第2話 基準が分からなかった


「野球って、二人で何するの?」

 更に追い打ちをかけるかの如く尋ねてくる。

「そりゃまあ……キャッチボールとか?」

「その後は?」

「まあ、バッセン行くとか……」

「…………」


 岸野は非っ常ーに渋い表情をしていた。宮下が言っていた〝散歩嫌いな犬みたいな顔〟ってのが言い当て妙過ぎるぐらいの。

 ま、まさか野球狂信者にこんな表情されるなんて思いもしなかった……。そこまでダメですかね、このプラン。


 まあ朝から延々とキャッチボールするのは流石に意味不明か。それに岸野の服装も相まってめちゃくちゃシュールだし。いやでも、岸野とキャッチボールしたいってのは普通に本心なんだが……。


 俺が言葉に詰まっていると岸野がグイっとこちらにスマホを突き出してくる。そこに開かれているのは俺とのトーク画面だ。

 そして岸野は、昨日俺が送った宮下とのツーショットの数々をスワイプして見せつけてきた。


「ズルい」

「いやズルいってなんだよ……」

 それに関しては百パーセントお前が悪いんだろうが。まあもう謝られたしこれ以上追及しないけどさ。


 ……でも言わんとすることは分かる。要するに釣り合いの問題だ。

 俺だって妹だけ遊園地に連れて行ってもらって翌日に自分がキャッチボールで片付けられたら同じようなことを言うんだろう。俺たち別に兄妹じゃないけど。


 でもだからってもう一回大阪に行くのは気乗りしないし、何よりそれはそれで微妙な空気になりそうだ。奈良で釣り合いが取れるぐらい楽しめる場所ってなるとめちゃくちゃ難し――


「ミ・ナーラ行くか」


 咄嗟に妙案が浮かんだ。と言うかどうして浮かばなかったんだってぐらい近くに答えがあった。まあ浮かばなかったのはぶっちゃけ一回も行ったことないからなんだけど。


「行く」


 岸野の目の色が変わったのが分かった。どうやら正解だったらしい。俺はほっと胸をなでおろし、グローブを鞄に突っ込んで自転車の前カゴに乗せた。


 ミ・ナーラとは我らが奈良が誇る観光型のショッピングモールだ。

 以前テレビでやってたが、観光型という肩書に嘘偽りがないぐらい様々なレジャースポットがあって、中にはボルダリングが楽しめる施設や金魚を主役にしたプチ水族館なんてのもあるらしい。


 ちなみに俺が一回も行ったことないのはこれまでの人生野球漬けでそういったものとはほとんど無縁だったからである……。まあまだできて五年とかだしね。


 早速岸野を荷台に乗せて自転車を走らせる。警察に見つかったら補導まっしぐらだ。でもまあ、いいだろ。田舎だし。


 なんなら見つかった瞬間爆速で逃走してみたい。岸野の服装も相まって、青春映画のワンシーンみたいになること間違いなしだ。……まあそんな度胸ないけど。


 岸野は周囲の視線を気にしているのか、荷台に跨らずにちょこんと横座りをして手で膝元を抑えている。これに関しては普通に危ないと思うが、まあ十五分程度のことだし目をつむることにした。


 程なくしてミ・ナーラに到着。

 どうやらまだ開店前らしく、入り口前にまばらに人がいた。


 俺たちもその辺で適当に待つかと辺りをきょろきょろと見回していると、周囲からの視線を集めていることに気付く。

 言うまでもなく岸野の服装が原因だろう。でもまあ、こんなの岸野にとっちゃ慣れたもんだろうし大丈夫――と思っていたが、何故かめちゃくちゃ恥ずかしそうにしていた。


 俺の身体に隠れんとばかりに身を丸め、それでもまだ恥ずかしいらしく俯いて頬を真っ赤に染めている。……色々ツッコみたいが、とりあえず一つだけ。


「あの特攻服より全然マシだと思うんだが……」

「あれは私にとっての正装。恥じることは何もない」

「さいで……」

「でもこれは違う。これは……貧弱すぎる」

「…………」


 服に対する感想じゃなさすぎる。宮下が聞いたら泡吹いて卒倒しそうだ。こいつ、普段はどんな服着てんだろ……。

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