第4話 宮下に救われた
とにかくこのままではいけない。
そう思った俺は、無心になって昨日の叔父みたいな顔の金魚を探すことにした。
しかしこのロマンチックな空間に、そんな今にも窒息しそうな金魚なんてものはいるはずもなく……。
結局いつまで経っても平静を保てないまま、意外と広い館内をさまよい続けることに。
そうやって落ち着きなく歩いていると、突然岸野に服の裾をクイクイと引っ張られた。
「撮りたい」
そう言えばこれだけ写真映えするスポットで溢れているのにまだ一枚も撮っていない。
「あ、あぁ、そうだな」
俺はぶっきらぼうに答えて辺りを見回す。
丁度目の前にダイヤモンドの形をした水槽があった。本物の宝石のように輝く水槽の中を、金魚たちがくるくると回遊するかのように泳いでいる。
どうやらこれ、ここにしかない代物らしい。写真を撮るにはピッタリなスポットだ。
水槽の金魚がしっかり映るように間隔をあけて並び、自撮りを行う。
「ちゃんと笑って」
岸野は口を尖らせていた。
確かに写真を見れば、昨日のどの写真よりも上手く笑えていない。他にも色んな場所で撮ってみたが、緊張のせいで引きつった笑みばかり浮かべている。
「…………」
岸野がジト目でこっちを見ていた。いやでも、こんなん不可抗力だろ……。
俺はなんともしがたい肩身の狭さを感じながら、次なる写真スポットを探す。
その場所を見つけた時、流石にスルーしようと思った。
しかし岸野がまた俺の服の裾を引っ張って、立ち止まるように促してくる。
「な、なぁ。お前ちょっと意地になってないか……?」
尋ねても岸野の意思は変わりそうになかった。ジッと俺を見つめ、テコでもそこから離れようとしない。いやでも、これは流石に……。
何処からどう見てもカップルシートだった。
ピンク色の二人用ソファーの両脇には円柱の水槽があって、壁にはハート形のネオンがいくつも掛けられている。
他にも白薔薇や西洋風の絵が掛けられていたり、仄かに明かりを灯すお洒落なテーブルランプがあったりで全体的に淫靡なムードが漂っている。
多分ラブホってこんな感じなんだろうな~と思いました、まる。
しかもご丁寧にセルフタイマーで撮りやすいように机まで用意してくれてるし。
「ほんとに撮るのか?」
念押しで確認すると岸野は俯きながらコクリと頷く。
「仁美に送って」
「いいけど、なんで?」
「仕返し」
「いやだから、元はと言えばお前が原因なんだが……」
争いは同じレベルの者同士でしか発生しないという格言を思い出した。とは言ってもこいつらは一体何のために争ってるのかさっぱり分からんけど。
しかしながら、俺も宮下に送るのは大賛成だった。
なんせこのままだと息が詰まる!
さっきからやたらと喉は乾くし、心臓は一生喧しいしでそのうち俺が窒息した金魚みたいになってしまいそうだ。
宮下ならきっと、この緊張感を上手く緩和してくれるに違いない。そう信じた俺は、このバカップル丸出しとしか思えない写真を宮下に送り付けた。
二秒で返事が来た。
『ドシコい』
あぁ、安心する……。これだよこれ、この中学生みたいに頭の悪い言葉。まさしく今俺が求めていた安心感だ……。
『でも実に惜しい写真ね』
そんな返事と共に送られてきたのは、消しゴムマジックで俺だけが消された写真だった。
『これで完璧ね』
あぁ、最高だよお前……。
俺が求めてたものに対して百五十点の回答してくれてるよ……。
『ありがとう』
宮下の馬鹿さ加減でなんとか緊張を中和できた俺は即座に返事を送る。
『なんでお礼?』
と珍しくまともな返事が来たが、既読無視をして次の展示を見て回ることにした。
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