レシピ 4 聖歌隊の没落
「姉さん、今日は体のぐあいはどう?」
「今日は少しだけいいわ、ミシェル」
僕の名前はミシェル、この国の王子だ。
そして目の前にはベッドで横たわるレイシア姉さんが居る。
レイシア姉さんがこうして寝込むようになったのは3か月前の魔族討伐が原因だった。
僕の姉さんはこの国で一番の魔法使いだ。
どんな強い魔族も倒せる最高の姉だ。
しかし3か月前の魔族討伐の時に倒した魔族から呪いを受けてしまったらしい。
それが今ではこうして姉の体を蝕んでいるのだ。
こういった呪いの類を浄化できるのは聖なる力を扱える聖女だけで、主に精霊の力を使う魔法使いの姉には不可能だった。
「姉さんは僕が必ず治してみせるから!」
「ふふ⋯⋯頼もしいわね」
その弱々しい頼もしさを感じさせないまでに衰弱した姉の声を聞きながら、僕は決意するのだった。
この大陸には人間と魔族がそれぞれ分かれて暮らしている。
共存は難しく、いつもどこかで戦い続けている⋯⋯
そんな戦場で姉はエースだった。
それがまさかこんなことになるとは⋯⋯
戦力的にも大きな痛手であるがそんな事よりも僕は姉を治してまた以前のように笑って欲しかった。
「⋯⋯今の時代に本物の聖女は居ない」
神の祝福を一身に授かる聖女。
その誕生は今から15年くらい前に神託されていたのだが⋯⋯現在までにその存在は確認されてはいなかった。
聖女といっても無敵の存在ではない。
ましてや生まれたばかりの幼い時など簡単に事故で死んでしまう。
おそらく聖女は国のどこかで生まれはしたが、今では死んでいないと思われている。
もしも生存していれば現在15歳で、その浄化の力を発揮しているだろうからすぐに発見できるはずだ。
それが見つからない以上その信託の聖女にはもはや頼れない。
頼れるのは『職業聖女』だけである。
教会などで聖歌隊などに所属してその歌声で多少なりとも浄化の力を発揮する。
そんな聖女の聖歌隊なら姉を救えるのではないか?
そう僕は考えた。
そして今、僕は姉を連れてこの街の教会へとやって来たのだった。
「これはこれは! レイシア王女殿下にミシェル王子殿下! 遠くからわざわざお越しいただき感謝感激ですわ!」
そう威厳などまったく感じさせない、権力にすり寄る態度を隠し切れないのがこの教会の代表のシスターだった。
⋯⋯これはハズレかな?
そう僕は思い始めていた。
僕がこの教会を選んだのは理由がある。
僕は城で管理しているここ10年分くらいの資料を全部目を通した。
その結果この街の教会が一番浄化の力が高そうだと判断したのだった。
この街はわりと魔族との境界に近い。
それなのにこの街の住民はみな健康である。
それは街の住人が定期的にこの教会に訪れて聖歌隊の歌で浄化されているからだというのが僕の見立てだった。
そしてそんな場所の聖歌隊を城に呼びつけるわけにも行かないのでこちらから姉を連れてきたのだが⋯⋯
「それではレイシア姫殿下のご快復を願って歌わせて頂きます!」
「ああ⋯⋯頼む」
こうして聖歌隊のコーラスが始まった。
結果から言うと効果は無かった⋯⋯
たしかに僕でもわかるくらいの聖なるオーラを感じる合唱だったが、それでも姉の呪いには通じなかった。
そう⋯⋯城のある中央都市の聖歌隊の時と同じ結果だっただけだ。
それだけ姉に呪いをかけた魔族が高位の存在だったのだろう。
「⋯⋯ありがとう。 少しだけ楽になりましたわ」
「お力になれず申し訳ありませんでした⋯⋯」
そのシスターは来た時のニコニコ笑顔が今や⋯⋯オドオド狼狽していた。
「帰ろう⋯⋯姉さん」
こうして僕はこの期待外れな教会を後にするのだった。
── ※ ── ※ ──
「キ────ィ! せっかくここで手柄を立てれば中央への栄転が約束されていたのに! アンタ達が不甲斐ないせいで私の未来が台無しよ!」
ミシェルとレイシアが帰った後の教会では、聖女たちの聖歌隊を叱責するシスターが暴れまくっていた。
「私たちはこの街の人々の平和と健康のために歌ってます! あなたの出世のためなんかじゃない!」
「この生意気な! 恩知らずどもめ!」
「最近は食事も美味しくないし⋯⋯」
「おだまり! 以前は材料費を使いすぎだっただけです! 今が当たりまえなの!」
以前は完璧だった調和のとれた聖歌隊だったが、今では不協和音が鳴り始めていたのだった。
「⋯⋯セイカさんが居た頃は良かったなあ」
「彼女の作る料理は美味しかったし⋯⋯」
「あのクッキーがまた食べたい」
「⋯⋯でもあの子、なんであんなに料理が上手かったんだろう?」
セイカが料理上手だった理由は前世の知識なのだが⋯⋯それを知る者は誰も居なかった。
── ※ ── ※ ──
教会を出た僕と姉さんの乗った馬車は街の外を目指す⋯⋯
すると広場の近くにある店から美味しそうな小麦の焼ける匂いがしてきた。
「⋯⋯いい匂いね。 パン屋さんかしら?」
「そうみたいだね。 よかったら買ってこようか?」
「そうね⋯⋯少し食べたいかな?」
普段食欲のなくなった姉が食べたいというのは珍しい。
僕は喜んでその店のパンを買うことにした。
たとえ庶民の店レベルだとしても、パンは焼きたてだというだけでご馳走なのだ。
「おい! 焼きたてのパンはあるか?」
「いらっしゃいませ! ちょうど今焼きたてなんですよ。 よかったら買っていってください!」
⋯⋯カワイイ女の子が店番をしていた!
くすんだような灰色の髪の少女だったが、明るく心を癒すような笑顔だった。
──この笑顔には金貨100枚の価値がある!
僕はついそんな馬鹿な事を考えてしまった⋯⋯
「あ⋯⋯ああ! パンを1つ。 いや! 2つ貰おう!」
思わず動揺してしまった!
そしてつい僕の分まで買ってしまう。
「ありがとうございます! パン2つですね! こちらのクッキーもいかがですか?」
「クッキー?」
見るとそこには袋詰めされたクッキーも売られていた。
「ああ、それも貰おう!」
「お買い上げ、ありがとうございました!」
その満面な笑顔が僕の心を貫いた!
あの教会のよこしまな笑顔とは違う!
真実の笑顔だった。
⋯⋯しかし僕はいずれこの国を背負って立つ王太子!
こんな街の女の子にうつつを抜かすわけにはいかない!
さようなら⋯⋯僕のスマイルエンジェル⋯⋯
こうして僕は馬車で待つ姉の所へと走って戻るのだった。
「⋯⋯はい、パン買ってきたよ」
「ありがとう。 ⋯⋯なんかあったのミシェル?」
「何も無いよ!」
こうして再び動き出す馬車の中で僕たちは買ってきた焼きたてのパンを食べるのだった。
「暖かくて美味しい⋯⋯」
「そうだね姉さん」
そのまま姉はパンをたいらげる。
こんなに食べる姉は久しぶりだった、もっと買ってくればよかった。
「そうだ! クッキーも買ってきたんだ」
「ちょうだい」
姉はそのクッキーも美味しそうに食べる。
僕も1つクッキーをつまむ。
サクっと軽い食感で実に美味しい。
姉もこのクッキーを気に入ったらしく最近はめったに見せない食欲と笑顔だった。
この顔が見れたがけでも出かけた価値はあったのかもしれない。
僕はこの時までそう思っていたのだった。
── ※ ── ※ ──
「お買い上げ、ありがとうございました!」
⋯⋯⋯⋯いやー緊張した!
この時間帯は主婦かその辺のガキンチョしか買いに来ないのに、まさか身なりの良い子供が買いに来るとは思わなかった。
金髪碧眼の美少年ですよ!
天使かよ! とか思っちゃうくらいの可愛らしさ!
ああ⋯⋯もっとお話したかったなあ⋯⋯
しかし、私の前世知識の接客術に迷いは無い!
どんなお客様も銅貨0枚のスマイルでお相手するのみである。
おかげで最近では評判の看板娘とまで言われるようになってきたのだ。
この店は今や、私が来た3か月前の倍くらいの売り上げになっている。
最初は期待していなかった私のお給金も、かなり頂けるようになったってきてホクホクだった。
「ここは私の天職かもしれません」
今日も私は頑張って働いています。
そしてそんな日々がこれからもずっと続くと思っていたのだった⋯⋯
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