第37話 おやすみ
「どうぞ、レイさん」
「……」
自室のベッドの横側に並んで腰かけ座っている僕達。謎の緊張感が漂う中、僕は魔法を使う準備を整えた。
「ご褒美って回復魔法のことだったんですね」
「……ああ」
言われた時は思わず身構えたけど、つまりはそういうことだ。探索を手伝ってくれる代わりにレイさんに回復魔法を使う取り決めのことだ。
……ただ、本当にそれだけってわけじゃなさそうなんだけども。
「少し前にもやりましたけど、やっぱり迷宮で疲れてたんですか?」
「……」
無言で頷くレイさん。なんかいつもと違うというか、ずっと恥ずかしがってる感じがするんだけど、それは僕も同じで。あの時は流れでやってたけど、改めてやるとなると気恥ずかしい。
そう、回復魔法と言ってもあの時と同じ、膝枕をした上での話だ。
「じゃあ……どうぞ」
僕がベッドの上の方に移動してそう促すと、少し間を置いて膝に重さを感じるようになる。仰向けになったレイさんの顔からはいつものベールが外されていてしっかりと見える。やっぱり恥ずかしい。
「魔法、使いますね」
これまでと同じように魔法を使う。蜘蛛の時にやったようなヤツじゃなく、擦り傷をゆっくりと治していくような感じで。
最近はそういう使い分けみたいなのも意識するようになってきた。実際、魔法の扱いが上手くなってるような気もするし。
……とか考えながら頑張って意識を逸らそうとする。
「……すまない」
するとなぜかレイさんが謝ってきた。
「この前、こうして魔法をかけて貰った時の事がずっと記憶に残っていた。なんというか、安心するんだ。だから甘えてしまった。鬱陶しいだろう」
「……レイさんがしたいなら、全然。恥ずかしいですけどね」
あとドキドキもするし。それにしても、レイさんがこうして自分のやりたい事というか、して欲しい事をハッキリと言ってくるのは珍しい。
いつもは僕の意見を聞いてくれるけど、自分から何かを言ったりはしない事は多いというか、僕に任せ気味だし。こうやって気兼ねない感じになっていけたらなと、しみじみ思う。
「ふあ……すみません」
あくびが出てしまった。もう夜だし、夕食も摂ったし、お風呂も入ったし、いつ寝ても良い状態だ。あと今日は初の迷宮探索で疲れてるのもあるかも。
「眠いか?」
「今にも寝そうってほどじゃないので大丈夫です……」
「眠いのは確かなんだな。――じゃあ、こうすれば良い」
そう言うとレイさんはするりと膝の上から抜け出して、ベッドの右側に寝そべった。これはまさか。
「……あの」
「……来い」
「いや、レイさんも恥ずかしがってるじゃないですか」
「横になりながらでも魔法は使えるだろう?それで、耐え切れなくなればそのまま寝れば良い」
「レイさんはその後どうするんですか?」
「……」
「……分かりました。一緒に寝ましょう」
うん、もうそれで良いや。並んで寝るだけだから別に何も無い何も無い。僕はそう決めてレイさんの横に寝そべり、片手を使って魔法を使う。
「……」
「……」
レイさんもお風呂上りだから、僕も使っている石鹸の匂いが微かにする。それと何というか、温かさを感じるような、安心するような。
ああ、そういえば誰かと一緒に寝るってこんな感じだったなあ……。
「レイさん、安心、出来てますか」
「……とても」
「そっか。やっぱり、不安な時は誰かと居ると安心しますよね。僕、たまに考えるんです。レイさんと会ってなかったらどうなってたんだろうって」
「……」
「レイさんは強いし頼りになるけど……何より、隣に信頼できる誰かが居てくれるってことが一番大きいのかなあって、思います……」
「……そう、だな」
意識が離れて行く。いつの間にか魔法が止まっていたけど、レイさんは何も言わない。優しい微笑みで僕を見つめている。
その表情には、なんとなく、覚えがあるような。
「……あ」
一つ、思いついた。レイさんがここで暮らしていく為に必要なこと。
「仲間ですよ、仲間。僕達二人だけが目立つなら、探索隊の人数を増やせば良い……。そうすれば、さっきみたいな事も少しはマシになるかも……それに隣に立ってくれる人が他にも居たら、もっと安心できる……」
今にも眠ってしまいそうな中、そんなことが口に出ていた。レイさんからの答えは無い。
少しすると、頭がどこかに引き寄せられるような感触と一緒に、視界が薄い闇に染まった。頭の中もどこかへ落ちていく。
「ああ、お前がそうしたいのなら、そうすれば良い。――おやすみ、サンゴ」
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