第22話
◆
笛の音が遠くでちらほらと聞こえた。
俺はやっぱり一人きりで荒野に立ち、向かってくる魔物の群れを見据えていた。
実践、というか実験を始めて、既にこれで十回目だ。要点は掴めているから、不安はない。
鞘から剣を抜き、精神を統一していく。
じわりと胸の奥に熱が宿り、それが手足へ流れ、その熱が剣へと流れ込む。
そのうちに先頭の魔物が目の前に来る。
喚き声が遠くなり、その醜い姿はしかし剣の間合い。
剣が走る。
魔物は手に棍棒を持っていて、当たれば人体を破壊するのに十分な勢いで叩きつけてくる。
剣が迎撃し、跳ね返す。
起こった事象は、それだけではなかった。
棍棒を握っていた魔物の両手が塵となって粉砕される。
肘までを失った魔物の胴体を、今度こそ薙ぎ払う。剣が触れて、食い込んだ時には魔物の全身が弾けるように粉々になっていた。
集中を整えながら、次の魔物へ向かっていく。
一撃必殺の刃が、魔物を消滅させていく。実際の剣の一撃で倒すこともできるが、今は俺の身体に宿る神権を確認しているので、刃の走る筋は加減している。
あっという間に魔物を倒し尽くし、本当の静寂が戻ってくる。安全を確認し、細く息を吐いて、俺は鞘に剣を戻した。
(魔物にとって、お前は恐ろしい存在だろうな)
遠くで亡霊の声が聞こえる。囁くような小さな声なのは、俺の神権の影響だ。
亡霊が俺に教えてくれた、神権と呼ばれる力の不思議さは、こうして自分の力を行使していても理解に苦しむ。
亡霊、ルードが皇都にいた時、帝国騎士団に加わるものの中に様々な神権の使い手がいたらしい。
風よりも早く動くものもいれば、片手で大の男を持ち上げて平然としているものもいたそうだ。他にも虚空から炎や雷撃を発生させる者もいたという。
神権の使い手は帝国騎士団より神権教会に属する神権兵団を志すものだ、と亡霊は話していた。神権兵団は入団者を厳しく選抜するそうだが、入団することは名誉であり、同時にさらにも一歩上へ進む可能性があるらしい。
一歩上とは、御使の祝福を受けた、一騎当千、最強の戦士である「代行者」と呼ばれる存在のことで、亡霊の言葉によれば、正面から相手にしたくない存在、とのことだ。
ともかく亡霊が皇都で実際に指導し、競い合った帝国騎士団のものでも、神権は多岐に渡り、様々な能力があった。
その亡霊が見抜いた俺の神権は、「破魔」と亡霊によって名づけられた。
破魔という言葉は俺には馴染みはないが、古い時代から神権教会では使われていると亡霊は感慨深そうに言っていた。
本来、神権教会、御使や神権兵団は、魔物を打ち払う存在であって、魔物を打ち払う力こそが、破魔の力、なのだという。
既にそれが必要とされておらず、また、破魔の力は基本的に人間に対しては意味を持たないために、重要視されていないそうだ。
亡霊は簡潔に俺の力について解説したものだ。
(亡者となった私の振るう剣に染み付いた呪詛は、人間を容易に滅ぼす力があった。その剣に切り裂かれたお前も、呪詛に侵され、そのまま滅びるはずだった。しかしそれが回避できたことで、お前に相応の破魔の力が宿っていることが証明できる)
わからない理屈ではないが、神権自体に疎い俺には、飲み込みづらい理屈だった。亡霊はお構い無しに、自分のことについても語った。
(お前を逃す時、私はお前の体を乗っ取り、強引に動かした。これは以前にも、ウェズ、ウルダで試したことがあるが、お前を操る時ほどの負担はなかった。それどころか、私の存在が逆に霧散しそうなほどだった。これはお前がウェズやウルダとはまるで違うことを示している。お前は、自分の体の中に入っている呪詛の塊である私を、無意識に破壊していたのだ)
だからあれ以来、亡霊は姿を見せず、声も遠い、ということらしかった。
そういう亡霊の判断のもと、俺は自分に宿る、破魔の力とやらを試し始めた。
破魔の力は人間には何の効果もない。
魔物を相手にするのが手っ取り早く、運がいいと言っていいのか、北部戦域には頻繁に魔物が現れる。
というわけで、俺は魔物の群れが襲来するたびに、剣術の確認と同時に破魔の力の実験を展開した。
最初はあまり効果を発揮できなかった。俺が振るう剣はただの剣で、魔物の粗末な武器を跳ね返し、その肉体を引き裂くことしかできなかった。
繰り返すうちに、何がきっかけだったか、念じるという、ただ一点で効果が発揮されることに気づいた。あるいはそれは、結果が出ないことに対する苛立ちがきっかけだったのかもしれない。
滅びろ
砕けろ。
そう念じることで、俺の中の何かが輪郭を持ち始める。ぼんやりとしたものが生じ、それがやがて剣に宿る。
曖昧模糊とした何かが宿った剣が魔物を消滅させるのを初めて見たとき、俺は自分が成したことに呆気に取られてしまったものだ。
亡霊のいうことを信じていなかったわけではないけれど、破魔の力というものを、信じ切ってもいなかった。
自分には特別な力がある、ということは、簡単には信じられなかった。
信じられなくても、魔物は実際に塵と化した。
現実は現実であり、事実は事実だった。
力があるとわかり、使える可能性があるとなれば、試行錯誤しかない。試行錯誤こそ、俺が亡霊とはじめて出会ってから、繰り返し続けてきたことである。
剣を学んだように、俺は自分の神権について学び始めた。
しかしそれには幾度かの危険があり、紙一重で破滅をすり抜けたこともあった。
剣は手に取れ、目で見て取ることができる。
しかし神権は触れることはできず、見えない。
魔物を倒したはずでも、剣が剣としてしか機能しないこともあった。そうなれば、魔物は傷を負っただけで、しゃにむに俺に組みつくことになる。
魔物と組み合って倒れこみ、地面でもみ合った時ほど背筋が冷えたことはない。亡者に切られた時の次くらいに恐怖に支配された。
結局、抱きついている魔物が消滅することを必死に思い描き、なんとか俺の神権が腕の中の魔物を一瞬で塵に分解し、もうもうと立ち込める埃の中で咳き込みながら、俺は九死に一生を得た。
何はともあれ、俺は短期間で、超実践的に神権を制御する手法を体得したのだった。ほぼ万全に使えるようになってみると、不完全な力で魔物に挑む自分の無謀さに驚きもするが、それはもう考えないしかない。過ぎたことでもあるし。
試し始めて半年も過ぎている。亡者に切りつけられた傷は完治しているし、体力もほぼ万全に回復した。しかし、そう、胸の傷跡には黒い一筋のアザが残っている。これが亡霊が俺に語って聞かせた、亡者の剣に宿る呪詛、ということなんだろうと想像できた。
呪詛を俺の神権は破ることができるが、完全ではない。
これは忘れずにいるべきだろう。油断につながるし、計算に入れておかないと足元をすくわれそうだ。
(たいした精度だ。魔物など相手にならんな)
一人で荒野に立ち尽くしながら、俺は北のほうを見て、亡霊の声を聞くともなく聞いていた。
俺の力は、亡霊にも影響を与えている。
なら、やろうと思えば、亡霊を消し飛ばせるのだろうか。
そうしない理由は、どこにあるだろう。俺の中のどこかにはあるのだ。
だから俺は、亡霊を放置している。
こうも考えることがある。我が師と思っている相手に、できることではない、と。
そのはずだが、しかしこの亡霊が行き着く先は、一つしかないのだ。
(機は熟したな)
勝手な亡霊の言葉に、俺はただ無言で顎を引いた。
機は熟した。そうだろう。
来て欲しくない時が、やってこようとしている。
(続く)
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