第3話 五千兆萌えポイント


 岸野がなんとか落ち着きを取り戻したタイミングで声を掛ける。


「そういや岸野は来たことあるのか?」

「ない」

「え、ないの?」

「野球以外、私はインドア派」


 きっぱりと言い切る岸野を見て納得した。それと同時にちょっと安心。てっきり地元民なら誰しも一度は来たことあるもんだと思っていたから。


 開店と同時に入店。手探りでミ・ナーラを練り歩く。

 適当に歩きすぎて最初にフードコートをさまよってしまったが、そのラインナップに俺は密かに驚きを覚えていた。


 奈良屈指の人気を誇るラーメン屋があったり、奈良ではまず見ないようなハンバーガー屋があったり、明らかに力を入れているのが伝わってくる。変なところで期待を膨らませている自分がいた。


 しかしながら、その期待は二階、三階へと上がるにつれて急激に萎んでいくのであった。


 あ、あれ……? なんか……。思ったよりなんもないような……。


 決して口にはしない。

 でも少なからず岸野も同じことを思っている気がする。観光型と謳っている割には地域住民に寄り添った店が多いような……。正直もっと個性的なアパレルブランドの店とかあるんだと思ってたんだけど……。


「…………」


 気まずくなっていた。その気まずさを誤魔化すかのように、別にやるつもりもないのにカプセルガシャが大量に並べられた無人店をぶらぶらと見て回る。


 ちなみにここまでほとんど無言。

 岸野がたまに変なガシャを見つけて「可愛い」と呟いたぐらいだった。


 開店前にいたあの人たちは、今頃どこで何を楽しんでるんだろうか。まあ普通に買い物してるんだろうけど。


 意気消沈で四階へ。

 すると少し様相が変わった。これまでの何処かで一度は見た覚えがある店とは明らかに異なる、店の外からでも伝わってくる何やら妖艶な雰囲気。


 入り口横に吊るされた提灯に書かれているアルファベットを一文字ずつ読んでいくと、あぁ、これが噂の……と一人勝手に納得する。


 金魚ミュージアムだ。

 それを強調せんとばかりに、天井から金魚の形をした提灯がいくつも吊るされている。


 その物珍しさに自然と俺たちの足は止まり、気付けば立て看板に書かれた料金を確認していた。


「千二百円……」


 岸野がポツリと呟いた。その呟きに若干の含みを感じたのは、恐らく俺の気のせいではないだろう。正直俺も思ったし。金魚見るだけで千二百円か……って。


「後二百円足せば海遊館に行ける」

「それは多分中学生料金だと思うぞ……」


 いくらなんでも子供料金と比較するのはあまりにも酷だろ。まあここは中学生も同じ料金みたいだけど。


「せっかくだし、入ってみるか」

「ん」


 岸野が頷いたので受付を済ませて中に入っていく。

 そこから少し進むと、俺たちを丸呑みできそうなぐらい巨大な金魚の提灯が出迎えてくれた。

 そいつの横を通り抜けて早速水槽エリアに入ってみると、さっきから漂っていた妖艶な雰囲気がより一層色濃くなっていく。


「おぉ……」


 その光景を目の当たりにして、思わず感嘆の声が漏れる。


 想像以上だった。

 薄暗く設定された天井の照明。その代わりにライトアップされた水槽や、モニュメントのように前衛的な形をした展示物。


 和のテイストを重んじていることを感じさせる、天井から吊るされた藤の花や壁に掛けられたいくつもの和傘。

 そしてそんな幻想的な空間の中を優雅に泳ぎ回る金魚たち。


 そこはまるでアニメ映画に出てくる夏祭りのような空間だった。

 色とりどりの水槽の中には様々な種類の金魚がいて、光だけでなく、鏡やステンドグラス、果てにはプロジェクションマッピングなんかも駆使してその雅な雰囲気を演出している。


 そんな異空間を岸野と二人、隣同士並んで歩く。

 お互いに言葉はなく、ただひたすら見惚れていた。ふと岸野の表情を確認してみると、純粋無垢な子供のような瞳で一心に水槽を見つめている。

 そして俺は気付いてしまった。


 これ、完全にデートスポットだ……と。


 奇跡的に色々噛み合っていた。開店と同時に来たせいで人入りは疎らで静かだし、何より岸野のロリータファッションがこの雰囲気と絶妙にマッチしている。


 さっきまでは奈良という田舎町との不和でどうにもコスプレ感が否めなかったこの服装も、まるでここに来るために用意してきたのかと思えるほどにピッタリだった。


 ……や、やばい。また緊張してきた……。さっきまでは地元で遊んでる安心感のおかげでなんとかギリ誤魔化せてたのに……。


「見て」


 唐突に岸野が声を掛けてくる。


 その視線の先を見ると、水泡眼という種類の金魚がいた。

 出目金とは異なり、目ではなく頬がぷっくりと膨れている金魚だ。そのなんとも愛らしい見た目に癒されていると――突然岸野が真似をして自分の頬をぷっくりと膨らませた。


「――っ」


 俺は顔を伏せた。それと同時に岸野に背を向けた。そうしないとこの暗さでも分かるぐらい顔が赤くなっていることを確信したからだ。


「……そんなに面白かった?」


 いや全然面白くない。ていうかこいつわざとやってるんじゃないか? 寧ろわざとであってほしい。天然でこんなあざといことしてるとかズルいにもほどがあるだろ……。

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