最終話 明日から楽しみだった

 二人で和室に戻る。

 岸野はテレビで今日の阪神戦を一回から見直していた。ファンの鑑過ぎる。リプレイなのにメガホン叩いて応援してるし……。

 声を掛けていいのか迷ったが、黙って行く訳にもいかないので、


「岸野、帰る前にちょっとだけいいか」

「何」

「監督に挨拶したいんだよ。せっかく来たしな」

「……分かった」


 岸野は録画を停めて立ち上がる。それから俺をリビングに通してくれた。十二畳ほどの広さを誇るリビングの隅っこに、観音開きになったご立派な仏壇がある。真ん中には俺と同じユニフォームを着た監督の遺影があった。一礼してから焼香を上げ、目を閉じて静かに手を合わせる。



 監督、ご無沙汰しています。

 散々お世話になったくせに挨拶が遅くなってすみません。

 いつまでも監督は元気だし、俺が野球を続けていればその便りが自ずと届くものだと驕っていました。世の中そう上手くはいかないものですね。

 こういう形になってしまったこと、悔やんでも悔やみきれません。


 ……俺、野球やめました。


 プロになれるって期待してくれてたのに、応えられなくてすみません。

 でも今、俺は貴方と同じユニフォームを着ています。結局俺には野球しかなくて、やめたくせに嫌いにはなり切れなかったみたいです。

 間違いなくそれは監督のおかげです。貴方が野球を教えてくれてなかったら、今頃俺は野球なんて見たくもなくなっていたと思います。

 この間岸野……お孫さんとプロ野球を観に行きました。それもきっと、俺に野球の楽しさを思い出させてくれるきっかけになったんだと思います。


 おかげで俺はこうしてまた、このユニフォームに袖を通す決意ができました。

だからまだ、見ててください。期待しててください。

 全国優勝……はできるか分かりませんが、少しでも野球の楽しさを伝えられるように精進してみせます。

 ありがとうございました。



「…………」

 俺は顔を上げた。後ろで待つ岸野に手を上げて終わった旨を伝える。


「そろそろ帰るわ」

「ん」


 岸野は俺を見送りに玄関までついてきてくれる。靴を履き終え、引き戸をスライドさせたタイミングだった。


「相沢君!」


 その声は上擦っていた。そして振り返ると、俯いて頬を赤く染めている岸野がいる。


「ありがとう」

 何故か消え入りそうな声になっている岸野に、俺は笑って返した。

「じゃあまた明日、学校でな」

「…………うん!」


 背を向けて自転車に跨る。これ以上岸野を見てたらこっちにまで伝染しそうだった。野郎が頬を染める姿とか需要がなさ過ぎる。


 ペダルを漕ぎながら、ふと思う。

 家に帰ったらどういう反応をされるんだろうか。きっと二人とも目を丸くさせて、それからまたすぐ俺を弄るんだろう。なんなら妹も加わってくるかも知れない。


 そう思うと若干うんざりする反面、それを期待している自分がいるのも、嘘じゃなかった。

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