第16話 消えた考案者

 秋の収穫祭を前に、ドラゴンの調査と情報交換のために訪れた他国の貴族や学者達を歓迎するための宴が城で催される。


 最終的には五か国が集まる予定だ。




 ユリシスでは、昔から国賓を歓迎する舞踏会や宴を貴族が仕切る慣わしがあり、メニューを決め配膳などを行う。ちなみに開催にあたり資金は国から決まった金額が支給されるので資金は気にしなくても問題はない。




 最終的に各国揃った段階で再度大きな舞踏会を国王主体で開く予定ではあるが、今日はセリオン家が主体となってリットラビア公国とノルドニア王国の二国の客人をもてなす日となっている。


 こういった宴では大概どの家であってもお得意のメニューを提供する。お堅いことで有名なセリオン家であれば、いつも通りユリシスの伝統的な季節のメニューになるだろうと国王も含め皆が思っていた。




「してロイルド、今回はどのようなメニューを用意しているのだ?」


「いつも通り足をお運びいただくすべての皆様にお楽しみいただけるよう、誠心誠意努めさせていただきます」




 誠心誠意努める……。


 目の前の堅苦しいロイルドの表情と穏やかに微笑むマリエットを見れば、今回も問題なく宴が模様されるであろう事は国王も想像できた。




 以前からセリオン家が仕切る歓迎の宴は、よく言えばユリシス伝統の食事が上品に丁寧に味わえる。一方、本音を言うならば可もなく不可もない、だ。特に何回か来賓としてきたことがあるものから見たら、美味い事は美味いのだがあまり変わり映えのしない食事になってしまう。




 しかし今回迎える二国は今回初めて公式にユリシスに招待した国なので、伝統メニューでも問題ないだろう。次に到着予定の三か国については何回か国賓で招待した事がある。しっかり調べ前回と今回は別の貴族の仕切りにしているはずなので料理も被ることがないはずだと、国王は安心するようにゆっくり頷き、つつがなく準備するようにとロイルドに告げた。




 時間は夕刻。


 国王は王妃と共に夜の宴に向かう。




「今日はセリオン家でしたでしょうか」


「あぁ、リットラビア公国とノルドニア王国の者たちはユリシスに来るのは初めてだ。国の歴史を重んじる二国であればセリオン家のもてなしは相性がいいはずだが」




 長い廊下を歩きながら、美味であることには変わりないが代わり映えはしないであろう今日の食事に思いを馳せる。




 いつもと同じであればコース料理だ。


 食前酒にはユリシスの特産品であるオリンジのシャンパーニュ。地のものを使った野菜の前菜から始まり、この時期ならば冷たいスープ。リエインから取り寄せた旬の白身魚、口直しにはセリオン家のほとんどが得意とする氷魔法を使った氷華、その後はメインディッシュの肉料理だろう。食後には甘味と茶で締められる。




 他家もそうだが、とりわけセリオン家は歓迎の宴の料理で特に冒険することはなく、昔から王道ばかりを突き進んできた。それに助けられることも多々あったが、たまには趣向の違ったものをと考えてしまう。


 


 国王が広間に到着すると、いつものセリオン家の仕切りとは全く違う様相に国王は目を見開いた。


 会場には念のために近衛騎士団が警備に付き、団長のアッシュの姿も見え、概ねいつも通りだ。


 しかしまだ歓迎の宴は始まっていないというのに大広間からはなんともいい匂いがしており、会場にいる招待客のほとんどが期待に満ちた顔をしている。




「国王様、王妃様、どうぞこちらへ」




 到着すると国王と王妃をロイルドとマリエットがにこやかに出迎えた。




 が、今は何もかもが気になって仕方がない。




 いつも整然と並べられているテーブルはなく、窓際と上座にテーブルと椅子が置かれ、壁際に色とりどりの食事が並んでいる。注文を受けてシェフが切り分けていたり、好きなものを好きなだけ受け取ることができるスタイルのようだ。




 気になる色々なものに蓋をしてなんとか国王としての挨拶を終える。一斉に皆が料理に飛びかかるように向かうのを羨ましげに横に見ながら、国王はやってくる貴族や客人の個別の挨拶をこなしていく。




 招待されているユリシスの貴族も興味津々だ。宰相であるウォード家当主のアナトルは涼しい顔をしていたが、食事にはとても興味がありそうで料理人に質問をしているようだ。セリオン家に一方的にライバル意識を持っているサライアス家当主のゲパロに至ってはまだ食事を口にしてもいないと言うのに、こめかみに血管が浮き出るほど悔しそうにしているのが見えた。




 ようやく自由の身になるとすぐさま国王はロイルドを呼んだ。




「ロイルド、これは一体……」


「今回は着席しての食事ではなく、自由に交流が図れるようテーブルや椅子は少なくいたしました。国王陛下と王妃陛下のテーブルは上座に準備しておりますのでご安心ください。食事の内容ですが、食事は長旅でなかなか口にすることができない二か国の郷土料理と、ユリシスの料理、あとは変わった趣向の甘味を準備いたしました。イタズラ防止のため、我が家のシェフや給仕の者が取り分けをして……」


「そうではない。いや、そうなのだが……、それにしてもいつもと随分違いすぎるではないか」




 珍しく饒舌に語るロイルドの話を遮り、頭を振り国王がこの光景をもう一度見る。




 どの貴族の家が仕切っても自国自慢の料理を振る舞い味わってもらうのが今までの通例であった。




 それが今日はどうだ。


 他国のものを思いやり、どちらの国でもよく食べられているという家庭料理と伝統的な料理の両方が並ぶ。ユリシスの名物も加え、国を超え皆が楽しそうにそれを口に運んでいる風景は、今までに見たことがなかった。




「とある人物の思い付きから始まったのですが、いやはや侮れませんでしたよ」


「思い付き?」


「えぇ」




 思い出し笑いをするロイルドのいつもよりも若干柔らかな表情に、いつもの重苦しさはない。


 しかしなかなか見ることのできない堅物の貴重な表情を引き出したというとある人物が気になりつつも、目の前にある食事に目が泳ぐと、珍しく少年のように悪戯を仕掛けるような表情をしたロイルドが自身ありげに微笑んだ。




「国王陛下、王妃陛下。一緒に……とは参りませんがどうかごゆるりとお楽しみください。デザートにはお楽しみいただけるものをご用意しております故」




***********




「これは?」


「こちらは特産の鶏肉をミンチにしたものを……」


「ほう、ではこちらは」




 王妃もびっくりするほど、国王は宴に出されている二カ国の料理に関する質問をドラゴン調査のために来てる客人に質問を繰り返している。




 それもそのはず。他国に招待され、その国の食を堪能することは多々あれど、普段民が食べているであろうものを食べる事はほとんどないからである。自ら食す機会があり、どういった場合に他国の民はこれを食べるのか、興味は尽きない。




「恐れながら国王陛下、王妃陛下、あれをご覧になりましたか?」


「あれとは?」




 ノルドニアの客人が指し示す方向を国王が見ると、そこにはロイルドが真剣な顔つきで何かをしているのが見えた。しかし何をしているのかは国王の座る席からは見ることが出来ない。が何かを始めたらしく、楽しそうに周りから歓声が湧くのが聞こえた。




「このユリシスは、新たな可能性を見出した最初の国となったのですね。氷をあのような形で食そうとするとは……。恐れ入ったと言うか、本当に素晴らしい着眼点です」




 一瞬口からおかしな音が漏れ出はしないかと心配になった。


 なんだ? 氷を食す?




 なんだそれはと国王はいても立ってもいられず、とうとう席を立ち上がり側近の人だかりの中にいるロイルドの前に陣取る。




 ロイルドは、おかしな箱に大きな氷を入れ固定すると、そのまましばらくは並んでいる者達に好みの味を聞きながら世間話をする。


 硬い氷をどうするのかと思ってみていたのだが、ややあって付いている取っ手のようなものを回し始めると、なんと氷が置かれていた板の下からなんと雪のようなものが出てくるではないか。




「なかなかに面白いものです。原理はカンナで木を削るのと似たようなものなのですが、回している取っ手の動力を伝える設計が思ったよりも簡単で無駄がない。今ある仕組みをもっと簡素化しつつも強度の強化もできそうで……」




 ノルドニアの学者が熱量高めの説明をしているが、今はさらさらと儚くも作られている雪のような氷に国王は目が釘付けになってしまう。


 今も小気味よく氷が削られていく音がなんとも耳に心地いい。




「国王陛下。こちらに足をお運びにならなくてもご準備しましたのに……」


「いや、招待客ともいくつか話すことが出来た。問題はない」


「さようでございますか」




 削りだされた氷はキラキラと光り皆の目を楽しませてくれる。


 リットラビアもノルドニアも雪は降らない国なので、余計にいい余興になっているようだ。


 これに蜜をかけて食べるという食べ方を聞いたときには、国王をさらにびっくりさせた。




「かき氷という食べ物でございます。国王陛下には蜜ではなく……」


「ロイルド! この香りはもしや」


「はい、その通りでございます」




 削られた真っ白い氷の上に、とろりとした琥珀に光る香り高いユリシスの特産品の一つであるブランデーをかけロイルドは国王に差しだした。




「こちらは大変美味でございますが、あまり掛け過ぎは良くありませんので量はこれで適量であると存じます」




 口の中にブランデーの混じった薄く削られた氷を入れると、なんとも言えない冷たさにキーンと頭が痛くなる。がそれ以上に口の中でジワリと溶けていく削られた氷の触感と、上にかかっている少しフルーティーなブランデーの相性がとても良い。




「美味であるな……。他にも味があるのか?」


「えぇ。考案した者はオリンジのジュースやジャムをかけると良いと言っておりました。ベイリのシロップもご準備しておりますので、王妃陛下もおひとついかがでしょうか」


「まぁ。ではいただこうかしら」




 王妃には練乳と赤いベイリのシロップをかけて差し出すと、恐る恐る口に運び、その後は言わずもがな幸せそうな顔で食べている。




 国王は氷の新しい世界を開いたロイルドに何か褒美をと考えたが、そう言えば今日のこの食事のスタイルを思いついた者がいると言っていた。この氷についても同じだろうか。


 


「ロイルド、今日の功労者がいるのであろう?」


「はい」


「ここに呼ぶことはできるか?」




 命令ではない。


 この料理の考案者したものへの興味だ。自らを誇示する訳ではなく、招待客に寄り添った食事構成と新しい食への探究心を持つ者と会って、人となりを見てみたいと単純にそう国王は思った。




「そう言われると思いまして……、シズクをこちらに」




 ロイルドの横に控えていた従者がこくりと頷き、会場を出ようとした時、セリオン家特有のアッシュブルーの髪を揺らして、ロイルドの息子であるエドワルドが走り込んできた。




「父上! シズクが!」


「エドワルド、国王陛下と王妃陛下の御前である。落ち着きなさい」


「落ち着いてなんかいられないっ! シズクが誰かに攫われたかもしれないのにっっ」




 滴り落ちる汗でエドワルドがどれだけシズクを探していたのかがわかる。フーフーと興奮をなんとか抑えようとしているが呼吸はなかなか落ち着かない。


 仕方なくロイルドは冷静さを取り戻させようとエドワルドの目の前で猫だましのように大きな音を立てて手を叩く。


 


「っっ」


「何があった。ゆっくりでいい。話してみなさい」




 びっくりしたことで少し冷静さを取り戻したエドワルドは近くにいた給仕から水をもらい、一息に飲んだ後状況を伝える。




 今日エドワルドは警ら隊ではなく近衛騎士団の歓迎の宴の為の警備の仕事に就いていた。休憩時間になったので厨房を手伝っているはずのシズクと一緒に食事を取ろうと様子を見に行ったのだが、姿が見えない。厨房でどこにいるか聞くと、シズクは先ほどまでは会場の方にいたはずだという。


 さらに何人かに行方を聞くと、給仕のメイドがシズクがどこかの家の執事らしい男に話しかけられているのを見たという。流石にどこの家の執事かはわからなかったのと、言い争いをしているわけではなかったようだったが、あまり雰囲気は良くなかったらしい。


 そのメイドは料理の事でシズクに確認したいことがあったが会場では見つからず、城の勝手口にシズクが今日使っていた珍しい形の髪留めが落ちていたという。


 


 それを聞いてエドワルドも探してみたが、どれだけ探してもシズクの姿は見つからなかった。




「そのシズクとかいう者が今日の食事の考案者なのだな」


「はい。その通りでございます」


「シズクは……、私の大事な、友達です。自分の仕事を無責任に放り投げてどこかに行くはずはありません」




 拳が白くなるほど強く強く握りしめたまま眉間にしわを寄せるエドワルドは、周りから見ても何とも痛ましく見えた。


 幸いにもこの会場には近衛騎士団がおり、団長以外もみな優秀だ。さらにセリオン家当主のロイルドは護衛としてもかなりの手練れである。




 早く探し出したいと今にも走り出して行きそうなエドワルドに、国王は一人強力な助っ人を付けることにした。




「アッシュ! エドワルドと共に、今日の食事の考案者を探して参れ」




 アッシュも急に国王に呼ばれ無茶振りされたのかと思ったのだが、エドワルドののっぴきならない表情を見て何かあったとすぐに察した。




「承知いたしました。謹んで承ります。それで、どうしたというの。エドワルド」


「団長……。シズクが、誰かに攫われた可能性があります」




 先ほどロイルドに話したことをもう一度アッシュに説明する。


 


「状況としては、やはり誰かに攫われた可能性が高いけれど、何故かな」




 それはエドワルドだって知りたい。


 手伝いに来てくれていただけのシズクが、何故誰かに攫われなくてはいけなかったのか。

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