レシピ 6 騒動の火種
僕の出した命令で例のパン職人が城に連行されてきた。
「あの⋯⋯私めが、なにかしたのでしょうか?」
「すまなかったな、だがこちらにも事情があってお前を呼んだのだ。 用は済めばちゃんと返すと約束するし礼金もはずもう」
「はい⋯⋯わかりました」
こうして連れてきたパン職人シミットに城の厨房でパンを焼かせてみた。
その結果は⋯⋯
「普通のパンだな?」
「でも美味しいよねー」
気がつくと姉上が試食係として来ていた。
もうすっかり元気いっぱいである。
「なぜだ? 材料が違うのか? おい! いつも使っている材料はなんだ!」
シミットが普段使っている小麦粉は、城の備蓄のものとはランクの下がったものだった。
それをわざわざ取り寄せて、それでパンを作らせてみたが⋯⋯こちらも期待した効果のない普通のパンだった。
「どういうことだ?」
なにか違うのだろうか?
職人でも材料でもない何かが違うとしか思えない。
「おい! 普段と違う事を言え! どんな些細なこともでもだ!」
「普段と違うと仰られても⋯⋯」
「ごめんなさいね、この子いま必死みたいで。 駄目じゃないミシェル、きちんと頼まないと」
「う⋯⋯そうだなすまない。 教えてくれないか?」
僕はあらためてシミットに頭を下げる。
「そんな! 王子様に頭を下げられるなんて困ります! ⋯⋯普段と違う事? まあ竈が違いますね」
「お前の店の竈は特別性なのか?」
「普通の街の大工が作ったものだと思います」
「⋯⋯だろうな」
「あとは⋯⋯!? ⋯⋯⋯⋯いえ、なんでもありません⋯⋯」
「⋯⋯貴様、今なにか思いついたな? 言え! この実験には今後のこの国の未来がかかっているのだ! 決して僕の道楽なんかじゃない!」
「⋯⋯この国の未来?」
「そうだ。 あのパンには瘴気に蝕まれた人の浄化作用があるんだ! この国を、いや世界を救うパンなんだ!」
「⋯⋯そうですか、あのパンが」
「だから教えてくれ、なんでもいいから⋯⋯頼む」
シミットは少し悩んだ末に言った。
「⋯⋯最近、竈に火を付けるのを任せている人が居ます」
「火を付ける? それの何が特殊なのだ?」
火を付けるなど火打石か火の魔法で点火するだけだろう。
現にこの城の竈でも火魔法で点火している。
「その子は『セイントファイア』という魔法で着火するんですが⋯⋯それって普通の魔法なんですか?」
なんだその魔法は?
「聞いたことない魔法ね⋯⋯」
この国一番の魔法の使い手の姉でも知らない魔法だと!
「おい! その魔法の使い手は誰なんだ!」
「⋯⋯⋯⋯セイカです」
あの子か!
僕はすぐに店の看板娘の少女を思い出す。
「セイカ? 誰それ?」
「この男の店の売り子だよ、姉さん」
「ふーん。 よくそれで名前なんか憶えていたわね、ミシェル」
「⋯⋯それはともかく! そのセイカを今すぐに──」
その時だった。
「殿下!」
「──なんだ!?」
「その⋯⋯そこのパン職人を返せと暴れる女が! どうしましょう?」
「もしかしてそれは灰色の髪の可愛い女の子か!?」
「その通りです」
「馬鹿! 手荒な真似はするな! 絶対にするなよ! ここへ今すぐに連れてこい!」
「はい! かしこまりました!」
急にあわただしくなったな。
「セイカが来た?」
「そのようだな。 まあちょうど良かった」
「ふーん、噂のセイカね⋯⋯会ってみようじゃないの」
「⋯⋯姉さま?」
なぜか急に不機嫌そうになる姉だった。
なんで?
── ※ ── ※ ──
辻馬車に揺られてお尻が痛くなる事1日⋯⋯
ついにお城にやって来た私です。
とりあえず私にやましい事はありません正面突破あるのみです!
「あのー?」
「なんだ?」
私はお城の門番の兵士に話しかけます。
「たぶん3日くらい前に、このお城に連れてこられたパン職人のシミットさんに会いに来ました!」
すると門番の人達も丁寧に対応してくれます。
「知ってるか?」
「さあ?」
まあこんな末端の門番が知ってるとは思ってませんが⋯⋯
「とにかくそのシミットさんの奥さんが今妊娠中で心配しているんです! 連れて帰りたいんですけど!」
私はワザと大きく声を出して説明します。
あたりの通行人にバッチリ見られて聞かれてますね。
「まあ落ち着け! 俺たちにはわからんから、上に聞いてみるから少し待て!」
「はい、待ちます!」
こうして私はお城の門の前での座り込みを開始しました。
しばらく経って──
「おい君⋯⋯そこに座り込まれると、その⋯⋯困るんだが」
「私は一向に困りません!」
現在私は⋯⋯何やらお城の偉い人に訴える美少女という風に街の人の目に留まっています。
無論わざとですが⋯⋯
こうして少しでもプレッシャーをかけていくくらいしか私には戦う方法がありません。
「なあ嬢ちゃん。 そっちの詰め所に入って座って待つのはどうだ?」
「もしも私にさわったら『この人痴漢です』って叫びますよ?」
「⋯⋯勝手にしろ」
よし勝った!
そんな私の孤独な戦いでしたがどうやら動きがあったみたいです。
なんか偉そうな人が出てきましたねー。
「君の名を聞きたい!」
「セイカと申します!」
私の名を聞くとその人たちはやけに緊張しだした?
「セイカ嬢。 君を案内する、こちらへ」
「それはシミットさんの所へですか?」
「そうだ」
「わかりました」
この時私を見守ってくれていた民衆たちから歓声が上がります。
「良かったな!」
「がんばれよ!」
「はい! 皆さん、ありがとうございます!」
こうして私は民衆から歓声を受けながらVIP待遇でこの城門を通過したのでした。
⋯⋯このまま牢屋行きじゃなきゃいいけど。
かなり無茶をした自覚はある私だったが連れてこられたのは⋯⋯お城の厨房だった?
「なぜ厨房に?」
「セイカ!」
「!? シミットさん!」
そこにはシミットさんが居ました!
どうやら無事のようです。
「シミットさん! ご無事でしたか!」
「ああ⋯⋯ここでパンを焼いてただけだしな。 それよりもマフィンは?」
「心配してますが無事です」
「⋯⋯そうか」
そう再会を喜んでいた私たちに話しかけてきたのは、あの金髪の少年でした。
「セイカ! ⋯⋯いま君を呼ぼうと思っていたところだった」
「私を?」
「セイカにして欲しい事がある。 それが終わればこの男は今すぐに返す」
「わかりました。 私に出来ることなら」
だがその要求はとても予想外のものだった。
「この竈に火を付けて欲しい⋯⋯」
「⋯⋯火を付ける? それだけ?」
「ああ頼む」
何なんでしょう?
この大騒ぎの果てが私に火を付けるという要求なのは?
「わかりました」
私は新たに薪をくべられて用意された冷え切った竈の前に立つ。
⋯⋯みんなが見ていると緊張するなあ。
とくに金髪君の隣にいる女の人は『じ~』と私の事を観察しています。
「セイントファイア」
まあショボい魔法だけど使い慣れた魔法だ。
失敗などありえない。
すぐに火は竈全体に回り温まる。
「おい! パン生地を持ってこい!」
少年の命令であたりの人達が一斉に動き出す。
⋯⋯この子もしかして偉いのかな?
どっかの貴族の息子だというくらいにした思ったなかったけど、この様子だとただの子供じゃなさそう。
すると今までずっと黙って見守った居た綺麗な女の子が火のついた竈に近づく。
「危ない!」
私は思わずそう叫ぶが、もう遅い!
その女の子は素手で竈の火に触ったのだ!
「⋯⋯あれ? 火傷していない?」
「大丈夫。 耐火の魔法を使っているから」
すごい⋯⋯この子魔法使いなんだ!
私はその金髪でドレス姿の女を見つめる。
「ふーん、なるほどね⋯⋯」
「なにかわかったの? 姉さん?」
この少年と少女は姉弟なのか⋯⋯
どっちも同じ金髪で確かに姉弟だと思う。
「あとで説明するわ。 今はパンが焼けるのを待ちましょう」
暫くして辺りに小麦の焼けるいい匂いが立ち込めるのだった⋯⋯
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