レシピ 2 屋根裏部屋の聖女
私はシミットさんに屋根裏部屋に案内された。
「掃除道具はここにある、自分で掃除してくれ」
「はい! わかりました!」
そこはこの1年間掃除されていない埃っぽい場所だったが、まだ何もない場所だった。
確かに狭いが天窓もあるし、寝るだけなら十分だ。
「あとで毛布を持ってきてやる」
「ありがとうございます」
「じゃあ俺は下で仕事に戻るから、わからないことがあれば聞きに来てくれ」
「はい」
そうしてシミットさんは下に降りて行った。
「さて⋯⋯お掃除しますか」
こう見えて私は掃除は得意だ。
教会の竈でクッキーを焼く条件が竈や煙突の掃除だったので。
それに比べればこんな部屋の掃除くらいわけないのだ!
こうして私はテキパキと掃除を始めるのだった。
約1時間後。
「終わった──!」
あの埃っぽかったこの屋根裏部屋は綺麗になった。
まあ家具も何もない部屋だから楽なもんである。
私は掃除完了を伝えに下のパン屋へと向かった。
「あの~、お掃除終わりました」
「早かったな」
「おつかれセイカちゃん⋯⋯でもすごい埃っぽいわね」
「⋯⋯申し訳ありません」
私の服はかなり汚れていた。
「⋯⋯そのままで作業場に入るなよ」
「はい」
衛生観念のしっかりしたパン職人である。
だからこそ美味しいパンを焼けるのだろう。
「よごれついでだ。 風呂も沸かしてくれ」
「お風呂もあるんですかここ!」
「食品を扱ってるからな」
なんてしっかりした考えだ。
もしやこの人も転生者か! ⋯⋯なわけないか。
「ふふ⋯⋯この人、私の為にってお風呂まで用意してくれたのよ」
「⋯⋯ふん」
あれ⋯⋯照れてるのかなシミットさん?
たしかにマフィンさんは美人だし、お風呂に入れたい気持ちはよくわかる。
しかしこの世界では庶民にとってお風呂のある家はかなり贅沢だった。
「愛されてますねマフィンさん」
「それはもうね!」
「やかましい! さっさと行け!」
「はい! かしこまりました!」
こうして私は風呂を沸かしにマフィンさんは店番に戻るのだった。
とはいえこの世界に水道なんて便利なものは無い。
お風呂を沸かすことは重労働なのだった。
井戸から水を汲んで風呂釜に入れるそれを何度も。
そして水が溜まったら今度は薪で沸かさなくてはいけないのだ。
「⋯⋯転生チートがあれば楽だったのにな」
といっても無い物ねだりしても仕方ない。
私は何度も水を汲んで風呂釜に入れた。
そして薪をくべて火をつける。
「⋯⋯火打石か、私、苦手なんだよね」
使ったことはあるのだがロクに使いこなせない私だった。
なのでここはズルをする。
「セイントファイヤー」
ほんの小さな種火を作る程度の魔法である。
お風呂を沸かすことは不可能だが、こうして薪に着火するくらいは可能だ。
先にくべておいた薪に着火しメラメラと燃えている。
そして私は火の回りを確認しながら定期的に薪を再投入する。
繰り返す事30分ほど⋯⋯
ようやくお風呂はちょうどいい湯加減になった。
「シミットさん! お風呂湧きましたよ!」
「おう、ご苦労。 先に入っててくれ」
「いいのですか?」
「いつまでも汚い格好でウロウロされる方が迷惑なんだ」
「いいから入りな。 この人、口が悪いけど頑張ったセイカちゃんへのご褒美なんだから」
「⋯⋯」
あらあら⋯⋯シミットさん照れてる。
どうやらシミットさんは武骨な職人肌の人で、愛するマフィンさんには逆らえないみたいだ。
「ではお言葉に甘えて、先にいただきますね」
こうして私はさっとお風呂を済ませるのだった。
もちろん先に身体を洗ってから湯船に浸かりましたとも、そのくらいの前世知識は残ってます!
そしてお風呂上がりに服も着替えてやっとさっぱりした私だった。
私は髪を乾かした後、店番をするマフィンさんに仕事を習った。
「1個銅貨5枚のパンが5個で、銅貨何枚かわかる?」
「25枚ですね」
「へー、セイカちゃん計算できるのね! それにとっても速いわ!」
これはマフィンさんが私をバカにしているという訳ではない。
この世界では習字率も低く、簡単な足し算すら出来ない平民はそう珍しくないからだ。
私は文字はこの世界で一から学んだが計算については前世のチートである。
簡単な四則演算くらいお手の物だった。
私が会計を出来ると思ったマフィンさんはその後、私に会計を任せてくれた。
「いらっしゃいませ! 美味しいパンが1個銅貨5枚です、お安いですよ!」
「へー、やるじゃないセイカ」
⋯⋯どうやら私の前世の知識にはこういった接客経験もあったらしい。
そうやって練習していたら本当にお客様が来た!
「パンを貰おうか。 あれ新人?」
「ええ、今日から雇ったの」
「セイカと申します。 どうぞご贔屓にお願いしますね」
そう銅貨0枚のスマイルで対応する私だった。
「へー君、かわいいね」
そんな⋯⋯かわいいなんて!
「ほらほら、店員は売り物じゃないんだから」
わりとぞんざいにお客様を扱うマフィンさんだった。
こうして私はわりと手際よく店番の仕事を覚えていく。
そして日が傾きかけた頃、ほとんどの売り物のパンが無くなって店じまいになる。
「今日はセイカちゃんが来たお祝いしないとね」
「そうだな」
「そんな! 私はただの従業員で!」
しかし2人は優しく笑って私に話しかける。
「セイカちゃんはなんだか妹みたいに思えてね」
「真面目に仕事をするやつを大事にするのは当然だ」
「⋯⋯ありがとうございます」
その日の夕飯の支度を私も手伝った。
そしてみんなで食べたその日の夕飯はなんだか久しぶりに温かで美味しかった⋯⋯。
そしてもう夜寝る時間だった。
といってもまだ午後8時くらいの時間なんだけど、明かりを灯すにもお金がかかるし節約のために夜は早く寝るのはこの世界だと普通だ。
「セイカ。 明日の朝はパンの仕込みを覚えてもらう。 朝早いからよく寝るんだぞ」
「わかりましたシミットさん!」
こうして私は毛布を貰ってこの屋根裏部屋で寝るのだった。
天窓からさす月明かりが優しい。
「⋯⋯本当に良かった。 こんなにいい人達に助けてもらって」
この恩返しをする為にしっかり働かないと!
こうして私はこのパン屋での最初の1日を終えるのだった。
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