第3話 探索初日

「偵察が得意なヤツ、誰か居ないか?」


「前衛張れるヤツ募集中!こっちは回復魔法使いも居るぜ!」


「ウチは男禁制。だからアンタはお断り。募集要項ちゃんと読んだの?」


 探索都市から外に出る為の門、その付近に探索管理所はある。ここでは探索者としての登録、探索隊の結成、募集等が行えて、閉所時間である深夜まで喧噪が絶えない。


 誘い、誘われ、誘われ待ち、併設された食堂での食事や暇つぶし、昼時なのもあってこの時間は特に色んな目的の人達でごった返している。


「……」


 そんな探索管理所内の隅の方、ちょっとホコリ臭い場所にある椅子の上に僕は居た。


 昨日レイさんと握手を交わし別れた後、後日ここで待ち合わせをしようという約束をしているのだが、僕としては彼女が本当に来るのか気が気でない。


 人間に追われているのであればここから逃げてしまうのが普通なのではないか。その点に関しては何とかなるとは言っていたが、心配でしかない。


「あ」


 また新しく人が入って来た。喧噪が少しだけ収まったような気がする。


 女の人で、長い髪の色は銀色。腕を覆う袖口と長いスカートから少しだけ見える肌は浅黒く、口元を布のような物で覆っている。


 思わず目を向けてしまう雰囲気からもしや、と思っているとその人がこっちに近づいて来た。


「すまない、待たせてしまったか」


「あっ、やっぱりレイさんだったんですね」


「多少だが変装はしておこうと思ってな。遠い南方にある国の身なりを参考にした」


「肌の色はどうやって……あと髪の色も。あ、それと昨日感じた変な感覚が無いんですけど」


「肌や髪の色を変えるくらいは造作も無い。それと昨日のアレは私の顔を直視したのが原因だ。そこも含めて色々と調整はしてきたが、念の為に変装ついでに用意した訳だ」


 フェイスベールというらしい、とレイさんは顔の下半分を覆う薄い布を指差した。


 肌や髪の色を変えるくらいは簡単に出来る。改めてこの人の非常識さを実感する。あと昨日みたいな感覚は無いけど相変わらず物凄く奇麗な人だと思う。周囲からの視線を露骨に感じるし。


「それで、行くんだろう?」


「……はい!」


「探索隊として登録する前に、私はまず探索者としての登録からだな」


「――待て」


 登録が出来る受付場所へと向かおうとした僕らに声をかけてきた人がいた。


 乱れの無いキッチリとした服装と整えられた短髪。目もクッキリしてて長いまつ毛。腰に下げた細身の剣がとても似合っていて、なんかやたらとキラキラしている感じがする。


 というか、知ってる人だった。僕が口を開く前にレイさんが会話をし始める。


「何か用か?」


「彼と探索に向かうのであれば止めた方が良い」


「ふむ、理由を聞いても?」


「恐らく彼は回復魔法の正式な指導を受けていない。回復魔法を使えるという触れ込みを聞いたのだろうが、治療院のしかるべき指導を受けていない使い手は危険だ」


 この人は僕の加入を許してくれなかったとある探索隊のリーダーだ。断られる際もこんな感じの事を言っていた気がする。


「それなら心配には及ばない。私はそれを承知している」


「しかし」


「詮索はよしてほしい、と言っている。そちらも他人を気にするよりもやる事があるのでは?」


「……そう、だな。すまなかった。分かっているのであれば良いんだ」


 そう言って彼は去って行った。最後まで僕を胡散臭そうな目で見てたなあ。


「すみません。迷惑をかけてしまって」


「訳アリなのは私も同じだ。彼女は君を断った探索隊のメンバーか?」


「はい。最初は笑顔で迎えてくれたんですけど、試しに回復魔法を使って……え、彼女?」


「私と同じだ。容姿も声も、上手く隠してはいるがアレは女だよ」


「……へー、全然気づきませんでした」


「私やお前のように、ここには後ろ暗い出自を持つ者や訳アリが多いという事だろう。お互いに気をつけねばな」


「そうですね」


 レイさんはともかく、僕はただの田舎者なんですけどね。





 ☆





 登録はほぼほぼ問題無く終了した。探索隊としての登録をする際、隊の名前を決めてくれと言われて咄嗟に思いついたのが『レイとサンゴ』だったのが心残りではある。


 レイさんも微妙な顔をしていたので後々変えてもらおうとは思う。


 登録が終了すればいよいよ探索開始。本当は探索前に色々出来る事があったりもすると思うんだけど、初回なのでまずはそういうのは無しで行ってみる事にした。


 場所は再びライオット大森林。探索管理所を抜け、街を出て、舗装された道を少しばかり歩くとすぐに森の入口に着いた。


 なんというか、あの子に連れられた裏道とはまるで違った。入口付近は木が切り倒されてサッパリしてるし、やたらと人で賑わっていて観光目的みたいな人も居た。


 実際安全に森を歩けるルートは足元の整備も含めてしっかりと作られているようで、そういった人の案内兼警護を担当するちゃんとした探索者とかも居たりして、キーラあの子がどれだけ適当な事を言っていたのかを今更理解した。


 ただ、今回の僕達の目的は探索。既に調べ尽くされている安全なルートを歩いても意味が無い。そうして僕達は普通の探索者達が選ぶような整備が行き届いていない道を選択した。


 つまりここから先は危険がいっぱいで、気を引き締めなければいけない。そう意気込んで進みだした。


 筈だった。


「ふむ、やはり魔獣の類が多いな」


 レイさんがそう呟いて歩を止めた瞬間、道横の木の上に現れたツノの生えたサルみたいな生き物が一人でに吹き飛ばされていった。


「森林の規模からして、一帯から発生する魔力量が多いのが原因か」


「あの、そういえばマジュウって?」


「動植物が多量の魔力を吸収し、姿を変えたものだ。脅威度は通常の獣を遥かに超える。お前……サンゴを襲ったあの猪もそうだ」


「ああ、やっぱりあれ普通のイノシシじゃなかったんですね」


 僕が住んでたとこじゃこんな生き物は出なかったからなあ。あ、でも魔力はなんとなく分かるからこれは聞かなくても良いかな。


 それにしても。


「ずっと思ってたんですけど、どうやって魔獣に攻撃してるんですか?何かしてるようには見えないんですけど」


「血を飛ばしている」


 そう言って彼女は右手の人差し指を立てた。その先っちょには赤い塊がふよふよ浮いている。


「吸血鬼と呼ばれるだけあってこういうのは得意なんだ」


「それって、身体から血を?」


「そうじゃない。まあ、魔法の一種とでも思ってくれていい」


「なるほど」


 そんな感じの説明の方が助かるかもしれない。詳しく説明されても僕じゃ理解出来ない可能性が高い。


「それはそうと、採集はどうだ?」


「はい、順調です」


 レイさんの視線の先は僕の背中に背負われている大きな革袋だ。


「よっと。これがレイジュの葉で、これがアリアンの実、それで多分これがトキ草……だと思います」


 その中にはこれまでの道中で採集してきた植物が結構な量で入っている。これらは探索成果物として持ち帰ればそれなりの値段で換金が出来ると出発前に実物付きで教えてくれた人が居た。


 ほどんどの探索者はこの成果物による収入で生活をしているらしい。


「本物かどうかは分かりませんけどね。形が良く似た別物もあるって言ってましたし」


「ある程度のミスは仕方が無いだろう。私も長く生きているつもりではあるが、この一帯の植物には知見が無くてな。力になれん」


「レイさんのお陰で安全に採集が出来てるんです。十分ですよ」


 ここまでの探索で僕が命の危険を感じた事は一度も無かった。さっきのサルのような魔獣に遭遇してもレイさんがあっという間に倒してくれる。お陰で採集はもちろん景色を楽しむ余裕もあるくらいだ。


 スリルは探索の醍醐味なのだろうけど、それよりも僕は自分の知らない物を見たり触ったり聞いたりするのが目的としては強い。そんな僕にとってレイさんの存在はありがたいのかもしれない。


「そろそろ戻らないか?この先からはもう本格的に道とは呼べん。袋の中も詰まってきた頃だろう」


「……そうですね」


 時刻は夕暮れ一歩手前、戻る時間も考えればこれくらいが妥当。何より僕達が進んできた道の先が生い茂った植物で途絶えてしまっている。


 この先に進んでこそ本当の探索なんだろうけど、まあ初日だしね。

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