第7話 その目は真剣だった

 岸野にスマホを渡して、おすすめ曲のPVやライブ映像を二人で堪能する。

 デカいモニターで嗜む音楽と映像は想像以上の迫力で、気付けば俺たちは前のめりになって楽しんでいた。


 お互いに好きな歌を歌い、その曲とのちょっとした思い出話を披露してみせたりする。

 しばらくそんなやり取りを続けていると、また別の動画が流れ始める。

 音楽だけでなく、好きなYOUTUERを教え合ったり、プロ野球の名シーンをまとめた動画を見てまた盛り上がる。そうなるともうカラオケなんてそっちのけだった。


 そんな中突然始まったその映像を見た時、さっきまで浮かべていた笑みがすっと引っ込んでしまった。


 画面に映る一人の野球少年。

 マウンドに立つそいつは、まるで世界に自分しかいないみたいに集中して、ただ前を見据えている。

 ゆっくりと額の汗を拭ってから頷き、何処か挑発的な笑みを浮かべて、渾身のストレートを放つ。


 そして、一気に破顔した。

 チームメートが一斉にマウンドに集まってきて、互いに抱き合って喜びを爆発させる。


 一目見た瞬間鮮明に記憶が蘇る。

 四年前、全国大会の決勝で投げ勝った俺がそこにいた。


「なんでこんなのあるんだよ……」

「私が撮った」


 まるで何事でもないかのように告げられたその言葉に驚いて岸野を見る。岸野はモニターを見つめたまま、それ以上何も言わなかった。

 何故か一万回以上再生されているその動画にはちらほらとコメントも付いていて、岸野はそれをモニターに映し込む。


『この角度からでも分かる剛速球! 凄い!』『この子プロになりそう』『みんな笑顔が可愛い。いいチームですね』


「連盟があげてる動画もある。見る?」

「……まあ、いいけど」


 そんなの見てどうするんだ。

 喉まで出かかった言葉を無理やり引っ込めて、何故かあの日の試合を見始める。


 その間、一度も会話はなかった。まるでそれが映画館で上映されているかのように厳かな雰囲気を保ちながら、二時間近い試合を粛々と観戦する。


 今見てもいい試合だと思う。

 画面に映る誰もが闘志を漲らせていて、その気持ちに応えるかのように熱い展開が繰り広げられていく。高校球児にだって劣らない、絵に描いたような青春がそこにあった。


 だからこそ、俺たちはもっと盛り上がるべきだった。

 たとえ出会っていなくても、目の前にある思い出は同じもののはずなのだから。

 あの日、あの時、あの場所で同じ時間を共有した俺たちなら、出会ってからの月日なんて関係なく、思い出話に花を咲かせられるはずだった。


 だけど俺は一度も口を開けなかった。

 岸野がずっと画面から目を離さなかったからだ。

 それは明らかに思い出に浸っている感じではなく、かと言って試合のライブ感を楽しんでいる風でもない。ただジッと、微塵も感情を動かすことなく、目の前の映像を眺めている。その横顔は何処か切実さを纏っているようにも見えた。


「私は」と試合が終わった直後に岸野が呟いた。

「今でもよく見る」

「…………」


 何も言えなかった。

 どうして俺にそんなことを伝えたのか、分からなかったからだ。

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