第6話 インドア系なら……

 金魚ミュージアムのすぐ隣にいきものミュージアムなるものがあったが、岸野が両手をクロスさせて強くNGを主張した。曰く「爬虫類は苦手」とのこと。


 どうやらここは様々な生き物を展示しているらしいが、外からパッと見た感じ爬虫類や両生類が主役を張っているっぽかった。岸野はそれを忌避しているらしい。


 正直意外だった。なんとなく岸野って爬虫類とか好きそうに見えたから。首に蛇巻いたりしても全然平気な顔で写真撮ってそうなイメージ。


「そんなことしたら死ぬ」

「死ぬて……。大げさな」


 まあ俺も多分無理だけど。でも青ざめた表情で慌てふためく岸野をちょっと見てみたいと思ってしまうのは、俺の心が歪んでいるせいなのでしょうか……。

 そんな俺の嗜虐心を見透かしたのか、岸野はまたあのジト目で俺のことを見つめていた。


 もちろん無理強いするつもりはないので、必然的に足は階段方面へ向かう。

 最早階下には何も期待できないので五階に何があるのか確認したら、フロア一面をラウンドワンが支配している感じだった。


「ラウンドワンか……」


 ポツリと呟く。そして改めて岸野の服装を見た。そうするとまあ、自ずと選択肢が限られてくる。人目を嫌ってるみたいだし、ボーリングとかスポッチャ全般はNGだろう。

 となるとゲーセンかカラオケか。正直どっちも岸野の趣味じゃなさそうだが……。


「どっちがいい?」

「カラオケ」

 意外にも即答だった。そしてそのまま岸野が五階まで先導したかと思えば、さっさと受付を済ませてスルスルと部屋に入っていく。

「慣れたもんだな」

「一人でよく来る」

「野球以外インドア派じゃなかったのか?」

「カラオケはインドア」


 きっぱりと言い切る岸野。確かにそう言われるとそうなのかも知れない。でもなんとなく腑に落ちないような……。こういうのってどっかで日々議論が巻き起こったりしてそう。

 俺が何とも言えない気持ちになっている間に岸野は黙々と端末を操作し始める。


「ちょうどいい歌がある」

 そう言うと同時に、聴いたこともない曲のイントロが始まった。

ピコピコと可愛らしく鳴る電子音に耳を傾けていると、岸野がマイクを片手にちょこんと座ったまま歌い始める。


 ……不思議な曲だった。

 特に意味があるとは思えない日本語の羅列が、ふんわりとしたポップな曲調でラップのように韻を踏んで飛び交い続ける。それを無表情で淡々と歌う岸野がまた、その曲の醸し出す不思議さと妙にマッチしていた。

 正直何が〝ちょうどいい〟のかはイマイチよく分からなかったが、色んな意味で可愛さが際立つ、そんな歌だった。


「歌わないの?」

 歌い終わった岸野がきょとんと首を傾げて尋ねてくる。

「しばらく聴いててもいいか?」


 流石にカラオケに来といて歌うのが恥ずかしいなんて抜かすつもりはない。ただ、岸野がどういう歌を好きなのか興味が湧いた。


 頷いた岸野が流し始める曲。

 それもまた、知らない歌だった。でもさっきの曲もそうだが、純粋にいい歌だなと思う。俺が疎いのもあるんだろうが、それ以上に岸野が音楽を好きなんだろうというのが伝わってくる。


 ジャンルもテンポもバラバラで、時には言語すらも異なる歌を流暢に歌う岸野。相変わらず表情こそ変わらないが、歌声は曲に合わせて少し変化させている。


「色々知ってるんだな」

 何曲か歌い続け、ドリンクを飲んで休憩している岸野に声を掛けた。

「音楽はぼっちのパートナー」

「ぼっちて……。お前と宮下は一応友達なんだろ?」

「仁美は小学校の時から私立」

「え、あぁ、そうなのか」

「だから私は教室ではずっとあんな感じ」


 あんな感じ、と言われて普段の教室での岸野を思い浮かべる。

 周りがどれだけ盛り上がってても我関さずと机に突っ伏していて、そこから一向に顔を上げる気配はない。多分、ずっとイヤホンで耳を塞いでいるんだろう。


「その、答えたくなかったら別にいいんだけどさ、どうしてずっと一人でいるんだ?」


 尋ねると沈黙が生じた。

 ……そりゃそうだ。こんなもん、遊んでる最中にぶつけるべきじゃない。向こうが打ち明けてくれるのを待つか、もっと段階を踏んで尋ねるべきだろう。


 それでも、俺は知りたいと思った。

 そもそも俺たちはもっと早くに出会えていたかも知れない訳で。

 そしたらこの非日常と思える時間が当たり前になっていた未来もあったかも知れない訳で。

 そう思うと、逸る気持ちを抑えられなくなっていた。


 やがて岸野はポツリと呟くようにして、


「見つけられなかったから」


 言葉は使わず、ただ岸野が続けてくれるのを待つ。すると岸野はゆっくりと、自分のペースで言葉を紡ぎ始めた。


「昔から私の趣味は変わっていた。だから誰に勧めても生返事で、相手にしてもらえない。なのに皆流行りや自分たちの好きなものばかり話題にする。狭量な私は、それが受け入れられなかった」

 

「でも、今なら分かる。……私は順番を間違えていた。本当は知っている。私に声を掛けてくれる人は皆いい人で、私に歩み寄ろうとしてくれている。自分の好きなものを勧めるのだって、それが本当に楽しいと思っているからで、別に押し付けようとしているわけじゃない。それは単なるきっかけ。皆私と仲良くなるための糸口を探してくれていて、なのに私は一方的に拒み続けた。だからいつまで経っても共通点なんて見つかりっこない」


「でも、それに気付いたところで、今更どうやって歩み寄ればいいか分からなかった。だからずっと一人。仁美と友達でいるのは、彼女だけがいつまでも押し付けて来たからだと思う。私が根負けした」


 自分の服を見ながら苦笑する岸野。でもその表情は何処か楽しそうにも見えた。

話し終えた岸野はマイクをぎゅっと握りしめる。しかし何か歌うわけではなく、覗き込むようにして俺の表情を伺った。


「別に、今からでも遅くないんじゃないか」


 俺は受付で受け取ったカゴからHDMI端子を取り出す。最近のカラオケはこういうのも貸してくれるらしい。そいつをスマホに差し込んで、自分のホーム画面をモニターと共有した。


「俺は聴いてていい歌だと思ったし、もっと知りたいとも思った。だから教えてくれよ。岸野の好きな音楽」


 そうしてYOUTUBEを開く。俺が何をしようとしているのか理解したらしく、岸野は頷いて答える。


「その代わり、貴方も歌って。貴方の好きな音楽を教えてほしい」

「そりゃもちろんいいけど、下手でも笑うなよ?」

「笑う」

「そこは嘘でもいいから分かったって言えよ……」


 そういうとこだぞ、という指摘は流石に引っ込めた。別に言ってもよかったと思うけど。

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