第5話 銀の英雄

「申し訳ありません、グレイグ団長。この都市へと逃げ込んだとされる忌々しき吸血鬼めの討伐、我ら治安維持隊の総力を挙げて取り組んでおりますが未だ成し遂げられておりません」


 探索都市内のとある建物。その一室にてその男は頭を下げていた。陽光によって輝く白銀の鎧に身を包むその男の背後には、同じく鎧を身に付けた者達が揃って頭を垂れている。


「顔を上げろ」


「はっ!」


 瞬間、その場において頭を下げている者は居なくなる。それを指示した人物――頬の傷が特徴的な壮年の男、グレイグは執務机の上で手を組み鎧達を見つめている。


「ここは定住者だけでなく行き交う人間の数も多い。一朝一夕では痕跡を見つけ出す事すらも難しいだろう」


「は、この失態は我らが不徳の致すところではありますが、団長の御言葉もまた事実であるかと。しからば捜索の為、探索隊より一時人員を借り受けたく」


「その必要は無い」


「……と言いますと」


「入ってくれ」


 グレイグの言葉と共に男達の背後の扉が開き、その人物は現れた。


 特徴的なのは長く伸ばされ結われた髭。顔面にはこれまでの人生の長さを象徴する皺がくっきりと刻まれているが、掻き上げられた銀髪が若々しさを感じさせる。足首まで伸びる黒いコートは周囲の鎧とはどこまでも対照的だった。


 鎧達を横切り、その男はグレイグの前へと立つ。


「今朝、本国より吸血鬼討伐の為に派遣されたシルベスタ氏だ」


「!まさかその御仁は……」


「ああ。先の吸血鬼との戦において多大な功績を成し、しろがねの称号を与えられたシルベスタ・スローンその人だ」


 言葉こそ交わされはしないが、鎧達が動揺している事は明らかだった。


 血の戦。十年前に吸血鬼と大国ライサンドリアの間で行われた戦い。今日に至るまでの吸血鬼討滅の風潮を生み出した原因である。


 そしてシルベスタとは、その大戦がライサンドリア側の勝利として終わった要因の一つとして挙げられる名前。


 簡潔に言ってしまえば、英雄。


「あ、あの英雄殿が、我々に助力をしてくださるのですか?」


「いや、シルベスタ氏には独断で動いてもらうようにというのが本国の指示だ。よって君達にはこの件の積極的な関わりから離れ、通常の治安維持業務へと戻ってもらう」


「独断ですか。しかしここは、この都市を知り尽くしている我々との連携を――」


「もう良いだろう」


 それまで口を開く頃が無かったシルベスタが、憮然とした表情を揺らがせる事無く言葉を発した。


「報告と顔見せという義理は果たした。私は仕事へ向かわせてもらう」


「っ、お待ちください!いくら貴方といえども捜索は……」


「捜索など必要あるまい」


「なっ……」


「匂わないのかね、諸君らには。この都市を這っている濃厚な血の香りが。ただそれを辿れば良い話だろうに」


 シルベスタは自身の鼻を指し示しそれが当たり前であるかのように呟いた。しかし、その言葉に同調出来る者はこの場には居ない。


「ふん、ともかく私の獲物には手を出さないで貰おうか。討伐後の遺骸の処理に関しても一切を私が引き受ける。――それでは失礼する」


 矢継ぎ早に言葉を繰り出し、元来た道をなぞるように部屋を出て行くシルベスタを鎧達は唖然とした表情で見ていた。


「本当に良かったのですか?」


 英雄が見せた刺々しい態度に思わずざわつき始めた部屋の中で、およそその場に似つかわしくないであろう幼い声が小さく響いた。


 声の出所は執務机の横に立つ小さな体躯の女であり、周囲の騎士とは異なり鎧を身につけてはいない。


「いくら本国の意向とはいえ監視……いえ、補助の一人も付けないというのはどうかと思いますが」


 二つ結びにされた黒い髪を揺らし、その風貌に見合わない胡乱な目つきがグレイグを捉えていた。


「本国の意向、それが全てだよチェリエッタ君。この件に関しては向こう側の念押しが特に強い。こうなった以上、私達の介入はもう必要ないという事だ」


「随分と人目を気にしますね、何かやましい事でもあるのでしょうか。まあ、仕事量が減るのであれば私としてはありがたい話ですが」


「今のは聞かなかった事にしよう、副団長」


 グレイグ騎士団。探索都市の成立に際し、ライサンドリア本国より探索都市の治安維持に加え、の為に未踏地の探索を任じられた騎士達が所属する騎士団であり、数少ない探索隊の内の一つである。





 ☆




「部屋を借りましょう」


 場所は昨日と同じく探索管理所内……に併設された食堂。時刻は昼。変装中のレイさんと端っこの方の席でパンとスープとベーコンが揃った昼食を摂りながら、僕は重大な提案をした。


「……必要か?」


「流石に外で立ったままはダメですよ……」


 昨日の夕食の後、宿へ向かおうとする僕に対してレイさんが衝撃的な告白をした。


『私は外で夜を明かす。宿は要らん』


 外、それもどこかしらの建物の壁に寄り掛かった状態で夜を過ごしたり寝るのが普通なのだとレイさんは真顔で語った。


 逃亡生活の中で編み出した睡眠法でちゃんと問題無く寝れてはいるらしいけど、僕がベッドでグッスリしてるのにレイさんは外でとか普通に僕の気が収まらない。


 だから昨日は無理矢理もう一部屋を追加で借りて泊まってもらった。


「そもそも私は睡眠の必要性が薄い。何度でも言うが人間ではないからな」


「それでも部屋の中で休めるならそっちの方が良くないですか?それに探索隊はメンバー全員が住めるような建物を持つのが一人前の条件みたいですよ。ほら」


 僕は一枚の紙を懐から取り出して机に置く。


「……借家か」


「はい。探索寮って呼ばれてるらしいです」


 紙には様々な建物の大きさ、広さ、立地、内装などの詳細ががところせましと記されている。僕がここに来た時に貰った紙だ。


「ちゃんとした探索隊は人数も多くなるので、それに合わせた建物なんだそうです」


「私達は二人だが」


「増えるかもしれないじゃないですか!……まあ、レイさんの事情を分かってくれる人が居たらの話ですけど」


 いくらレイさんが強いとはいえ、たった二人での探索はやっぱり少し不安だ。出来れば人数は増やしたい……でもレイさんの事情を隠しながらってのも無理がありそうなんだよね。


「なのでとりあえずは探索寮を借りる、っていうのを目標にしていこうかなと」


「お前が望むのであれば構わないが……具体的にどれぐらいの金が必要なんだ?」


「えーっと、昨日ぐらいの稼ぎが継続出来たら食費とかも含めてそこそこは余裕が出来るかなと」


「なら、それなりに動かなければな。今日も行くのだろう?」


「はい」


 食事を終えたらすぐにでもライオット大森林に出発する予定だ。今日も昨日と同じような場所までしか行けないだろうけど、まあそんなもんだよね。探索寮を借りる為にも採取を頑張ろう。


「ん」


「?」


 何故かレイさんが横を向く。お昼時で賑わっている人混みが気になるようだった。


「誰か居たんですか?」


「いや――気のせいだ」





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