始めてしまった。


「シズク殿、おれもなにか手伝えることはあるだろうか」

「いえいえ、さすがにクレドさんにお手伝いいただくわけにはいかないですよ」

「しかしエドは手伝っているが?」


 一瞬だけ考えたが、エドワルドはシズクにとってただの知り合いではない。この世界に転生して……、屋台が盗まれそうになった時必死に守ってくれ、ドラゴンと遭遇した時も、つい最近も誰かに間違えられて攫われた時も、いつもいつもシズクのピンチに現れて手を伸ばしてくれるとても大事にしたい友人である。


「エドワルドは気が置けない友達なんで」


 何か形はあるのに上手く言葉にできないが、シズク的に一番しっくりくる言葉がこれだった。


「気が置けない……とは?」

「ん?」


 前世もあまり使う場面はなかったが言葉自体は知っていたので使ってみたのだが、クレドの様子からするとこちらの世界には気の置けないという慣用句はなさそうだ。


「遠慮し合うことがない友達ー、みたいな意味ですね」

「シズク殿は珍しい言葉を知っているのだな……。そうかエドとは遠慮など不要だという事か」

「そうですね。初めて会った時から結構フランクに話もしてますし。あ、結構子供っぽいところもあって可愛いですしね」

「……」


 クレドとシズクの話が耳に入ってしまったエドワルドは、自分が可愛いと言われたことは全力で否定したいのだが、その続きがまだ聞きたい好奇心もあり会話を聞くためにかき氷機のハンドルを回すスピードを意図的に落としたりしつつ続きに聞き耳を立てる。


「可愛い? シズク殿にとって特別だと言う事だろうか」

「……って、え??」


 急にクレドが距離を詰めてきて、シズクはびっくりしてたじろぎ体勢を崩してしまった。


 クレドが身体を支えてくれたのでシズクは転んでしまうのを回避できたが、かなり動揺したのが自分でもわかったのにその理由を考えると、いったい何に動揺したのかが全然わからなかった。


 しかし不思議に思いながらも、クレドに助けてくれたお礼を告げた。


「ありがとうございます。すみません、なんかびっくりして」

「それは、構わない。先ほどの質問に対する答えは……」


 自信がなさそうに一度視線を逸らして、それでも聞きたいのだとぎゅっとクレドが口を真一文字に結んで顔を上げた。


「んー……、特別と言ったら特別ですよ? この街に来て屋台を出し始めた頃に助けてくれたこともありますし、この前も助けに来てくれましたからね。出会ってまだそんなに経ってないんですけれど、必要以上に気をつかったりしないでいられるんですよね」

「そうなのか」


 ちらりとクレドがエドワルドの表情を盗み見ると、この話をちゃっかりとそしてしっかりとその耳でとらえていたのであろう。顔がにやけているのが丸わかりで、クレドはそう思うのはお門違いだとは思うのだがとにかく腹が立った。


 「あ、でも特別と言ったらエドワルドのお姉さんのベルディエットも同じですよ! 彼女も特別ですね」


 しかし今のシズクの一言でチャラにしてやろうとクレドが思うほどに、かき氷を作るエドワルドの表情が不満げに変わった。


「やはり聞いていたのだな。自分の気持ちもはっきりとわからない癖に、そんな顔をするな」

「なに言ってんの?」

「タチが悪いことこの上ないな」


 やはり言っている意味がわからないと言った風なエドワルドに、クレドはこの話は終わりだと言わんばかりに盛大にため息をついて一言。


「気が置けない仲にあぐらをかかないことだな」


 エドワルドに向けて小さく囁いた。


「なんだよ、どういう……」


 どう言う事だよとエドワルドが詰め寄るよりも先に、クレドは少し列が広がり通行の邪魔になってしまいそうだった屋台の列に並ぶ人に向けて、これ以上広がらないようにと優しく注意しながら最後尾に向かって歩き始めてしまった。


「何だよあいつ……」

「なんなんでしょうね……」


 残されたエドワルドとシズクがぽかんとそれを見ていたが、長く続く列に並ぶ客からの声で我に返りすぐに接客を再開させた。


「百日芋のしょっぱいやつと、かきごおりくださーい!」

「味はなにがあるんですか?」

「えっと、オリンジとベイリと練乳の二種類です」


 ようやく自分の番が回ってきた少女二人組がかき氷の味を迷っているが結局一人ずつ違う味を買って、あとでシェアすることで決めたようだ。


 エドワルドが回すかき氷機の小気味よい。削り終わった氷にそれぞれの味をかけて手渡すと満面の笑みを少女二人は返してくれた。


「たのしみー!」

「ねー!」


 次から次へと屋台に並ぶ人達に、丁寧にエドワルドが削った氷を受け取り、その上にシロップをかける。


 忙しくても意思疎通のために会話はちゃんとするのだが、たまに阿吽の呼吸と言えばいいのだろうか。何かを伝えなくてもしっかりと伝わる瞬間があって、それがなんだかシズクもエドワルドも妙にくすぐったくてお互いじわりと胸に明かりが広がり灯るような……そんな気持ちを隠すように頬を染めながら小さく小突き合う。


 付け入る隙など、元々なかったのだな。


 エドワルドのにやけた口元を隠そうとする仕草と、少し紅く染まったシズクの頬にを見れば一目瞭然というものかもしれない。

 二人の様子を遠目に見ていたクレドの頬を、収穫祭の喧噪と秋の冷たい夜風が少しばかり切なく、何度も撫でては過ぎていった。

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