第17話 麻袋と新たな出会い
「天誅っ!」
「意味わからねぇ台詞吐くんじゃねぇっ。おとなしくしてろ!」
機嫌の悪い男の声がそばで聞こえたと思ったら、脛の辺りを蹴られた。物凄く痛かったのでシズクは必ず仕返ししてやるぞと様子を窺うことにして痛いのを我慢してしばらく息を潜めた。
ガタガタと硬い振動がシズクの体に響く。おそらく馬車の荷台にでも乗せられているのだろう。気がついたら馬車に乗せられていたのでどれぐらい時間が経っているのか、そしてどこに向かっているのか分からない。さらに外の様子は全く見えないし、そもそも手と足も縛られていて体の自由もない。
そしてこの間シュシュリカマリルエルと一緒に試作したシュシュもどこかに落としてしまったようだ。シュシュでまとめていた髪が首筋にまとわりついて暑いし気持ち悪い。シュシュ自体結構気に入っていたのでそこそこショックである。
「せめてここから出してもらえないですかね……。一応か弱い女なんですけど……」
そしてとにかく暑い。なんとか息はできるのだが、日本のあのうだるような暑さを体験したことがあるシズクでもこれは流石にしんどいというもの。
「何がか弱いだ! あんなに暴れやがって! やっと袋に入れたのに出すわけねぇだろが!」
「ですよねぇー」
「ですよねぇじゃねぇ!」
ガラの悪い男とこんな間の抜けた会話をしているが……、シズクは今、手足を縛られさらに麻袋に入れられて絶賛どこかに攫われ中である。
何故こんなことになっているのかというと……。
***************
今朝は治療院で診察を受けた後、シズクはロイルドとの約束通り、城で開かれる歓迎の宴の手伝いにやって来ていた。
歓迎の宴を手伝うきっかけはロイルドに譲った例のかき氷機だった。
かき氷機を譲ったあの日から、ロイルドがリグと飲みに来たと言っては家に遊びに来て、雑談をして帰るという事が数日続いた。たまにそこにエドワルドやベルディエットが混じることもあったが、いたって普通に話をして他愛もない話をしていたと思う。
今思えばすでにそこからロイルドの罠にハマっていたのかもしれない。
話の流れでやれ理想の食事はどうだ、やれ大事な友人を家に招く際はどういったメニューがいいか……。何となくそういった話をしているうちに、実は大勢人が来るから何かいいアイディアはないかと聞かれたのだ。
まだ完全に体力が戻り切っているわけではないが、そこそこ体力も戻って来ている手ごたえがあったので、ならば少しぐらいなら手伝えますよ? と口にしたのがシズクの運の尽き。
それはありがたいと諸手をあげて喜ぶロイルドから出た言葉にびっくりする。
「実はな、ドラゴンの情報交換にやってくる西にあるリットラビア公国とノルドニア王国からやってくる要人をもてなすための宴に出す料理を考えていたのだ。いやはや、シズクに手伝ってもらえるとなればこれは心強い」
いいように言質をとられたし、なんだかんだと誘導された感じが否めないが自分で口にした言葉に二言はない。
他国の人をもてなす機会などそうそうないし、いい経験になるかもしれないとポジティブに考え早々に切り替えることにした。
その後はあれよあれよという間にセリオン家に連れていかれ、メニューを作り上げ、当日料理人が足りないかもしれないということで今日ちょっとだけ調理を手伝っていたというわけだ。
「シズク! 申し訳ないけど、すでに料理がなくなりそうだから出来上がっている分、追加しに会場の方に持って行ってくれないか?」
「わかりましたー。カート借りていきますね!」
「悪いな。よろしく頼むよ」
すぐに追加分が必要になるほど食べてもらえる事は正直嬉しい。調子に乗って会場に追加分をカートに持っていくと、ロイルドがかき氷を披露しているのが見えた。かき氷機を扱う手付きも何度も練習したのでかなり堂に入っている。
シズクがあまりにもロイルドのその姿が面白くて、思わず小さく笑ってしまったところを近くにいた貴族に聞かれてしまった。
「給仕の者が主であるロイルドの姿を見て笑うなど不敬であろう」
「失礼いたしました。ですが私は誰に使えているわけではなくて、今日この料理の為にセリオン家の手伝いに来ていまして……」
「もしやこの料理の事を知っているのか?」
「はぁ……。まぁ知ってはいますけれど……」
ぐいぐいと近くに寄ってくるこの貴族の事を、シズクはまったく知らない。値踏みするように下から舐めるようにシズクを観察する視線が、目の前の貴族の元々なかった好感度をさらに下げていく。
好感度の欠片も見つからない目の前の貴族の男だが、この宴に呼ばれているという事はそれなりの地位にいるはずだし、セリオン家の名に傷をつけることにもなりかねないのでシズクもあまり無下には出来ない。
「セリオン家のものではないのだな」
「先ほども言いましたが手伝いに来てるだけでー……」
「ほうほう、それは好都合。おい!」
それを聞くなり冷えた笑みを浮かべて、冷たい視線をシズクに向けたその貴族は、側にいた目つきの鋭い男と何かを話し始めた。あまり煮え切らない風を装って、のらりくらりと逃げようとしたのだが、なにかの拍子に目つきの鋭い方の男の方に手首を強く握られ、口を押さえられたかと思ったら首の辺りを叩かれて意識を失ってしまったのだ。
意識がなくなる直前、テレビでよく見るやつだ!と思ったのだが、この世界の誰にも理解されないのが非常に残念に思いながらシズクは意識を手放した。
気がついた時には、手足を縛られて麻袋の中だった。
恐らく先ほどの目つきの鋭い男に首の辺りを叩かれて意識を失っている間に、なにかしらの理由で麻袋に入れられそのままどこかに運ばれているのだシズクは理解はした。
理解はしたが理由が全く見えてこない。
近くにいるであろう誰かに声をかけても、うるせー、静かにしろっ!とお決まりの台詞しか返って来ないことに若干辟易してしまうが、もう少し現状把握をしておきたいので面倒ではあるが、シズクはさらに話しかけてみる。
「あの、私何か悪いことしましたかね……」
「俺達はお前を屋敷まで連れて行けと言われただけだからな。何にも知らねぇ」
「お屋敷? 誰のお屋敷にいくんですか?」
「教えてやる義理なんてねぇよ!」
今の会話から、シズクの周りには三人男いてどこかに拉致されるのだろうという事は分かった。
教えてやる義理なんてねぇ、そりゃそうかと諦めて喋るのを止めた時、誰かの手がシズクの腰のあたりをゆるゆると触った。
「おい、やめておけ。依頼人がこいつをどうするつもりかわからねぇんだからよ。傷ものにでもしたら報酬がもらえなくなるかもしれないだろうが!」
「ちょっと若い女の肌が触りたかっただけだって……あ゛ーーーーっ」
とさらにシズクの肌を触ろうとしてきたので、何とか動く足でバタバタと暴れてやる。
その暴れた足が、恐らくシズクを触ってきた男の急所に当たったようでもがき苦しむ声が聞こえる。
「天誅っ!」
「意味わからねぇ台詞吐くんじゃねぇっ。おとなしくしてろ!」
そして冒頭に戻る。と言うわけだ。
しばらく静かにしていたが、家の門が開くような音がして少し走った後に馬車が停まった。馬車は止まったがシズクは麻袋から出されることなく、ほったらかしにされた。
「ここに座ってろ。動くんじゃねぇぞ」
「……」
とりあえずは喋らずに馬車の中でじっと座っていると、シズクの元にも届くような誰かが言い争う声が聞こえる。
「えぇ、ちゃんとゲパロ様から……、それはもう……」
そこまでは何とか聞こえたが、相手の声は聞こえずその後は少し離れてしまったのか、誰の声も聞こえなくなってしまった。
シズクはとりあえずこの麻袋から出て早くこの蒸し暑さから解放されたい一心で、声が聞こえなくなったのをいいことに馬車の荷台からなんとか外に出ようと芋虫のようにじりじりと移動を始める。
腕は後ろ手に縛られて足も縛られているが、何とか先ほど声がしていた方に移動していると急に麻袋の口を掴まれ、一緒に巻き込む様に髪の毛を引っ張られる。
「わわわっ! 痛いってば!!」
「動くんじゃねぇって言ってんだろが」
我ながら可愛げない叫び声をあげてしまったとシズクが反省する前に、誰かが走り寄ってくる気配がする。声からすると若い男のようだ。
「おい、この麻袋の中は?」
「へぇ、うるせぇ女ですが、サライアス家の執事の方からここへ運べと……」
「なんだと! 確かに父上からは腕のいい料理人をお招きしたので先にもてなしておくようにと伝書用の魔法が来たが……」
「ね、確かに運びましたからね。早くこちらの受取書にサインを」
その男が書きなぐるように受取書にサインをすると、シズクに走り寄って麻袋の口を静かに開けてくれる。
ようやく麻袋から出ると丁度いい風が吹き抜けた。
シズクの肩程までの亜麻色の髪がふわりと風に揺れ、茜色の瞳が眩しそうに目を細めながら、走り寄って麻袋の口を開けてくれた恩人をじっと見る。
「あ……おれは……クルド。クルド・ディ・サライアス」
「シズク・シノノメです」
「シズク……。不思議な響きの良い名前だ。此度は本当にすまない。何かの間違いだと思うのだ。ようこそサライアス家へ」
そう言って頭を下げたクルドという青年は、エドワルドやシズクと同年代のように見えた。
先ほど父と呼んでいたので、あの高圧的で好感度の欠片もない貴族の息子なのかもしれないが、とても親子とは思えない程クルドは誠実そうな青年に見えるし、シズクにもとても紳士的に接してくれている。
「いえ、こちらこそ麻袋から出していただいてありがとうございました」
名前を名乗りあった後、縛られていた手を足を解放してくれ、クルドはエスコートするようにシズクにゆっくりと手を差し出した。
差し出されたクルド手を麻袋から出るためにシズクがそっと取ると、手を取ったまま急にそっぽを向いて大きく深呼吸を繰り返し、たっぷり時間を取ってから『こちらへ』と、シズクの事は見ずに、しかし気を使う様にゆっくり歩き出した。
クルドは、もしかして人見知りなのかな?
麻袋の中に入れられている時は結構荒い口調で話をしていたから、もしかしたら怖がられているかもしれない。
決してそんな荒っぽいことを好む人間ではない。恐らく手違いでここに連れてこられただけの、一介の弁当屋に過ぎないのだとシズクは主張したかったが、口から出た言葉はなんとも間抜けなものだった。
「すずしい……。あの、汗だぐですみません……。それからここはどこでしょう?」
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