第三話 tender
第1話 夢が叶った(part2)
流石に疲れが勝ってすぐに寝つけたらしい。気付けば朝になっていた。
ベッドから這うようにして身体を起こして窓の外を見る。曇天。
昨日とは打って変わって、天気予報では午後から一時雨。確率は五十パーとのこと。……早まったかな。
まあ今更どうしようもないので、とりあえずスマホを手に取ってみる。予報が更新されて確率が下がったりしてないか確認していると、宮下からLINEが来た。
『夢が叶ったわ。感謝しなさい』
一見矛盾している、というか主語がなさ過ぎて何を言ってるのかさっぱり分からん怪文書めいたメッセージをスタンプで適当にあしらい、支度を始める。そういや集合時間って昨日と一緒でいいんだろうか。だったら急がないと間に合わんなこれ。
テーブルに置かれていた菓子パンを頬張りながらせっせと着替えて十分ほどで支度を済ませる。小走りで駅まで向かい、なんとか八時五十五分に到着。岸野がいた。
「…………」
「…………」
どれだけそうしていただろうか。
俺たちは互いに向き合い、ほとんど目を合わせることすらせずに固まっていた。その原因は言うまでもなく岸野にある。
宮下から送られてきたLINEの意味をようやく理解した。つまりまあ、岸野のファッションだ。岸野は昨日あのロリータショップで架空ファッションショーを繰り広げた末に宮下が購入した品々で着飾られていた。
白を基調とした、ミルクのようにしっとりとした生地で作られたドレスワンピース。手首にはレースで作られたリボン型の袖止め、首元には同じ作りのチョーカー、そして頭にはフリルの付いた赤いヘッドドレス。
極めつけは濡らすのが勿体ないぐらいにフリルが施された傘だ。
傘の先端はツンと尖っている一方で、空中で開けば岸野を持ち上げてしまいそうなほどにふんわりと丸みを帯びた形をしている。
異国の姫だ。そうとしか言いようがない。
実際、俺たちの横を通過した幼女が興奮気味に「お姫様だー!」と岸野を指さしていたのだから。
岸野は何も言わず、上目遣いでジッと俺のことを見ていた。頬には明らかな赤みがあり、言うまでもなく俺からの感想を待ち続けている。
もちろん頭では分かっていた。でもいつまで経っても言葉が出てこない。心臓がうるさいぐらいに鼓動していて、正直な感想を告げたらそのままどうにかなってしまいそうだった。
こうして生まれた沈黙と葛藤の末、遂に羞恥心が勝ったらしい。
「帰る」
「待て待て待て」
本当に帰らんとばかりに踵を返す岸野を必死に呼び止める。それから俺は「に、に、に」と壊れたおもちゃのように何度も繰り返し、観念して正直に告げることにした。
「似合ってるぞ、めちゃくちゃ」
「…………………………………可愛い?」
不安げに、ジッと見つめてくる。
いや最早反則だろそれ……。そう思いながらも、俺はなんとか首を縦に振った。
「…………」
なんかどっと疲れた。これ絶対今日一日持たないだろ……。
岸野もそう思ったのか、疲弊の見える表情でその場に立ち尽くしている。果てしない沈黙の末、俺はぶっきらぼうに尋ねた。
「ちなみに今日は何をするつもりなんだ」
「……何も考えてない」
「え?」
「本当は昨日大阪に行くつもりだった。だけどもう、仁美がやったから」
「あぁ、なるほど」
てっきり宮下の思い付きだと思っていたが、案外あれは岸野の案だったのかも知れない。
だったらまあ、次は俺が案を出すべきなんだろう。
「じゃあさ、行きたいところあるから付き合ってくれないか」
俺が告げると岸野はすんなり頷いた。
駅に背を向けて歩き始める。そのまま十分ほど歩いて、一旦俺ん家まで引き返してきた。
「行きたい所って、家……?」
若干警戒の色が伺える声音で岸野が尋ねてくる。
「違う違う。色々取りに来ただけだよ。ちょっと待っててくれ」
そうして岸野を待たせることおよそ五分。懐かしいあれやこれやを二階から引っ張り出した俺は、玄関の扉を力強く押し開けてあっけらかんと告げた。
「岸野ー、野球しようぜー」
「……磯野みたいに言わないでほしい」
両の手にグローブをはめてパタパタとアピールする馬鹿っぽい俺に対し、岸野は冷めた口調で冷静にツッコみを入れるのであった。
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