レシピ 8 魔族の皇子
私がこのお城で過ごすようになって早1月が経った。
その間に魔族との国境線で戦う兵士の皆さんへの救援物資の生産体制は完了し、届けられるようになった。
そのおかげか最近はわが国の戦力が盛り返して魔族軍を押し返しているらしい。
『これで心置きなく戦えるわ』
そう言い残してレイシア様は再び戦場へと戻った。
⋯⋯そういえば。
『ミシェルの事よろしくね。 今度会う時は私の事は「お姉ちゃん」と呼びなさいセイカ』
そんな事も言っていたなあ⋯⋯
ミシェル王子は私が何かを世話する必要もない利口な子供だ。
まあレイシア様はまるで私の姉のようによくしてくださったけど。
でも私はただの庶民、レイシア様の押しが強くてつい流されそうになるが気を付けないと。
とにかく今の私達はもう戦勝ムードになっていて完全に油断していたのである。
そんなある日の昼下がりでした。
突如大きな爆発が城を揺らしました!
「セイカ! こっちへ!」
「ミシェル王子!」
私とミシェル王子は一緒に避難します。
すると──
「クククッ探したぞ、ミシェル王子」
「なんだ貴様は!?」
目の前に黒ずくめの男が現れました。
「俺の名はベリアル。 いずれ魔界を統べる者だ! 貴様を殺せば我が魔族の勝利だ! 死ね!!」
そう襲ってきたのです!
私もミシェル王子も戦う術がない!
私達を守るために戦うのはこの城の騎士たちだった。
しかし──
次々とベリアルの魔法で蹴散らされている⋯⋯
駄目だ! このままじゃ逃げられない!
「ベリアル! なぜミシェル王子を狙うの?」
私はせめてもの抵抗に話しかけて時間を稼ぐ。
意味があるかはわからないけど⋯⋯
「そのミシェル王子の開発した食料がこの国の兵士に大きな力を与えている。 それさえ無ければ我が魔族軍の勝利なのに! 我々は負けるわけにはいかんのだ! 多くの民を救わねばならん! そのためにも死んでもらうぞミシェル王子!」
どうやら私の生み出したパンが原因で魔族が負けそうだから一発逆転の奇襲だったようです。
「わかった! 殺すなら僕だけを殺せ! この
「ミシェル王子!?」
どうやら王子は自身を犠牲にしてでも聖女である私を守ろうとする決意のようだった。
しかし私の為に誰かを犠牲にしたくない!
私はミシェル王子をぎゅっと抱きしめる!
「⋯⋯どけ女。 これは生き残りをかけた戦争だが非戦闘員を、ましてや女を殺したくはない」
「なら話し合いましょう! 話せばお互いの国をよくする案も出てくるはず!」
「そんな綺麗ごとがあるのならもうとっくに我が国の瘴気の汚染は改善している! もう時間が無いのだ!」
向こうも追いつめられている⋯⋯それが伝わる。
どうすれば!?
「どかぬなら女! お前もろとも吹き飛ばす! 恨むなら我が名を覚えて逝くがよい!」
ベリアルの魔法が放たれる!
もう駄目だ!
「──よく時間を稼いだ、セイカ!」
「え?」
「何い!?」
「姉上!」
突如王宮に現れ戦いに乱入したのは最前線で戦っているはずのレイシア様だった!
「これでも食らえ──!」
レイシア様の魔法が炸裂した!
「ぐおおおぉ!?」
ベリアルは吹き飛んだ!
「姉上、なんでここに!?」
「ほんとうにどうして?」
「最前線で戦っていたけど魔族軍が不自然な後退をみせた。 しかも私の最大のライバルでもあるベリアルが姿を見せない! だからこれは陽動だと思ってね」
どうやらレイシア様の機転がこの窮地を救ったようでした。
「く⋯⋯この女風情が⋯⋯」
「その女に何度も負けて帰ってるくせに。 ベリアルもう帰ったら? 今回も見逃してあげるけど?」
すごい煽るなレイシア様⋯⋯
「姉上はここで戦うと周りを巻き込むから撤退してほしいんだよ」
「⋯⋯なるほど」
どうやらレイシア様はただの戦闘狂というわけではなかったようです。
「いや引かぬ! もう我らに退路は無い! ここで勝負だレイシア──!」
「っち⋯⋯仕方ない!」
どうやらレイシア様の目論見は失敗らしい。
「セイカ逃げるよ! ここに居たら姉上の邪魔になる!」
「うん!」
立ち去ろうとする私達の背後でレイシア様とベリアルの巨大な魔力が高まっていく。
「受けてみよ! 我が最大の奥義! 『
「響け! 精霊たちの讃美歌よ! 『
ぶつかり合う巨大な魔法同士!
その威力はまったくの互角!?
「姉上──!!」
互いに魔法を撃ち合うレイシア様とベリアルは──
「やはり⋯⋯」
「⋯⋯互角か」
その様子にミシェル王子は慌てる。
「マズイ! このままだとここで大爆発しちゃう!」
くわしい理屈はわからないけど、ここで拮抗する二つのエネルギーの飽和が限界に達すればそうなると私も思った。
それを防ぐにはどちらかの力が一瞬でも上回れば押し切れるハズ⋯⋯
「セイカ! 何を!?」
その時、私は信じられない行動に出た。
「セイントファイア!」
私の火は弱い。
でも一瞬気を逸らすくらいなら⋯⋯
そんな私の放ったセイントファイアの火がベリアルの顔面に当たる。
「なんだこのカスみたいな魔法は!」
⋯⋯全然効かなかった!
でも!
「あっ!? 余の前髪に!?」
私の放った火はベリアルの長ったらしい前髪に着火した。
「おい、やめろっ!」
おそらくベリアルも耐火の魔法くらい使えるだろうからダメージは皆無なのだろう。
でも目の前で前髪が燃えていくのを見るのは気が散るハズ!
「よくやったセイカ!」
その時レイシア様の気合のこもった魔法がベリアルを押し切った!
「うおおおぉ!? しまった──!」
やった! レイシア様の魔法がベリアルを打ち破ったのです!
⋯⋯しかし!
「⋯⋯さすがにしぶといわね」
「くっ⋯⋯我はまだ負けるわけには⋯⋯⋯⋯なっ!?」
ボロボロになったベリアルが燃え始めた!?
私のセイントファイアの火が消えないのだ!
「うおおおぉ!? なんだこの火は!?」
まずい! あのままだとベリアルが焼け死ぬ!
そう思った私はなぜかこのベリアルを見捨てられなかった。
「お願いレイシア様! ベリアルを助けて!」
「えーなんで?」
「なんでと言われましても⋯⋯お願いレイシアお姉ちゃん!」
「⋯⋯! ⋯⋯わかった、仕方ないわね♪」
そうしてレイシア様が吹雪の魔法で消火してくれ⋯⋯あれ?
「⋯⋯ちょっとセイカ!? 消えないんだけど、この火!」
おかしい!? いつも燃えている竈の火なら普通に消えるのに、何で!?
「うあああぁ⋯⋯余は⋯⋯余はまだ死ぬわけには⋯⋯救わねばならんのだ! 我が民たちを⋯⋯」
「ベリアル!」
私は思わずベリアルに近づく。
「バカ! 戻りなさいセイカ!」
「セイカ! 行っちゃだめだ!」
その時、近づいたベリアルが私の手を掴んだ。
「たすけてくれ⋯⋯」
命乞いをしているのか?
「我が民を⋯⋯たすけて⋯⋯」
違う! この人は自分の事なんかどうでも良くて、ただ守りたい人々が居るだけなんだ!
私達と何が違う!
この瞬間、私は初めて救いたいと心の底から祈った。
すると──
ベリアルの全身を覆う火が私の体にも燃え移る!?
「熱っ!! ⋯⋯あれ? 熱くない???」
私の体は確かに燃えているはずなのに、その熱さをまったく感じない。
それどころか⋯⋯安らぎさえ感じる?
やがて私とベリアルを覆う火は完全に消えた。
全てを焼きつくした後の自然消火のような鎮火だった。
「セイカ! 無事なの!?」
「セイカ! その髪は!?」
私の髪の毛⋯⋯パンチパーマにでもなっているのだろうか?
その時、私の髪の毛の一房が視界に入った。
「⋯⋯銀色?」
「すごく綺麗な銀髪ね⋯⋯」
「うん⋯⋯綺麗だよセイカ」
「⋯⋯どうも」
私のくすんだような灰色の髪の毛が、輝くような銀髪に変っていた。
「う⋯⋯うう? あれ生きている???」
どうやらベリアルも無事だったようだ。
こちらも変化があった。
漆黒の黒髪だったベリアルの髪の毛が、光沢のある紫色の髪の毛になっていた。
「どうなっておるのだ? 余の体は?」
その時ベリアルの着ていた黒衣がボロボロになって弾け飛んだ!
「余の宵闇の衣が──!?」
「え──!?」
「セイカ! 見ちゃだめだ!」
私の目をすぐにミシェル王子が塞いだのでギリギリ・スレスレでベリアルの痴態を見ずにすんだ。
「あら⋯⋯つるつるね!」
しかしレイシア様はベリアルの全裸をガン見しているようだった。
しかしなにがつるつるなのだろう?
そのあとミシェル王子が自分のマントをベリアルに着せたことでようやく落ち着く。
「ベリアル、あなた平気なの?」
私は裸マント姿のベリアルに話しかける。
「大丈夫⋯⋯のようだ。 さっきの火は一体? それに余の体が!?」
「どこか具合が悪いの?」
「いや、むしろ絶好調だ」
「つるつるなのに?」
「つるつるのくせに?」
「やかましい! さっきまではボーボーだったわ!」
どうやら私の火がベリアルの全身のムダ毛処理をしてしまった模様⋯⋯どうしよう。
まだこの戦いの後始末は終わらないようだった。
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