第35話 第一迷宮 三

 十階層の戦いは壮絶だった。相手は牛のような一つ目の頭をした大きな人型の迷獣、誰が名付けたかミノタウルスと呼ばれてるらしい。


 全身が今にも破裂しそうな筋肉で覆われていて、その手には巨大な斧が握られている。初めて見た時、隣にレイさんが居るのも忘れて震えあがったのもしょうがないと思う。


「大丈夫だ」


 尻込みする僕の頭をサッと撫でたかと思うと、レイさんは一歩を踏み出した。周囲には幾つもの血の玉が浮いていた。


「すぐに終わる」


 僕達を見つけたのか動き出そうとするミノタウルスに向かって放たれる血の雨。今までみたいな一発とか数発じゃない、数えるのが無理なくらいの数の玉が飛んでいく。それを見て僕が思ったのはたった一つ。あ、これ終わったな。


 ――でも、それに反してミノタウルスは倒れなかった。


「ほう、これを耐えられるのか」


 斧を盾に頭を守り、蹲るようにミノタウルスは血の雨を耐えていた。身体中が赤一色でレイさんの血なのかあっちの血なのか分からない。


 それでも、ここまでに倒して来た迷獣のようにその場から消えていなかった。


「肉の鎧が厚いんだな。牽制用の攻撃では相性が悪い。頭部を的確に抜けでもしない限り倒せなさそうだ」


 あの血の玉、牽制だったんですか?そう言いたいのを抑えつつ、僕はミノタウルスがゆっくりと動き出そうとしているのに気づいていた。今までアレをくらって無事、しかも動けた相手を僕は知らない。あの迷獣、凄い。


「なら、これだ」


 ただ、即座にこっちに来れるような余裕は無いようで、動き出そうとしてる間にレイさんは次の行動に移っていた。


 レイさんの手元に大量の血が集まり、一カ所に固まっていく。液体だった血は一つの塊へ。やがてその大きさはレイさんを自身を超えて、巨大で太い槍のような形へと定まっていく。


 これは見た事がある。大きさこそ控えめだけど、これはあの謎のお爺さんの時に使っていた。


「『血塗槍』」


 レイさんが指をふっ、と弾くような仕草をすると同時にその槍は勢い良く前に飛び、ミノタウルスへと突き刺さる。そしてその勢いを受けた身体は後ろへ吹っ飛び、壁に叩き付けられた。


「やはり重さがある分貫通力もあるこっちの方が向いているな。これを投げていればいずれ死ぬだろう」


 軽い物言いの通りに、今度は両手を使って二本の槍を生み出すレイさん。僕はミノタウルスに同情せざるを得なかった。





 ☆




「終わったな」


 しばらくして、レイさんの投擲は止まった。動くことも出来ずに延々と槍をくらい続けたミノタウルスが消えたからだ。


「第一迷宮……いきなり制覇しちゃいましたね――うわっ!」


 いきなり聞きなれない音と一緒に、火花みたいな光が広間の真ん中辺りで幾つも散る。……あ、そういえば。


「迷宮を制覇した時にこういう事が起こるって言ってましたね」


「恐らく制覇者を称える為の仕掛けだろうな。危険はないだろう」


「そう言われるとなんか達成感が湧いてきたような、湧いてきてないような」


 僕なんもしてないし。


「見ろ、宝箱だ」


 五階の時と同じく、広間の中央に宝箱が出現していた。しかもこれまでのと違って箱が豪華な感じだ。


「十階の宝箱からは魔石は出ないらしいですね」


「道中、五階と比べてそもそもの報告数が少ない以上、出る可能性も十分にあるとも言っていたな」


「まあここは期待しましょう。魔石は十分取れたし、他のモノも見てみたいです」


 十階の宝箱から出てくるモノは今の所共通してるらしい。その情報を信じるならこの中は……お。


「講習で言ってた通りですね」


「ああ、指輪だ」


 光沢のある白い輪っかに、透明の小さな宝石みたいなのが付いてる指輪。これが十階の報酬らしい。


「確か指輪は……うわ、本当に大きさが変わった」


 指輪を中指に通してみると指輪が僕の指の大きさに合うように縮んだ。どうなってるんだろ。


「次は魔力を流すだっけ。……魔力を流すってどうやるんですかね」


「回復魔法を使う時のイメージに近いんじゃないか。身体そのもの……いや、違うな。身体から沸き上がる力を魔法という形にせず、指輪に流し込むような」


「やってみます。…………あ」


「どうした」


「身体が軽くなった気がします。疲れが取れたっていうより、いつもより調子が良いような」


「ならそれはそういう効果なのだろうな。魔力を流し込んでいる間は、持ち主の身体能力を強化する。といったところか」


「へー……指輪には確認されてるだけで色々な効果があるって話でしたけど、これは何というか、わくわくしますね!」


 使ってみるまで分からないっていうのが冒険心をくすぐる。という色々と集めてみたい感じだ。


「ふむ、指輪が魔石よりも遥かに高価で取引されているというのも頷ける話だな。そもそも取得出来る人間が少なく、希少性も相まって手放す者が少ない。とはいえ、今後の探索にも有用だ」


「あ、そういえばこれ、迷宮の中でしか使えないんでしたね。本当に不思議な場所だなあ」


 今回も相変わらず僕は何もしてなかったけど、レイさんのお陰で迷宮を楽しめた。


「暮らしていく為のお金稼ぎも出来るし、指輪を集めるのも楽しそうだし、良いですね、迷宮」


「気に入ったか?なら定期的にここに来るのもいいんじゃないか」


「ですね。まあでも、レイさんの負担はこっちの方が大きいですよね。戦う機会が多いし、最後に関してはいつものレイさんの攻撃を耐えてましたし」


「大して変わらんさ。気にするな」


「……指輪を集めて行けば僕も戦えるようになるかも」


「ミノタウルスにもか?」


「う」


「得意、不得意というヤツだ。血生臭いのは遠慮無く私に丸投げしておけ」


 僕が多少戦えるようになったところでレイさんがやった方が速いし確実なのは変わらないんだし、結局そうなっちゃうよなあと思いつつ、僕達は初の迷宮探索を終えその場所を後にした。

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