第38話 仲間集め

「はあ……はあ……くそっ」


 端材やゴミが所々に目立つ、細く薄暗い路地。そこでその人影は息を荒げながら悪態をつく。


 額には脂汗が浮き、足取りはたどたどしい。それもその筈であり、人影は自らの腹部を――切り裂かれた傷から漏れだす血を両手で抑えながら進んでいた。


「やっと……やっとここまで来れたってのに……!」


 ぼやけた視界の中、人影はただ前に進む。路地裏の先にある光……陽の当たる場所を目指して。


「自由、に……」


 しかし、それが果たされる事はない。あと一歩というところで人影は倒れ、縋るように伸ばされた左手だけが光を浴びる。そして、道行く者がその手を取ることは無い。


 ここは探索都市。夢見る数多の人間が蠢く場所。だからこそトラブルや人間関係の不和は日常茶飯事であり、無関係の人間はそれら厄介事には巻き込まれないよう立ち回るのが普通である。


 それでも自ら関わろうするのは大抵、治安維持に勤める組織か、何か算段のある人間か、物好きな人間か。


「……」


 どのみち、その人影に手を差し伸べる者は居ない。


 ――今は、まだ。





 ☆




 起きたら目の前にレイさんの寝顔があった。思わず飛び退きそうになったところで、そういえば一緒に寝たんだっけ、と落ち着く。落ち着いたところで、流れでこうなったとはいえやっぱり気恥ずかしくて悶々する。


「……おはよう」


 すると、レイさんも目を覚ました。寝起きのレイさんはいつもと変わらないように見える。目はパッチリと開いてるし、声もいつも通りで寝起き感が無い。吸血鬼だからだろうか。


「おはようございます……」


「その、すまなかった。昨日は少しおかしかったというか……」


「いいですよ、全然。別に嫌じゃなかったです……」


「そう、か」


 レイさんがホッとするような表情を見せ、起き上がる。僕もそれに倣う。


「……今日も一日、頑張りましょう」


「ああ、そうだな。今日は?」


「昨日、寝る前に言っていた通りです。――仲間を、僕達の探索隊に入ってくれる人達を探しましょう」





 ☆




 そもそも探索隊は何人もの人達が所属しているのが当たり前だ。どれだけ少なくとも三人か四人で、僕達みたいにずっと二人でやってるような人は少数派だろう。そんな珍しい状態で目立つことをやれば、余計に目立ってしまう。


 なら、人数を増やしてしまえば良い。例えば四人で迷宮を制覇すれば凄いのはその四人、もしくはあの【ライブアップ・トーチ】のように凄い探索隊って見方になるだろうし、少なくともレイさんだけが過剰に注目されるようなことにはならない筈だ。


 というわけで僕達はいつもの食堂で朝食を食べた後、早速探索管理所へ向かった。


 管理所で仲間を集めるにあたって使える掲示板が二つある。一つ目は探索隊がどんな人を求めてるか、また自分達はどんな探索隊なのかを書いて向こうからの募集を待つ掲示板。


 二つ目はまだ探索隊に入っていない探索者が、それぞれの自己紹介とかどんな探索隊に入りたいかを書いて探索隊の方からのスカウトを待てる掲示板。


 ちなみに僕は両方使ったことがある。自分から回復魔法が使えるって売り込みにいったこともあるし、あっちからスカウトしてきてくれたこともある。


 結果はお察しだし、レイさんと探索隊を作ってからは自己紹介の方は剥がして貰ったけど。


 で、とりあえず募集は出しといた方が良いんじゃない?と思って募集を出す事にしたんだけど。


「大事なことを忘れてました。レイさんのについて、どうするか……」


 管理所のすみっこでコソコソと話す僕達。秘密とはもちろん、実は吸血鬼ということである。この秘密をどう扱うかという話だ。


 仮に仲間が出来たとして、その人に全てを打ち明けて秘密を共有するのか、それとも隠すのか。


「仲間になったばかりの人に打ち明けるのは……正直怖いですね」


「私は反対だ。というより、事実を知れば大方は逃げるか騎士団に通報するだろう」


「ですよね……」


 うーん、しっかり説明したら理解してくれる人も居ると思うけど、レイさんの不安も分かる。というよりこれはレイさんの考えとか感情を優先すべき決めごとだ。


「とはいえ、隠すのも色々とありますよね」


 まず、その人と同行してる時にいつもの血の魔法はほぼ使えなくなる。使えなくても戦えるのは蜘蛛の時に明らかになったから、それでも基本は大丈夫だと思うけど。


 後は普通に隠すのがしんどそう。同じ探索隊に入るってことは同じ寮に住むって事だ。というか僕達の探索隊が一番アピール出来るのがあのでっかい寮だから、確実にそうなる。


 そうなるとその人と接する機会とかも多くなるわけで……ふとしたことで秘密がバレるとか全然ありそう。というか僕、隠し事苦手だし。


 あと、純粋に同じ探索隊の仲間なのに隠し事をするっていうのがモヤモヤする。


「それでも隠すしか無いだろう」


「まあ……そうですよね」


「安心しろ。戦いの方はそうなったとしても色々とやりようがある」


 レイさん自身がこう言ってるんだ。とりあえずは秘密にするということで。


「じゃあ、募集出しにいきましょうか。ついでに探索隊の名前を変えてもらうのを忘れないようにしないと」


【レイとサンゴ】は色々問題があるし、昨日の出来事を知ってる人が来ちゃうかもしれない。心配しすぎかもしれないけど、そういう人は多分レイさんの事をただ者じゃないと睨んでると思うんだ。


 だからそういう探り合いみたいなのが起こる可能性の少ない、僕達のことを知らない人に出来れば来て欲しい。その為には名前を変えた方が良くない?という話になったわけだ。


 まあ、名前を変えても自己紹介の時に結局名乗るんだから、その人が噂を聞いてたら意味が無いんだけどね……ほんと、なんであんな名前にしたんだろう。軽く後悔しつつ、僕達は掲示板の受付に向かう。


「すいません。隊員募集の掲示板を使いたいんですけど」


「はい。ではこちらの紙に――」


「あ、それと。今使ってる探索隊の名前をこの際に変えたいんですけど、出来ますよね?」


「それは可能ですが……隊名の変更はであれば可能となります」


「へ?」


「中隊未満の探索隊は無数にあるので、隊名の変更を可能にしてしまうと資料の更新が追いつかないんです。なのでそちらが中隊未満の探索隊であれば、申し訳ありませんが……」


「……」


「……」


 無言、そしてお互いに何とも言えない顔を見合わせる僕とレイさん。


 うん。これはやっちゃったね。

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