レシピ 5 不思議なパンの謎
今日も私の店番は絶好調だった。
仕事にも慣れて店の売り上げも伸びる。
そしてマフィンさんのお腹もどんどん大きくなってきて、最近ではもうほとんど店の手伝いはしなくなっていた。
どうかこのまま元気な赤ん坊を産んで欲しい。
そう考えながら私はいつものように店番をしていた昼下がりだった。
しかし──
「おい! 誰かいるか!」
「いらっしゃいませ! ⋯⋯!?」
おー、1週間前にきたレアキャラの金髪美少年ではありませんか!
いやー眼福です!
「お客様、またのご来店ありがとうございます」
「──!? 覚えていたのか、僕の事!」
「ええ、もちろん」
忘れるはずないよこんな可愛い男の子は。
あれ? なんだか顔が赤いな、どうしたんだろ?
「そ、その! 今日はこの店のパンを全部買いたい!」
「え⋯⋯全部ですか?」
「そうだ!」
⋯⋯たしかに金持ちそうな少年ではある。
でも買い占めるほどかな、この店のパンなんて?
「少々お待ちを⋯⋯」
私はシミットさんに相談する。
「シミットさん! その⋯⋯パンを全部買いたいとおっしゃるお客様が⋯⋯」
「なに?」
裏方のパン工房でパン生地をこねていたシミットさんはすぐにやってきて、その金髪美少年君を見る。
「⋯⋯お買い上げありがとうございます。 セイカ! すぐに包んでさしあげろ!」
「はい!」
一目見てシミットさんも厄介そうな客だと思ったのだろう。
この子どう見てもお貴族様だしね。
なので神対応でさっさとお引き取りを選んだようだった。
この時間で売り切れなら今日は早じまいかな?
そんな事を考えながらパンを包む。
「⋯⋯⋯⋯セイカというのか」
なにやら金髪君にじ~と見つめられている。
なんだか照れ臭いな。
「お買い上げありがとうございます。 ⋯⋯でも持って帰れますか? この量を?」
けっこう嵩張る量だった。
「大丈夫、問題ない」
すると店の前にいたこの子の保護者と思われる男の人達が次々と馬車の中へとパンを運び込んでいく。
⋯⋯遠足でもするのかな?
私はそんな場違いな推理をしていた。
そのあいだ男の子はずっと私の方を見ていて⋯⋯
私も少年を見つめると──
「そ⋯⋯そのっ! クッキーも買おう!」
「お買い上げありがとうございます!」
クッキーは日持ちするのだが、それでも完売すればこれで完全に今日の営業は終了である。
ラッキー! こうして私にとっては久々の半休日となるのだった。
そしてお客様の少年を店の外までお見送りする。
こうして上客の少年は嵐のように去っていった。
「⋯⋯セイカ。 今日はもう片付けて店を閉めていいぞ」
「は~い! わかりました!」
こんな幸運もたまにはいいものだ。
そう⋯⋯この時は思っていた。
── ※ ── ※ ──
「またのお越しをお待ちしております!」
「──! ああ! また来る!」
僕は一体何を約束なんかしているんだろう⋯⋯
用が済めばこんな店なんかには、もう来ることは無いのに。
今日再びこの店のパンを買いに来たのは理由がある。
今まで病に伏せっていた姉が急速に回復したからだった!
それ自体は非情に喜ばしいのだが理由がわからない。
『あのパンが美味しかったからかな?』
『まさかそんな事は⋯⋯』
戦う以外はポンコツな姉の推理に僕自身半信半疑だった。
聖歌隊の聖歌の合唱でも払いきれない呪いが、たかがパンを食べたくらいで治るなら苦労はない。
しかしそれ以外の理由も思いつかないのだった。
⋯⋯試してみるか。
そう思い、今回再びここのパンを買いに来たのだった。
僕自身がわざわざ買いに来る必要はないのだが⋯⋯でも大事な検証だし人任せにはできない!
そう! ⋯⋯決してあの子にまた会いたかったからとかじゃない!
「⋯⋯セイカ。 いい名前だなー」
小麦の匂いが充満する帰りの馬車の中で、僕の心の中まで暖かくなる気分だった。
そして城に戻り実験をする。
パンの一部を錬金術師たちに分析させて残りは瘴気に侵された人々に食べさせる。
「ミシェル殿下。 そちらのクッキーはどうしますか?」
「⋯⋯これは半分僕が食べる」
いちおうこのクッキーも姉が健康になった可能性があるので成分検査に回した。
そして検証結果は翌日すぐに出た。
「ミシェル殿下! 検査結果が出ましたぞ!」
「聞かせろ」
その説明はおおむね予想通りだったが信じがたい内容だった。
「瘴気の浄化用ポーションの3000倍の効果だと⋯⋯!?」
報告だとパンを食べた患者全員が次の日には回復していたのだった。
そして錬金術師のおこなった成分分析ではパンにはそれなりに、そしてクッキーの方はさっき言った3000倍の浄化作用があることが判明したのだった。
「信じられません」
「⋯⋯僕もだよ」
いや確かに仮定はしていた結果なのだが⋯⋯こうして本当にこれだけの効果を実証できるとは思っても見なかったのだ。
「ミシェル殿下、このパンとクッキーは何なんですか!」
「僕が知りたいよ」
どう考えてもあり得ない存在のパンとクッキーだった。
少なくとも街のパン屋で売るようなものではない。
しかも特注という訳でもないのだろう、普段から売ってるパンのはずだ。
あの店にとってはごく普通に作って売ってるパンのつもりなのだろう。
「このパンが銅貨5枚で、クッキー1袋が銅貨1枚か⋯⋯」
「そんな値段で採算が取れるのですか?」
「取れているんだろうな。 そうでなければとっくにあの店なんか潰れているはずだし⋯⋯」
すると材料費自体はそうおかしくないという事になる。
となると特殊なのは⋯⋯作った人という事になる!
「あの店のパン職人、名前は⋯⋯なんだっけ? まあどうでもいい! そいつを今すぐに連れてきてパンを焼かせろ!」
「御意」
こうして僕はあの店のパン職人を城に招くことにしたのだった。
── ※ ── ※ ──
今日も朝の忙しい時間帯が終わって、これからのんびりな店番になると⋯⋯そう思っていた時でした。
「店主は居るか!」
「はい、居りますが!?」
その訊ねてきたのはお客様ではなくて騎士様たちだった。
「あ⋯⋯あの! シミットさん!」
「何でしょう? 私はこの店の店主のシミットですが?」
「お前がシミットだな? この店のパン職人をお城までお連れするよう命令されている。 すぐに来るように!」
「お、俺? いや私をですか!?」
「急げ! 早く準備するのだ!」
「は、はい! お待ちくださいませ!」
こうして騎士様に連れられてシミットさんはお城へと連行される。
「セイカ! マフィンには心配するなと言っといてくれ!」
「はい! シミットさん!」
こうして私は連行させるシミットさんを見送る事しかできなかったのです。
それから3日経った。
まだシミットさんは帰ってこない。
「シミット⋯⋯ううっ」
マフィンさんはあれからずっと心配している。
このままだとお腹の赤ちゃんにまで悪影響するかもしれない。
それにシミットさんが居ないとパン屋も営業できないし⋯⋯
そして私は決意する!
「マフィンさん。 私がシミットさんを迎えに行きます!」
「本当に? セイカちゃん?」
「はい! お任せください!」
そう力強く私は胸を叩くのだった。
お城までは辻馬車に乗れば1日で着く。
それなりにお金がかかるがそのくらいのお給金は貰っているから大丈夫!
こうして私は1人、お城を目指すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます