レシピ 9 胸に灯る平和へのともしび
「しかし⋯⋯さっきの火は一体?」
今のベリアルはまるで憑き物が落ちたようにおとなしくなっていた。
「それは⋯⋯」
私には言えない。
さっきの火が聖女の魔法だという事を。
言ってしまえば今度こそなにか大いなるものに巻き込まれて逃げられなくなる。
そんな予感があった。
「⋯⋯お前なのか? お前が作ったのか、あの瘴気に蝕まれた兵士に活力を与えた食料を!」
しかしベリアルは真実に気がついた。
「違うベリアル! この
「この子はミシェルの婚約者よ」
「レイシア様!?」
いきなりなに言い出すの、この人は!?
「いいや、ごまかされんぞ! さっきの火の魔法は普通じゃない! それに俺の体の瘴気の影響が完全になくなっている! そんなのはありえん!」
そしてベリアルは私をじっと見つめる。
「聖女なのか? お前たちの予言に記された聖女がこの女なんだな?」
「私は⋯⋯」
私にはまだそれを認めるだけの覚悟が無かった。
「頼む聖女よ! 俺の国を救ってくれ!」
「そんなこと言われても私、困ります!」
私は思わずその場から逃げ出してしまった。
「おい待ってくれ! 頼む!」
そんな懇願をするベリアルはレイシア様に取り押さえられたようだった。
そしてベリアルは意外におとなしく牢へ幽閉されて、この騒動はひとまず落ち着いたのだった。
騒ぎが落ち着き私は一人、あてがわれた部屋で考え込む。
私がこの世界を浄化する聖女なのは間違いないだろう。
今までは悪しき魔族からこの国と民を守ると思っていたから力を貸していた。
でも⋯⋯今までただの悪魔だと思っていた魔族もまた瘴気の被害者だったのだ。
「救いたい⋯⋯」
それは偽らざる私の本心。
でも⋯⋯
既に私はこの聖女の力で魔族軍に多くの被害を出してしまっている。
もちろん戦争なのだからそれは仕方ない事だけど。
もしも私が聖女として魔族の国に出向き、浄化して回ればいずれバレるはずだ。
私のせいで多くの魔族が死んだことを⋯⋯
「怖い⋯⋯」
感謝されるのはいい、だけど恨まれるのは怖い。
「どうしたらいいの?」
答えは出ない。
気がつくと私は⋯⋯
この城を抜け出して逃げ出していたのだった。
こっそりと城下町を出る辻馬車に乗って私は元居た街へと戻る。
ただ私は戻りたかったのだ。
あの頃の何も知らないままのパン屋の看板娘だった頃の私に。
遠くからシミットさんのパン屋を見つめる。
「営業⋯⋯再開している」
よかった⋯⋯
「ありがとうございましたー!」
そう大きな声でお客様を見送る人に見覚えがあった。
「あれ? リーサじゃない? なんで?」
リーサは私が居た孤児院の仲間だった。
そして私とは違って才能のある聖女候補生だったはず。
そのリーサがなんで店番を?
そう思っていたら⋯⋯
「セイカじゃない!」
「リーサ⋯⋯」
見つかってしまった。
そしてすぐにリーサは私の所へ駆け寄り話しかける。
「セイカ、久しぶりー! そうそうマフィンさん子供産んだんだよ! 会うよね!」
「ええ!?」
マフィンさんが赤ちゃんを!
⋯⋯そういえばもうそんな時期だった。
こうして私はリーサに引きずられるままに懐かしいマフィンさんと会ったのだった。
「セイカ! よく戻って来たわね!」
「セイカ! おかえり」
「マフィンさん、シミットさん⋯⋯」
この夫婦は私を暖かく迎えてくれた。
そして⋯⋯
「あば! あば!」
元気いっぱいな赤ちゃんがそこに居たのだった。
「生まれたんですね、マフィンさん」
「ええ、先月にね」
私がお城に行ってからそんなに時間が経っていたんだと、あらためて思う。
「ブレッドと名付けたわ」
「ウチの大事な跡取りさ」
どうやらブレット君は男の子らしい。
この店の未来のパン職人なのだろう。
「赤ちゃん。⋯⋯そして未来か⋯⋯」
そのあと私たちはいろんなことを話した。
赤ん坊の世話が大変だとか。
リーサだけじゃなくて今では教会の孤児たちが当番でこのパン屋のバイトをしている事も。
「何があったか知らないけどセイカ。 あなたはいつでもここに戻ってきていいのよ」
「マフィンさん」
「セイカの作るクッキーが無いとがっかりする子供客も居るからな」
「シミットさん」
「そうですよセイカさん! 私達はただのバイトなんで!」
「リーサ⋯⋯」
そうか⋯⋯私には戻る場所があったんだ。
⋯⋯⋯⋯でも。
「みんなの気持ちは嬉しい、でも私には役目があるんです。 それが終わるまではこの店には戻れません」
3人は暖かく私を見つめて応えてくれた。
「しっかりね。 いつでも戻ってきていいんだから」
「⋯⋯はい」
そして私はこのパン屋を出た。
するとそこにはミシェル王子が居たのだった。
「⋯⋯迎えに来てくれたんですか?」
「いや待っていたんだ。 セイカが本心から戻りたいと思うまで」
ミシェル王子はずいぶん大人びて見えた。
「お待たせしました」
「もういいんだね?」
「はい」
こうして私はパン屋の看板娘からこの世界を救う聖女になる決意をしたのだった。
「それが私の使命なのだから」
覚悟は決まった。
もう迷いは無い。
この世界と人々に争いのない未来を届けないと。
それが私⋯⋯『聖火の聖女』の使命なのだから。
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