レシピ 7 セイカの使命

 パンが焼けるまでの間、なにも知らない私はいろいろ説明されます。


「セイカ。 あらためて名乗ろう。 僕の名はミシェル、この国の王子だ」


「王子様!? すみません! 私はセイカと申します!」


 あわててお辞儀をする私だった。

 ⋯⋯まあある程度予想は出来ていたけどこの子⋯⋯この国の王子様だったよ。


「そして私はこの子の姉のレイシアよ。 ⋯⋯よろしくねセイカ」


 なぜか私はこのお姉さまに値踏みされているような目で見つめられていた。


「ど⋯⋯どうも」


 私はこっそりとシミットさんに話しかける。


「シミットさん、どうなっているのですか?」

「なにやらウチのパンが特別製だったらしい」

「特別製?」


 普段から私も食べてるパンだが格段おかしくはない、美味しいけど。


「あの店のパンには呪いや瘴気の浄化作用があるんだ」


 そうミシェル王子様が説明してくれた。


「そうなんですか?」

「そうなんだ。 ⋯⋯そのための検証だったんだがすまない、迷惑をかけた」


 ⋯⋯ちゃんと謝れる良い子じゃない。

 相手が王子様なのにそんな風に私は思った。


「シミットさんのレシピが特別なんですか?」

「違うわ。 特殊なのはあなたの火の魔法よ」


 そうレイシア様が言う。


「私の魔法が特殊? あんなのちょっと火を付けるくらいにしか使えない種火ですよ?」


「まあそのうちわかるわ。 今はパンが焼けるのを待ちましょう」




 そして私だけがこの王子様と王女様とティータイムをすることに⋯⋯なぜ?


「ところであなた⋯⋯セイカはミシェルをどう思う?」

「その⋯⋯利発そうな子だな⋯⋯と」


「あらわかる? そう、この子とっても頭が良いのよ。 その分配慮に欠けるところもあるけど根はいい子なのよ」


「そうですか」


「その姉上⋯⋯僕の話は⋯⋯」

「あらそうね! じゃあセイカの事もっと知りたいわ!」


「姉上! セイカに失礼だよ!」

「あらもう呼び捨てなんて、このオ・マ・セ・サ・ン」


 真っ赤になるミシェル王子⋯⋯

 はたして私は何を見せられているのだろうか?


「⋯⋯真面目な話をしましょうか。 セイカの火魔法⋯⋯あれは『火属性』じゃない『聖属性』の魔法なのよ」


「そうなんですか?」

「わからないで使っていたの?」


「私はもともと聖女⋯⋯見習いで、それで普段からあの魔法を使っていたので⋯⋯」


「『セイントファイア』だっけ?」

「はい」


「その魔法名⋯⋯誰に教わったの?」

「教わったというか⋯⋯自然に頭に浮かぶじゃないですか?」


 そしてレイシア様は考え込む。


「なるほどね。 ⋯⋯ところでセイカは?」

「今年で15歳ですね」


「両親は?」

「⋯⋯居ません。 私は教会の前に捨てられていたので⋯⋯」


「姉上! 失礼だよ!」

「ごめんごめん。 でもこれでハッキリしたわね」


 ⋯⋯私はさっきの質問に対してあまり怒る気になれない。

 私が転生者なせいか前世の両親には深い感情が残ってはいるが、この世界での両親に関心が無かったからだ。


 そんな事を話していると焼けたパンを持た人が来た。


「お待たせしました」

「どうだった?」


 ミシェル王子は不安そうに、レイシア様は優雅に紅茶を飲んでいる。


「⋯⋯成功です」


「本当か!」

「だと思ったわ」


「分析によると強い浄化作用を確認しました!」


 それを聞いて喜ぶミシェル王子様は初めて歳相応の子供らしい大喜びだった。


「やったー! やったよセイカ! これでこの国は救われるよ!」


「一体何の事なんですか?」


 何もわからない私にレイシア様が最敬礼をして話しかけます。


「お待ちしておりました聖女様。 私達はこの国を代表して貴方様のお越しを歓迎いたします」


 すごい手の平返し! 一体何なの?


「聖女! セイカが予言の聖女なの姉上!?」

「その通りよ」


「私が予言の聖女?」


 未だに話が見えない私にレイシア様が語ってくださいました。




 この世界の半分は黒い瘴気に覆われた魔の大陸であると。

 そこには強い魔力を持つ魔族と呼ばれる種族が住んでいるのだと。


 元々は人間と魔族は同じ存在だったらしいが、瘴気の濃い環境で何世代も過ごすうちに適応したのが魔族なのだという事。


 しかし近年、その魔族領でも瘴気の濃さが危険域に達し人間の世界への移住を検討しているのだとか。


 しかし人間の領域はそこまで広くはない。

 魔族全ての移民を受け入れる事は不可能だった。

 こうなると起こるのは侵略戦争である。


 ここ最近はずっと魔族と人間の対立で、あちこちに戦火が広がりつつあるらしい。


 そんな時に神様の信託があったのだそうです。

 人々の希望のともしびたる聖女を与える⋯⋯と。


 しかしその聖女⋯⋯私の事らしいが今まで発見されず、すでに死んだと思われていたようだ。




「──まあそんなところよ」

「⋯⋯そうだったんですか」


 ⋯⋯どうしましょう?


「私を帰してもらう事は⋯⋯」

「出来ないわね」


 そうキッパリと告げられる。

 まあ覚悟はしていたけど、つらい⋯⋯


「セイカが必要なのは僕たちじゃない。 この世界全てになんだ。 わかって欲しい⋯⋯セイカをあんな街のパン屋に置いておくことはできないんだ」


 ⋯⋯この人達がけして自分たちの都合だけで私を拘束するのではないと理解はできる。

 しかし⋯⋯


「私にも都合があります。 私を救ってくれたシミットさんとマフィンさんに報いなければならないのです」


「セイカの要求ならすべて飲むわ」


「⋯⋯なら私はここに残るのは構いません。 でも今すぐにシミットさんをマフィンさんの所へ戻してあげてください」

「わかった」


「あと⋯⋯私の代わりに誰かあのパン屋で働ける人を用意して欲しいです。 もうマフィンさんが働くのは厳しい時期なので」

「必ず手配する」


 これだけ約束していただいたならもう十分、あとは⋯⋯


「最後にシミットさんにお礼が言いたいです」


 こうして私はシミットさんに事情を話して、このお城に残る事になったのでした。


 レイシア様とミシェル王子様は約束を守ってシミットさんをすぐに家まで送り届けてくださいました。

 あとは私がこのお城で聖女としての役目を果たすだけ⋯⋯なんだけど?




「⋯⋯うーん? セイカって聖女なのに、そこまで魔力が強いわけでもないのね?」

「その、近いです! レイシア様!」


 なぜか急にレイシア様は私に距離を詰めてくるようになった。

 この人凄い魔法使いだから私のような存在に興味があるのでしょう、きっと。


 あれからいろんな検証の結果わかったことは──


 私が火を付けた竈ならその後は、誰が、何を作っても、一定の聖属性の効果が宿るという事だった。

 極端な話、私が付けた火をずっと消さないで維持すれば、私はもう要らないという事である。


「あの⋯⋯私、帰ってもいいですか?」

「駄目だよ! セイカにはここに居てもらわないと!」


 なぜかミシェル王子様が大反対だった。

 そんなわけで私は今だにこのお城にご厄介になっています。


 ⋯⋯マフィンさん大丈夫かな?

 お店大丈夫かな?

 赤ちゃんもうすぐ生まれるの見たかったなあ⋯⋯


 そんな事を想う日々の中、ついにパンを始めとする様々な食糧の生産体制が整い、その物資が魔族との戦いの最前線の兵士達へと送られる事になりました。


「前線の兵士たちは日々瘴気の影響で心身を蝕まれているの。 でもこれで大丈夫、あなたのおかげよセイカ」


 そうレイシア様が言ってくれるが私の気は晴れない。


 そもそも戦争が終わる事はないのだ。


 私に出来ることはもっと他に無いのだろうか?


「セイカがここに居てくれるだけで十分だよ」


 そうミシェル王子様が言うが⋯⋯私の迷いは晴れなかった⋯⋯

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