おかしな聖女の笑顔の魔法~セイカの作る奇跡のレシピ~

🎩鮎咲亜沙

レシピ 1 聖歌隊を追放された少女

「見習い聖女セイカ! 本日をもってあなたを当教会より追放します!」


 それは非情な追放宣言だった。




 私セイカはこの教会に捨てられていた孤児である。

 しかしお情けで今まで育てられてきたのだった。


 その恩返しをするべく私はこの教会の聖歌隊に志願した。

 しかし⋯⋯私は致命的な音痴だったのである。

 生まれる前から音痴なのだからこれは呪いの一種かもしれない⋯⋯


 そう、私には前世の記憶がある。

 この世界とは違う別の世界の記憶だった。

 といってももう記憶はぼやけて、あんまり思い出せないけど⋯⋯


 それでも前世の名前が『聖華』だったのは覚えている。

 今世の名前は教会の祝福で命名されたものなのでたぶん前世の名前がそのまま読み込まれたんだろう。



「あの! シスター! 私、ここを追い出されたらどう生きていけばいいのかわかりません! どうかここに置いては貰えないでしょうか? お願いします! なんでもしますから!」


 そんな私にシスターは愚痴のように語ります。


「セイカあなたは聖女見習いであるにも関わらず、ほとんど魔法が使えません」

「う⋯⋯」


「セイカあなたはせめて教会の聖歌隊の一員としてまともなら、まだ良かったのですが⋯⋯」

「あぐ⋯⋯」


「歌えないだけならまだしも高価な材料をふんだんに使ったお菓子を礼拝に来た子供たちに振りまく始末⋯⋯とんだ金食い虫です!」

「あぎゅう⋯⋯」


 そう⋯⋯私はこの教会の崇高な使命である聖歌の合唱団に入れない音痴だった。


 なのでせめてものと思い教会に祝福を授かりに来た子供たちに、お土産のお菓子を作って配っていたのだった。

 そのお菓子は単純なレシピのクッキーだったけど⋯⋯

 意外と高くつくのだバターや砂糖代が。


 しばらくはそのクッキーも好評で何も言われなかったが⋯⋯どうやらこの教会の財政を圧迫してしまったようだった。


「では⋯⋯お菓子作りを辞めれば?」

「マイナスがゼロになるだけです」


 がーん。

 どうやらもうこの追放は決定的なようだった。


 こうして私はほとんど無い荷物を纏めて、この15年間お世話になった教会を後にするのだった。




「これからどうしよう⋯⋯」


 私は街の広場の噴水のほとりで座り込む⋯⋯

 その水面にはくすんだ灰色の髪の見すぼらしい少女がひとり⋯⋯

 そう私だった。


「⋯⋯もっと綺麗で可愛ければ身を売るという手も⋯⋯やっぱ無し」


 そう、乙女の純血はお高いのだ!

 そうやすやすと安売りは出来ない。


「なにか前世の知識で生活する方法は⋯⋯」


 といってもラノベ知識だとこういう時は冒険者になって無双するという定番しかない。


「⋯⋯無理だよ」


 私はまったく魔法が使えないわけではないが最低レベルと言っていい。

 使えないよりマシという程度だ。


 しかも攻撃魔法は無い。

 これで冒険者は死ぬようなものだ。


 ぐ~とお腹が鳴る。

 どんなときにもお腹は空くのだ。


「お金⋯⋯これだけ⋯⋯」


 汚くくすんだ銅貨が100枚くらいだった。

 これが私の全財産だ。

 このお金が教会からの最後の慈悲なのだ。


 その時⋯⋯私の鼻腔に香ばしい匂いが漂ってきた。

 小麦の焼けるいい匂いだ。


「パン屋さん?」


 そのお店はこの街の広場の片隅にあるパン屋だった。

 そこにフラフラと私は歩く⋯⋯


「いらっしゃい!」

「あ⋯⋯どうも」


 買うつもりはなかったのに話しかけられてしまった。


「いま焼きたてだよ! 1個銅貨5枚! 安いよ!」


 安いのだろうか?

 私の全財産だと20個しか買えないのだが⋯⋯


 でもお腹は空く。


「じゃあ⋯⋯1個だけ⋯⋯」

「はいよ!」


 元気よくその女将さんは焼きたてのパンを私に渡してくれた。


 それをその場で食べる⋯⋯

 一口だけのつもりが気づけばガツガツといっぺんに食べてしまった。


「あらあらそんなに美味しいの?」

「はい⋯⋯美味しいです!」


 気づけば私はポロポロと泣きながら答えていたのだった⋯⋯


「ど、どうしたんだい! あんた!?」

「何事だ!」


 女将さんだけでなく店の中から男の人も出てきた、旦那さんだろうか?

 その2人はアタフタしながら私が泣き止むまで待っててくれたのだった。




「──という訳なんです」

 いつの間にか私は店の中に案内されて身の上話をすることになってしまった。


「大変だったんだね、あんた⋯⋯」


 そう親身になってくれる女将さんが嬉しかった。


「どうするあなた?」

「⋯⋯そろそろ誰かを探そうとは思っていた頃だしな、ちょうどいいんじゃないか?」

「きまりだね」


「⋯⋯? あの何がですか?」


 女将さんは説明してくれた。


「私たち夫婦は結婚して1年。 念願のお店をこうして開いたんだけど⋯⋯見て」


 そう女将さんは自分のお腹をさする。


「⋯⋯赤ちゃん?」


 女将さんのお腹は少し大きく膨らんでいた。


「今はまだ妻が店番を出来るが、もうじき動けなくなる。 そこでだ、君が代わりに店番をしてくれるなら雇ってもいいが⋯⋯どうする?」


「⋯⋯ほんとうに?」


 こんな幸運があるのだろうか?

 教会を追い出されたばかりなのに、こうして仕事にありつけるなんて。


「まあ給料は⋯⋯期待しないでくれ。 その代わり屋根裏部屋でよかったら使ってくれて構わない」


「それは住み込みでということですか!」

「そうだ」


 今の私には破格の条件だった。


「お願いします! どうか私をここで雇ってください!」


 私は必至で頭を下げた。

 その私を夫婦の2人は見て笑って応えてくれた。


「決まりだな。 俺の名はシミット、見ての通りパン職人だ」


「私はシミットの妻のマフィンよ」


 そんな暖かい2人に私は改めて名乗る。


「私の名前はセイカです。 これからよろしくお願いします」


 捨てる神あれば拾う神あり⋯⋯

 私の二度目の人生そう捨てたもんじゃない。

 そう⋯⋯心から思えた。

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