第4話 暗がりの約束

「ほれ、これが換金額だ」


「……レっ、レイさん!」


 探索管理所内にある探索者に推奨されている換金所。そこの受付のおじさんに採集物を提出した僕らの前に、そこそこに積まれた硬貨が提示された。


「銀貨がこんなに……銅貨なんて、僕が持ってる袋じゃ大きさが足りるかどうか……!」


「ふむ、あの量でこの金額になるのか」


「言っておくが、ウチのレートは誰であろうと一律。交渉は受け付けねえ。そういうのがしてえなら自分でどこかしらの店に持ち寄るんだな」


「私は問題無いが、どうする?」


「これだけ貰えるなら十分ですよ!良かったあ。あの子にお金取られちゃって明日から宿に泊まれるかも怪しいところだったので!」


「決まりだな。取り分は受け取ってから自分らで決めてくんな」


 おじさんは終始そっけない様子だった。僕達の後ろにも列が出来ていたし忙しいのだろう。


 そうして、僕達は袋にパンパン詰まった硬貨を受け取り換金所を後にした。腕にズッシリと感じるお金の重さにニヤニヤが止まらない。


「レイさん!ご飯食べましょうご飯!僕昨日から水とパンのカケラしか食べてないんです!」


「……それは大丈夫なのか?」


「大丈夫じゃないです!だから行きましょう!ご飯!」





 ☆




「兄貴、来ましたよ」


 浮かれた少年が硬貨の詰まった袋を手に歩き出し、独特の雰囲気を持つ女がそれに続く。そしてその光景を陰で見ていた者達が居た。


「不用心に見せびらかしちゃってまあ。ド素人っすね」


「それにしてはやけに稼ぎが多いな。森だろ?大硬虫の羽でも拾ったのか?」


「どっちにしろただのビギナーズラックっすよ。俺らには都合の良い話っす」


 駆け出し狩り。その三人を知る者はそう呼ぶ。


 しかしこれはこの三人に限った事ではない。都市の性質上不安定な治安を利用して弱者から金を巻き上げようとする者はここでは珍しくない。


「いつも通り美味い話で釣って、兄貴の魔法で気絶させてって流れか」


「ていうかあの女、めっっっちゃイケてませんか!?ねっ、つ、ついでにね、こう、アレな事も!」


「バカ。そこまでしたら本格的に騎士団に目を付けられるっつの。ねえ兄貴」


「……止めだ」


「えっ?」


 兄貴と呼ばれる三人目の男が後退を宣言し、軽薄な男と帽子を被った男が同時に疑問の声を上げる。


「ちょ、なんでっすか?久々の上物なのに」


「アレには関わるな」


「……どっちの事ですか?」


「どっちもだ」


「だから、なんでですか?」


 三人目……禿頭が特徴的な男は自身の危機管理能力を信じている。


 手を出していい相手といけない相手。後ろ暗い世界へと半身を浸からせている者にとって何よりも大事な感覚。


 先程少年が大喜びで硬貨を袋へと詰めている間、数瞬だけ女が自分達の方へと視線を向けた事に禿頭の男は気づいていた。


 今までこういった状況で世間話を装う自分達に疑いの目を向けてきた者は居ない。しかし口元を布で隠し、強調されたあの両の眼は確実に。


『何もするな』


 そう告げていたと、禿頭の男は確信する。


「死ぬぞ」




 ☆




「まったく、油断の出来ない場所だな」


「……へ、なんですか?」


「無法者に少しばかり警告をしただけだ」


「???」


 探索管理所近くの大きな食堂、沢山の人が出入りしている食堂の一席に僕達は居た。小さな丸テーブルに対面の形だ。


 そして、既に目の前には様々な料理が並べられていて絶賛食事中である。


「というか、レイさん食べないんですか?口の布付けっぱなしだし、注文も僕任せでしたし」


「私の食事情に関しては前にも言っただろう?」


「あ……そうか、レイさんは血を――」


 そこまで言ったところで、僕の口は少しだけ身を乗り出しながら伸ばされたレイさんの手に塞がれていた。彼女は布越しでも分かる苦笑いの表情で首を横に振っている。


 そうだった。こんな人の多い場所で言って良い事じゃなかった。僕がそれに気づいたのを察したのか、レイさんの手はすぐに離れていった。


「すみません、不用心でした」


「理解してくれるのならそれで良い。これからは言い方を変えるなり、声量を落とすなりで気をつけてくれると助かる。……まあ」


 そう言ってレイさんは口元の布を外した。顔を直視しても昨日のような感覚は無い。


「食べないという訳ではないんだが」


「いやあの、無理しなくても良いんですよ?なんなら僕の――」


「気持ちだけ受け取っておく。何というか、こういった食事は私にとっては嗜好品のようなモノなんだ。それに色々とあって食事の機会がしばらく無かったから、少し緊張していただけだ。無理はしていない」


 普通の食事が必要無い。そう言われると改めてレイさんが人間とは違う生き物なんだなあという実感が浮かぶ。


 レイさんが初めに手を付けたのはスープだった。結構味が濃いけど大丈夫かな。


「……うん、美味いな」


 ぽつりと呟かれた声に安心しながら、僕も食事を再開した。





 ☆




「ダメです。ちゃんとレイさんにもお金は貰ってもらいます」


 机の上のお皿がほとんど空になった辺りでその話題は出た。


「金は必要無いと言ってるだろう。……なぜ、自分が得られる分をわざわざ減らそうとするんだ?理解出来ないな」


 それは今日の探索で得たお金の配分の話だった。レイさんは多めで、という感じで話を切り出したところ、驚いたことにレイさんは全てを僕に譲ると言ってきた。


「必要が無い。これは変わりようのない事実だ。私には住居も食事も……分かるだろう?」


「……」


「自分は何もしていないとでも思っているのかもしれないが、それは誤りだ。お前の魔法は私にとって、それこそ黄金にも勝る価値がある。元より天秤は釣り合ってないんだ」


「分かりました」


「ん、そうか。なら今後も――」


「山分けで行きましょう」


「……話を聞いてたのか?」


 額に片手を当てて呆れた様子でレイさんは僕を見る。なんでこんな事で揉めてるのか分からなくなってきたけど、ここは譲れない。


「お爺ちゃんが言ってたんです。本当に信頼したい相手、して欲しい相手には後ろめたさを感じるような事はするなって。このままお金を全部貰っちゃうのは、なんかこうモヤモヤするんですよ。だからお願いします」


「はあ……分かった。そこまで言うなら貰っておくが、必要なら遠慮無く言え」


「はい!じゃあそろそろ出ましょうか。分配は外でやりましょう」


 お店の中でお金をジャラジャラさせるのもアレだろう。外で落ち着ける場所を探す為に、僕達は席を立って店を出る。お代はとりあえず僕払いで。


「サンゴ」


 先に外に出ていたレイさんが立ち止まって振り返る。外はもう日が完全に落ちていて、店内から漏れた光がレイさんの姿を浮かび上がらせていた。


「なんですか?」


「お前は本当に、私との関係を保ち続けるつもりなのか」


「ええ、まあ。レイさんのお陰で僕のやりたい事が出来てる訳ですし。他に組んでくれる人も多分居ないので」


「私がその気になれば……今すぐにでもお前の首を飛ばせるだろう。今日でそれは嫌でも分かっただろう。そんな化け物を、本当に信頼出来るのか」


 暗いしあんまり良く見えないけど、昨日のようにレイさんがこちらをジッと見ている事は分かった。


『追手に告げ口でもするつもりか?』


 あの時もそうだった。僕を見極めようとする視線。


 今日一日レイさんと探索をした事で気づいた事がある。レイさんは危険に対してとても敏感だ。


 魔獣はもちろん僕に近づいて来た虫の類まで、僕がそれに気づく前に全て排除してしまう。そしてそれは言い換えてしまえば心配性だとも言える。


 吸血鬼である事から追われていたらしいし、そんな風に心配性になったり僕が怪しく見えるのはしょうがない気がする。


 要するに、不安なんだ。


「そういうのは気にしてもしょうがないですよ。ほら、この食堂の中って武器を持ち込んでる人が大半でしたけど、その武器が万が一にでも自分に向けられるかもしれない、なんて警戒してもキリが無いじゃないですか。それがレイさんだとしたら尚更です」


「何を、根拠に……」


「だってレイさん良い人じゃないですか!今日だけでも僕に物凄く気を使ってくれてるのが分かりましたよ!だからそんな事する人じゃないって信じてますし、信じようと決めた人は信じきる。僕はそう決めてます」


「……は」


 混ざり気無しの本音を話したつもりだったけど、なぜかレイさんは強張った雰囲気を緩めて小さく笑った。


「な、なにかおかしかったですか?」


「つい先日金を騙し取られた上に、森に放置されたヤツの主張かと思うとな」


「あー、あれはほら、あの子も苦労してるんですよきっと。それに――」


「そもそも信じた自分が悪い、とでも言うつもりか?」


「まあそんな感じです。だからもし、もしですよ?レイさんが色々あって僕を殺そうとしても、その時はしょうがないって思っちゃうかもしれません。……あ」


「そんな未来は無いさ」


 いつの間にか近づいて来たレイさんに手を掴まれて引っ張られる。移動した先で後ろを見ると店を出ようとしていた他の人が居て、僕が邪魔になっていた事に気づいた。


 さっきと違って僕も暗がりの中に入ってしまった訳だけど、距離が近くなってレイさんの顔はかえって見えやすくなった。


 といっても口元の布があるせいでちゃんとは見えない。


 でも、さっきまでみたいな険しい雰囲気は感じなかった。


「私がお前を守る。そういう約束だからな」

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