第29話 歌
「そりゃ言うたで?観客付きでって。言うたよ、言うたけどさあ……なんでこないにおんねん!」
ルピアス治療院と騎士団の建物の間には広い中庭があった。勤務する人達が訓練に使ったり、集合する際によく使われてる場所らしく、端の方には前に立つ人を目立たせる為の台があったりする。
そして、その前に集まった三十人くらいの人達を爪で指差して、ピルカさんは勢いよく叫んだ。
「一人っちゅー話やったやろ!」
「いやあ、他にも同じように苦しんでる人が居るってことだったので、どうせならと」
「いやいや絶対病人だけちゃうやん!ごっつおるもん人!」
「ごめんねえ。介助が必要な患者も中には居るから、その分人数が増えちゃって」
台の脇で僕とピオーネさんはピルカさんに詰められていた。原因はちょっとした大事になってしまったこの集まりだろう。
無事合格を貰った僕はピルカさんと一緒にその足でここに向かい、ピオーネさんに報告。そのまま今日中に歌ってもらう流れになった。
そこでどうせなら、ってなって、それなら広い場所が必要ってことで中庭を借りることになって、今に至る。
もうとっくに夜だから中庭には所々に篝火が置いてあるし、何事かと集まって来た騎士の人達が遠目からこっちを見てきたりしてるし、なんかイベントみたいになってる。
「良いじゃないですか。せっかく歌うんだったら色んな人に聞いて貰わないともったいないですよ」
「もったいないとかあるとかそういう問題ちゃうねん。緊張するやろこんなん」
「……するんですか?」
「するわ!」
なんか意外だった。こういうのに物怖じしなさそうなイメージだった。まあ僕も同じ状況で歌えって言われたら絶対緊張するから気持ちは分かる。
……良し、ここは。
「ピルカさん、僕も歌います!二人で歌えばちょっとはマシになる筈!」
「……アンタ、歌に自信あんの?」
「声が大きくて良いって言われたことあります!」
「あ、大丈夫な気がしてきた。気持ちだけ受け取っとくわ」
あれ。
「そもそも目的考えたらウチの歌をフルで聞かしてこそやしな。うん、やる、やったる」
どうやら僕の出番は無いらしい。さっきまでしていた悩むような表情はパッと消えて、ピルカさんらしいと感じるハツラツとした顔になっていた。
「ピルカちゃん、ちょっと良い?」
この間、集まった人達の様子を見に行っていたピオーネさんが戻ってきた。
「ん、なんや先生。というかちゃん呼びなんやな……」
「ここに集まった患者の中には意識が曖昧だったり、そもそも目を覚ました状態を維持するのが難しい人も居るんだよねえ。今更だけどそういう場合でも貴女の歌は効果があるのかなって」
目を覚ました状態を維持するのが難しい人、というのは僕らが助けたフランさんのことだろう。やっぱり起こすのは無理だったらしく、人の集まりから少し離れた場所に置かれた仮設ベッドに寝かされている。
「同じような状況で歌ったことなんて無いけどまあ大丈夫や。一応、歌の最中は側で注意して見張っといた方がええとは思うけど」
「それは徹底させてるから大丈夫。準備は出来てるから、いつ始めても良いよ」
「ならええわ。んじゃ、そろそろいきましょか」
身体をぐいっとひと伸ばしした後、ピルカさんは羽ばたいた。次の瞬間には台の上にふわっと着地していて、集まった人達の視線が集中する。
「えーどうもどうも。今回、どっかのお人好しのせいでここで一曲歌うことになりました、しがないセイレーンです。じゃあ早速歌を……の前に二つ注意を。一つ、アンコールは受け付けません。二つ、介助やっとる人は呑まれすぎひんように。――んー、うん。辛気臭い歌やけど、堪忍してや」
☆
ああ かの戦地に斃れた同胞よ 誇るべき同志よ
お前たちの牙と爪を我らは称賛し 敬仰しよう
しかし しかし それは振るわれるべきではなかった
全てが染まってしまった 水も 木も 土も
立ち向かうべきではなかった あの異形には
流れた血が あまりにも多すぎたのだ
☆
何を言っているのかは僕には分からなかった。多分、セイレーンの人達が昔使っていた言葉とかなんだろう。
でも、歌は届いた。身体の内側を撫でられるような感覚。最初はむず痒かったそれも、いつの間にか馴染んでいる。
歌が始まる前、所々で微かにしていた話し声はすぐに無くなった。それよりも優先すべきものがあると、ここに集まった全員が理解したんだろう。ここにはもうピルカさんの声しか響かない。
短くも長い時間が終わった時、僕はなんとなくスッキリしたような気分になっていた。
「これがセイレーンの歌……」
ここに集まった人、特に患者の人達は僕以上に歌の影響を受けているようだった。中には涙を流している人も居る。
「――っふう。あー、久々に本気でやったけど、やっぱ疲れるわ。おーい、呆けとるヤツはしっかりせえよ!アンコールは無いからな!解散や解散!ウチはもう帰って寝る!」
ちょっと掠れた声でこれまで通りのピルカさん節を皮切りに、介助に集まっていた人やピオーネさんが患者さんの状態の確認を始める。そこから少し離れたここからでもピルカさんの歌が上手くいったことが分かった。
だって、起きることさえ出来ないと言われていたフランさんが、無事に目を覚ましているのが見えたから。
「サンゴ!」
視線を声の先に映すと、篝火で少しだけ照らされた空にピルカさんは羽ばたいていた。
「……またな」
「――はい!」
今日だけの、力を借りた貸しただけの関係じゃない。そう言われているように感じた僕はその嬉しさを込めて返事をして、手を振る。次の瞬間にはピルカさんは居なくなっていた。
飛び去る瞬間にちょっとだけ見えたピルカさんの顔は、苦笑しているように見えた。
「これで終わりだな」
「あ、レイさん」
篝火が届いていない暗闇からぬっとレイさんが近づいて来る。ピルカさんとのデートが終わったタイミングでレイさんとは合流している。
といってもなぜかピルカさんと会話する気はあまり無いらしく、今まで影の方に居たこともあって距離をとっている気がした。
「なんとなくピルカさんを避けてるような感じでしたけど、何かあったんですか?」
「いや、少し離れた場所から観察したかった」
「?」
「警戒心があったということだ。ヤツの目は……いや、魔法の扱いに長けているようだったからな」
「ああ、なるほど」
正体がバレるかもって思ったのか。というか、レイさんの正体って変装中でも見破れるものなのかな。僕は知らなかったら絶対奇麗な人だなあで終わると思うんだけど。
「大丈夫そうでした?」
「恐らくな。それで、この後どうする」
「うーん……帰りましょうか。もう夜だし、ピオーネさんも忙しそうですし。一言かけてお暇しましょう」
「分かった」
そうして僕らは並んで歩き始める。ふと、レイさんの腰に吊り下げられた袋を見て思い出した。
「そういえばレイさん、僕がピルカさんと居る時は何をしてたんですか?」
「ずっとお前達の後を追っていたが」
「え!?後ろに居たんですか!?」
ピルカさんが出した条件の内の一つが僕と二人きり。つまりレイさんとは一緒に居られなかった。だからレイさんには僕達が遊んでいる間に自由に行動して貰おうと思ってたんだけど。
「特にやる事がなかったからな。それにヤツがお前に何かする可能性があっただろう。その場合、即座に割って入れるように一定の距離内に居る必要があった」
ああうん、そっか、レイさんって食事とか遊びとかに頓着しないからそうなるのか。だから僕を……心配してくれるのは嬉しいけど、情けない気持ちになるな。
「ピルカさんはそんなことする人じゃないですよ。それに、もし何かされそうになっても逃げるくらいは出来ますから。逃げ足には結構自信があるんです」
「そうか」
「ほんとですって。……レイさん、近い内に二人でパーッと遊びにいきましょう。ここ、面白いモノがいっぱいあるんです。やる事が無いなんて僕が居たら言わせませんよ!」
「――ああ。それなら、楽しめそうだ」
「決まりですね!じゃあ、その為にもまた明日から探索、頑張りましょう!」
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