第21話 前夜祭
「すっごい人だなー」
いつもの朝よりも混雑した道をゆっくりと屋台を引いて歩く。いつもよりも人通りが多く街全体が熱気に溢れているように見えるのは、シズクの見間違いではない。
今日は収穫祭初日。ユリシスの収穫祭は国で一番大きなお祭りで、シズクにとって初めてのユリシスでの収穫祭である。
初日は前夜祭で夕方から賑わい始めるとリグに聞いていたので、シズクは前日に周りの店の人達に昼過ぎぐらいに開店するつもりだと話をしたところ、口をそろえて朝早めに店を開けておいた方がいいとそれはもう必死に口をそろえて諭されてしまった。あまりにも必死だったので早めにやってきたのだが、今思えば大正解であった。
まだ前夜祭の、しかもまだ午前中だというのにすでにかなりの熱気である。そして昨日朝早めに店を開けた方がいいと言っていた屋台街の店主たちは、我こそが一番の売り上げを上げるのだと言わんばかりにすでに威勢よく声を上げて客引きをしている。
こいつは負けていられないぞ!
商売人の魂がうずうずと込み上げてきたシズクは、すでに人通りの多くなっている道を抜け、屋台をいつもの場所にねじ込む。
周りの店より若干出遅れたが、それを挽回するべく店の準備を始める。
収穫祭の為に準備してきたものは、事前にリサーチして屋台街のお墨付きを得た百日芋のポテトチップスと大学芋、そしてアッシュ大絶賛のじゃがバターの三種類と、秘密兵器のもう一品。
ポテトチップスと大学芋は小分けにしてすでに準備してある。そして今回じゃがバターは蒸篭を使って蒸かし、蒸し出来立てを味わってもらえるようにした。
「さてと……」
百日芋を蒸し始めるあらかた準備を終えると、時刻は丁度お昼。さらに道ゆく観光客の客足が増えてきたように感じる。
それに天気もいいので気温も上がってきており、少し動くと汗ばむほどだ。
これはもしかしなくてもあいつの出番かもしれない!
そう思うと改良を重ねてコンパクトに仕上がったあいつをデビューさせるワクワク感を感じていると、遠くからからシズクを呼ぶ声が聞こえたのでその声の主を探す。
「シズク!」
「シュシュ、どうしたの? こんな時間から」
「えへへ。この新作髪飾りをね、シズクのお店にきたお客さんに売り込みます。あとお水ください」
シズクの友人、シュシュリカマリルエルだ。
この大混雑の中を小さな折り畳みの机と大きな荷物をもってやってきた猛者である。
屋台横のスペースにその折り畳みの机を置き、大きな鞄をどすりと置き水を要求する。横柄と丁寧が混ざり合ってなんともヘンテコであるが可愛らしくもある。
「シズクの屋台と抱き合わせ商法をしてもらう気満々でやってきました!」
どうだと言わんばかりに鼻を鳴らし、見え見えの魂胆を口にしながら鞄を開けると、新作のシュシュが次から次へと大量に出てくるではないか。シュシュリカマリルエルはこの間一緒に考えたものを本当に全部形にしてしまったようだ。
「これデザインしたもの全部作ったの?」
「全部作ったよ! どれもこれも可愛いでしょう? この髪留め流行らせるわよー!」
やる気満々のシュシュリカマリルエルが折り畳みの机に自作の髪留めを並べ始めると同時に、また道に人が増えきた。昼食商戦に参戦するつもりがなく、シズクの書き入れ時としているおやつの時間まではまだ余裕がある。
しばらくはやる気満々のシュシュリカマリルエルの手伝いをすることにして、取り急ぎ例のあれの準備も終わらせた。
「で、どうやって売るつもりだったの?」
「え?」
シュシュリカマリルエルにシズクか聞くと、特に策はなくここにおいておけば自然と売れるだろうと思っていたようである。確かに可愛いので置いておくだけでもいいかもしれないが、やはり実際につけていた方がわかりやすくアピールできてさらに売れると思うのだ。
「シュシュ、ブラシは持ってきてる?」
「うん、一応持ってきてるよ」
「じゃぁ、いっちょやりますか! あんまり上手じゃないんだけれど頑張ります! はい座った座った」
「ちょっと、なに? なに??」
シュシュリカマリルエルを座らせ、結んでいた髪を解く。
どんな髪型にしようかと考えながら、ゆっくり髪をブラシで梳かしていく。
シュシュリカマリルエルは背中までの長い髪を、黒いベロア風のシュシュで一本に縛っていただけだった。これではもちろん品があって綺麗なのだが髪の色とシュシュが同化してしまい目立たないのでもったいない。
いくつかあるシュシュの中からシュシュリカマリルエルの黒髪に合いそうな淡いピンクの、リボンが付いているものをシズクは選んだ。
「えー、ちょっと可愛すぎない?」
「シュシュは可愛いの、似合うよ」
そうシュシュリカマリルエルに言うと花がほころぶようにはにかみ、でも嬉しそうに笑った。これはアレンジにも力が入ると言うものとばかりに気合を入れて取り掛かる。
結んだ髪の毛の中間を開き毛束を入れ込んでくるりと回して結び、髪を軽く引き出しお洒落感を演出しようと試みる。
「誰かに頭を触られるの、嫌かなと思ったけどそうでもないかも」
「そりゃ友達だからだよ。美容師さんならともかく知らない人はさすがに嫌じゃない?」
「確かに!」
なるべく痛くないようにそっと髪を引き出しているつもりなのだが、少しだけひっぱるとシュシュリカマリルエルの頭がフラフラと動いてなんだか面白い。
「さて、こんな感じかなー。どう?」
持ってきていた鏡でシュシュリカマリルが自分の髪形を見ると、ぱぁぁっと音が聞こえるような笑顔で鏡を見ている。シズクはもう一つあった鏡で後ろからも髪型が見えるように合わせ鏡にして見せると、柔らかく引き出したその髪をそっと触って満足そうな顔をしている。
「これ、なんていうの? ふわふわしてていい感じの髪形じゃない?」
「特に名前はないけど……。お姫様みたいで可愛いよー!」
「えへへー!」
立ち上がってくるくる回りながらお嬢様感を味わっているシュシュリカマリルエルを見ていた通りすがりの人達が、髪形と髪留めを褒めてくれる。
あんな髪留め見たことない、あの髪型も可愛いなどなど、そのどれもこれもが賛辞で、シュシュを作ったシュシュリカマリルエルは大変ご満悦の様子だ。
しかし前世で言うただのくるりんぱしただけで、もっとちゃんとお洒落にアンテナ張っておけば!と考えていると、目の端にじわりじわりと数人の女性客が屋台のそばでにじり寄ってくるのが見えた。
引き続きご満悦のシュシュリカマリルエルがどうぞどうぞ見て下さーい!と声をかけると少し遠くから様子を窺っていた人たちと次々と屋台に向かってくる。
「この髪留め、当ててみても?」
何人かは気に入ったものをいくつか買ってすぐに帰っていったのだが、気に入ったであろう髪留めを手に持ちながらもじもじとしている人がちらほらといるのが、シズクは気になった。
そのもじもじとしているうちの一人、少し身なりの良さそうな女の子がシズクのそばに寄って試着してみたいと言う。当ててみるだけならもちろん問題ないのでいいですよ、と返事をしたのだがまだなんだか何かを言いたそうにしている。
「この髪留めとても気に入ったので是非購入したいのですが……、お願いがありまして」
「なんでしょう」
気に入ったシュシュを髪に当てたまま、シュシュリカマリルエルの髪型を羨ましげにちらちらと見て、遠慮がちにこそっと小さな声でシズクにお願いを告げる。
「先ほどあちらの方の髪を結われているのを見て……、もし良かったらわたくしの髪も結っていただけませんか?」
「ん? えっと構いませんけれど他人に髪を触られても不快では……」
「大丈夫です! お願いします!」
知らな人に髪や頭を触られるのはあまり得意でない人もいるはずなので、念のため配慮しておくことも必要かと聞いてみたのだが、その女性は特に気にしないので大丈夫だと言う。
大丈夫ならばいいかなと軽い気持ちで了承して、シズクはその女性を先ほどシュシュリカマリルエルを座らせた椅子へエスコートする。
「お姫様、お手をどうぞ」
茶目っ気たっぷりにウィンクして言うと、少女は照れくさそうにしながらも満更でもない感じで頷き、シズクの手をとった。
「えっと、どんな感じがいいですか? リクエストとかあります?」
「あの……王子様のお好きなようにお願いいたします……」
はて、王子様などこにはいないが?と考えていたが、先ほどのエスコートからシズクが王子役なのだとようやく気がつく。いや王子だなんてそんな大それた立ち姿では全くないので恥ずかしい限りであるが、今日は祭りだ。そのノリに乗ってこそである。
「承知しました。お姫様。ではより美しくなるお手伝いをさせていただきますね」
王子らしい台詞かどうかは分からないが、少女の髪をお姫様のように恭しく敬うようにブラシで梳かしていく。少女は二つシュシュを手に持っていて、細めの黒いタイプとスカーフリボンのタイプだ。
まずサイドの髪を残して頭の上のハチの部分を、持っていたゴムで耳の高さぐらいの場所で一旦結ぶ。後ろの髪を二つに分け、先に結んでいた髪の上でねじりながら黒いシュシュで結び、くるりんとさせる。その後に少しずつ髪を引き出しておいて甘さを出してから、残しておいたサイドの髪をねじりながら後ろで結んでいたところに巻き付け、全体をゆるく引き出しながら形を整えて、結び目を隠すようにスカーフのシュシュを結んだら出来上がりだ。
即興の割に良くできたのではないだろうか。イメージ通りに出来上がったそのフェミニンな髪形にシズク自身も大満足だったが、当の本人はどうだろうかと合わせ鏡で全体を見せつつ話しかけた。
「こんな感じでどうでしょうか。お気に召していただけましたでしょうか」
「とても、とても可愛いです! ありがとうございます!」
少女は頬を染めて大喜びして、別のシュシュも爆買いして帰っていったのは大変嬉しい限りだったのだが、時間は既におやつの時間に差し掛かろうとしていた。
シズクはこれから書入れ時がやってくるのだと、屋台の準備を始めようとしたのだが……。
先ほどのまでの様子を見ていた婦女子の皆々様が、我も我もと屋台を取り囲み程大勢の人が詰め寄ってきてしまったではないか。人だかりの半分以上が髪飾りを買いたい者、髪が結われていく様を手品か何かの様で面白いとパフォーマンスとして見ている者だが、若干名髪飾りを買った後シズクに髪を結ってもらいたい者がいたようだ。
「あの、わたくしも是非結って欲しいのです」
「あの……、これはあくまでこんな感じで付けると良いですよ~っていうだけで……」
「いいえ、私が先ですわ!」
「ちょっと待ってください。こちらが先に待っていたのに割って入ろうなんて!」
夕方少し前で人出も多くなってきている、というかすでに屋台の周りに人だかりができすぎていて若干往来を邪魔してしまっている形になってしまっているではないか。シュシュリカマリルエルも店の周りに人が集まりすぎて、接客が間に合わず右往左往してしまっている。
シズクが先ほどの少女の髪を結ったのはあくまでノリだったのだが、安易に安請け合いしてしまった罰なのか、これは婦女子の方々の収拾はつきそうにない、と諦めたその時。
がっちり固まって動きにくくなっていた屋台の周りで、急に婦女子の方々の声が静かになり波が引くように道が出来た。その不思議な現象をシズクがじっと見つめていると、人波の中からエドワルドが屋台に向かって歩いてくるのが見えるではないか。
「渡りに船!!」
今の状況から脱せるかもしれない助け舟がやってきたとばかりにで シズクが大きく手を振ると、エドワルドも満面の笑みで人混みをかき分けやってきてくれた。
「シズク、どうしたのこの混雑!」
「いや、シュシュリカマリルエルの作った髪飾りが結構売れて、たまたま私が髪を結ったのが結構ウケちゃいまして……」
「何それ。さすがシズクっ」
面白いものが見れるねとエドワルドが笑ったが、笑い事ではない。
先ほどはエドワルドとクルドの登場で若干びっくりして静かになったのだが、二人の登場でさらに人だかりが増えてしまって笑い事では済まないほどになってきてしまっている。
「シュシュ! 商品はまだあるの?」
「まだまだある! 売れるっ! 売るよー!」
シュシュリカマリルエルに聞けば、売る気も売る商品もまだあるという。
ならば仕方ない……。これはシュシュリカマリルエルの髪留めを世に広めるためにもう一肌脱がざるを得ないと、シズクはエドワルドに店を手伝って欲しいとお願いすることにした。
「エドワルドにお願いがあります!」
「なに?」
「私のお店、手伝ってくださーい!」
「いいよ」
と不躾だと思いながらも、シズクは断られることを覚悟でお願いしたのに、即答で了承の返事をされ拍子抜けしてしまった。慌ててもう一度確認するとエドワルドは嬉しそうに笑って頷く。
「え!え!? 本当に?」
「お姫様の願い、謹んで承りましょう」
「姫って柄じゃないんだけど……、でもありがとうね、えっとじゃぁ説明すると、全部小分けにしてあってね……」
「うん、うん」
エドワルドが満面の笑みで屋台を手伝うと言ってくれて感謝しても仕切れない。
ありがたみを感じながらも説明をしていると、屋台が始まるのかと別の列も形成されてきてしまった。
「俺に任せておいて」
「お、お、お願いしますっ!」
そう言ってシズクを覗きこみ、優しく、そして頼もしく笑ったエドワルドに、小さくシズクの鼓動が跳ねた。
鼓動も……、祭りの熱気に当てられたのか少し早くなってきた気がする。
一瞬そう考えはしたのだが、忙しさも手伝って鼓動が跳ねた理由については深く考えることなく、シズクは前夜祭の営業を終えたのであった。
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