第36話 【サンゴとレイ】
「あ、どうも」
「え?」
十階にあった床を踏んだ先、つまり管理所の帰還先の部屋から出ると、ここ専用の受付っぽい女の人が居たから思わず頭を下げる。なんか、驚いてる?
「……探索隊はお二方だけですか?」
「はい。【サンゴとレイ】です」
「サンゴとレイ…………はい、確認出来ました。それでは」
女の人は手元の紙か何かを確認すると、横にあったハンドベルを掴み、思い切り鳴らし始めた。
「!? ちょ」
「制覇!制覇です!第一迷宮の制覇者が現れました!探索隊名は【サンゴとレイ】!【サンゴとレイ】です!しかも、たった二人での制覇です!おめでとうございまーす!」
がらんがらん言わせながらそれに負けないくらいの大声で僕達の探索名を言う受付の人。こんなのがあるなんて講習では言ってなかったんだけど。
「探索を加速させる為の仕組みだろうな。大々的に褒め称えて、それを動機にやる気を出させる腹積もりだろう」
レイさん、分析してる暇じゃないと思うんです。既に受付の人の報せを聞いてなんだなんだと探索者達が集まり始めていた。
「あの二人が制覇者?」
「女の方見ろよ、すげえ美人だぞ」
「指輪持ってるじゃん。ガチだよ」
「【サンゴとレイ】なんて聞いた事ないぞ」
「さっきブライトに絡まれてた二人組じゃないか?」
「アナウンスがあるってことは初制覇だろ?二人で制覇したヤツらなんて今まで居たか?」
「ガキの方が指輪付けてるぞ、あっちがリーダーなのか?」
「いや、どう見ても女の方が手練れだろ。見るからにただ者じゃねえ」
ざわざわと声が広がっていく。こんなの予想してなかったと思いつつ、これはマズいんじゃないかと気づく。
僕はともかくレイさんが悪目立ちするのはあんまり良くない。注目されればそれだけレイさんの正体に気づく人が出てくるかもしれない。あのお爺さんみたいに。
「あの、すいません。魔石の換金所って……」
「ああはい、それならあちらですよー!」
とりあえずさっさとここから離れようと思い、受付の人に換金所の場所を聞く。
「あっ、換金の際にはぜひぜひ今回の成果物に関する詳細な報告をお願いしますー!その分僅かですが報酬を上乗せしますので!あとこれはお手隙の際で構わないのですが、あちらの受付の方に申請をしていただければ、迷宮制覇の特典として特別な証を受け取れます!講習の際にも少しお話をさせて貰ったと思うのですが、この証があれば本管理所内での売品購入の際に値引きされたり、また身分証明にも――」
と思ったのに話が長い!それは後で聞きに来るんで今は行かせて!
「すいません!先を急いでるので改めて聞きに来ます!レイさん、行きましょう!」
「ああ。流石にこれは、あまり良くないな」
レイさんもあんまり良くは感じてないらしい。……よし、ここは。
「レイさん、今から僕が偉そうにします。なのでレイさんはこう、なんかあんまり強そうに見えない感じにしてください」
「……なるほど、注目をお前に集めるわけか。だが、それはそれで――」
「とりあえずやってみましょう。いきますよ!」
そうして偉い人っぽく胸を張って歩き始める僕。そのちょっと後ろからいつもの堂々とした感じではなく、下を向きがちな感じで付いてき始めるレイさん。
――相変わらず、視線と声は届いてくる。
「……これ、意味があるのか?」
「……早歩きで行きましょう。一応、このままで」
あの、誰か強そうで偉そうに見える方法を教えてください。
☆
「はー……やっとひと心地つきましたね」
魔石の換金と報告を終え、証を作ってくれという催促を時間が無いとかわし、僕達は出来る限りの速度で迷宮管理所を後にした。
流石についてきてる人とかは居ないみたい。居てもこうして道行く人に紛れてたら流石に諦めるだろう。
「まさかあんなことになるとは……これ、広まっちゃいますかね」
「探索隊名がな」
そう、ご丁寧に【サンゴとレイ】なんて名前にしちゃったから僕らの名前も見た目もバレバレだ。いや僕の方はどうでも良いんだけどさ、やっぱりレイさんが悪目立ちしちゃうのはな……。
「いっそのこと私の姿を変えるか?……いや、サンゴと共に動く以上変えたところでか」
「うーん、しばらくは迷宮管理所には寄らない方がいいかもしれませんね。どうしても人目に付きやすい場所ですし、今回の探索でお金は結構余裕が出来ましたし」
無理に迷宮に行く理由も無いしね。ライオット大森林ならあんまり目立たず探索に出れると思うし、探索に行くとしてもそっちに行くべきかな。
「とはいえ対策は必要ですよ。ここだと複数人で活動するのが当たり前なので、僕達二人だけで動いてると自然とレイさんは目立っちゃう、っていうのが良く分かりました」
「なんというかその……すまないな」
「謝る必要なんて無いですって。対策は一緒に考えていきましょう。――今日はもう帰りましょうか。帰りにいつもの食堂に行きましょう」
講習や迷宮で結構時間が経ってたのか、もう夕方だ。僕達以外もお疲れムードって感じで一日の終わりが迫って来るのを感じる。
「……」
夕陽で陰りが出来ているからか、レイさんの表情はどことなく暗いものだった。まだ迷惑をかけたと思っている……いや、違う。
多分だけど、探索都市での暮らしに不安というか、自分はここに居てはいけないみたいに思ってるんじゃないか。
『……そう言えばレイさんって、人間の中に混じって暮らしてたんですよね。離れて暮らそうとは思わなかったんですか?』
『思ったさ。人間以外の集団に身を寄せたこともあった。だが、結局はこうして戻ってきてしまう。……何故だろうな?』
今日の迷宮に行く前にしていたような表情と同じだ。
力を取り戻して姿を隠せるようになって、人間の間で暮らせるようになっても、結局は普通じゃないってことで目立ってしまう。それを気にしてるんじゃないだろうか。
だとしたら、僕にかけてあげられる言葉なんてないのかも。少なくともその悩みを解消できるような言葉は思いつかない。
これから先、レイさん自身に自分はここで問題なく過ごせるんだなって思ってもらうしか、レイさんを心から安心させるのは難しい気がする。
――どうすればいいのか、今はまだ思いつかない。でも気を紛らわせることは出来る筈だ。
「レイさん、行きたいところとかやりたいこと、食べたいモノとかありませんか?ピルカさんの時に言ってた話、早速ですけど実現させましょう。町中を歩いてるだけならそこまで目立たないですし、なんなら僕も変装しますし」
「……一つ、ある」
レイさんが立ち止まり、僕も立ち止まる。道の端っこの方で僕らはお互いを見つめあうような形になっていた。
夕日のせいかレイさんの顔がほんのりと赤らんでるようにも見えるし、恥ずかしそうにしてる気もする。
なんか、凄いかしこまってる気が。
「な、何ですか?」
「――ご褒美が、欲しい」
え?
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