第12話 ブレブレだった

「そう、じゃあもう傷物は私だけなのね……」

「お前ボケなきゃ死ぬ病気でも患ってるのか?」

「……ボケなきゃやってられないわよこんなの」

「……すまん」


 吐き捨てるようにして告げられた言葉に、ただ謝ることしかできなかった。そして宮下は更に追い打ちをかけるかの如く、「裏切者……」とジトっとした目で俺を睨んでくる。


「…………」


 返す言葉もなく、肩身を狭くさせて押し黙ることしかできなかった。


「ねぇ葵、ちょっと相沢君と二人にさせてくれない?」

「分かった。縁側に行くといい」

「ありがとう」


 すんなりと決まって宮下は立ち上がり、俺に立つよう促してくる。幼馴染なだけあって家の勝手は分かっているらしく、岸野はそのまま和室に残ることになった。


 和室を抜けて縁側へ向かう。

 庭にはツツジを咲かせた生垣と、さっきも見た松の木があった。雨はすっかり上がってうっすらと日が差し始めていて、五月の暖かな陽気が俺たちを包み込む。


「いいわよね、縁側って」


 宮下が腰掛けてから呟く。俺はその隣に並んで、


「なんつーか、落ち着くな。俺ん家には庭すらないから羨ましい限りだ」

「そう」


 宮下は少し間を取って、


「葵にピアノをやめるって伝えた時もここで話したわ」

「……そうなのか」

「ここだと相手の目を見て話さなくていいから話しやすいのよね」

「そういや岸野にはなんて言われたんだ?」

「遊ぼって言われたわ」


 宮下は笑いながら続ける。


「あの子は肯定も否定もしなかった。その代わり遊びに誘ってくれて、私の買い物に一日付き合ってくれたわ。あの子なりの優しさなんでしょうね」

 そう言って宮下は遠くを見上げる。まるで昔を懐かしむように。


「でも」と呟いて、

「やっぱり私は、ハッキリと否定してもらえた貴方が羨ましい」


 宮下はこちらを見た。その眼差しには強い意志が込められている。……どうやら宮下は俺には楽をさせてくれないらしい。

 俺の言葉を一言も聞き漏らすまいとばかりに見つめながら尋ねてきた。


「本当にそれでいいの?」


 俺が答えるよりも早く、


「確かにいい落とし所だとは思う。葵は賛成するでしょうし、きっとあの子のお爺ちゃんだって喜んでくれると思う。でも……それが貴方の本当にやりたいことなの?」


 それは真意を問うというよりは、俺のことを心配してくれているように見えた。


「このまま帰宅部で放課後に三人で遊ぶ青春だってある。それでもきっと葵は喜んでくれるわ。これまで私たちができなかったことを少しずつ取り戻していくの。そしたらいつか、こんな日々も悪くないなって思える時が来ると思うの」

「それは……別にコーチやりながらでもできることだろ」

「本当にそう思ってる?」


 責めるような口調と目付きだった。


「……すまん」


 だからすぐに謝る。そんな生半可な覚悟じゃないことは、宮下だって分かっているはずだ。

 沈黙が続いても宮下は俺から目を離そうとしない。だから俺から視線を逸らした。決して楽がしたかったわけじゃない。ただそうやって話す方が、自然だと思ったからだ。


「俺さ、変わりたいんだよ」


 息を吸って、


「今日の試合見てたら、今の自分と重ねてしまったんだ。負けてるのに笑ってて、それを然も当たり前みたいに思ってる姿がダブって見えてさ。このままじゃダメだって思ったし、変わるならこのチームと一緒がいいって思った。だから別に、誰かさんのためにやろうと思った訳じゃない。……多分な」

「多分って。ハッキリしなさいよ」

「正直自分でもよく分かってないんだよ。何が正しいとか間違ってるとかって、振り返って初めて分かる時もあるだろ?」


 宮下は何も言わなかった。俺は宮下の方に向き直って告げる。


「だからさ、もしよかったら見ててくれないか。俺が間違ってたら……教えてほしい」


 長い沈黙。

 やがて宮下はフッと俺から視線を逸らして、


「ズルいわ……。そんなこと言われたら、もう何も言えないじゃない」


 拗ねるような口調だった。そして今度は開き直ったかのように天を仰いで、


「あーあ、せっかく仲間が見つかったと思ったのに」

「……俺たち仲間じゃなかったのか」

「もう貴方は暇人じゃないもの。敵よ敵。宿敵だわ。でも……」

 宮下は一拍置いて、ビシッと俺を指差して無邪気に笑った。


「いつか私もそっちに行くから。ちゃんと私を見てなさい」


 俺も笑った。「約束する」と答えてそのまま立ち上がる。

「ありがとな、宮下」

 ニッコリと微笑んで答える宮下と一緒に歩き始める。

「……でもやっぱりUSJには行かない? 私まだ一度も行ったことないの」

「……決意揺らぎ過ぎだろ」


 思わず苦笑してしまった。

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