第15話 ホントの裏技
なんとか無事麓に到着。
「し、死ぬ……」
マジで死ぬ……。もうこれしか言えなかったし、発言を自重する気にもならなかった。
その辺の芝に座り込んでゼェゼェと肩で息をする。
宮下が申し訳なさそうにこっちを見ていた。本来なら一言物申したいところだが、そのしおらしい態度を見てやめておくことに――
「実はもう終バスもないの……」
「いい加減にしろ!」
今日一デカい声が出た。え? って言うかホントに終バスないの? こいついくらなんでも計画性なさすぎない?
……どうやら嘘じゃないらしい。即座にスマホで調べて俺は一人絶望していた。
しかし宮下は何故かそんな俺を見て少し笑っている。
「流石にこれ以上は申し訳ないから迎えに来てもらうことにしたわ」
「おう、是非ともそうしてくれ……」
何ならついでに乗せてってほしい。乗せてってくれるよな? な?
縋るような視線を宮下に送るが、その想いが届いているかどうかは微妙なところだった。
……もういい。なるようになれ。
半ば投げやりになって空を見上げていると、宮下が「ねぇ相沢君」と声を掛けてくる。
「次は絶対葵も一緒だけど、偶にはその……二人でこんな風に傷の舐め合いもしたいと思ってるの。……どう?」
「傷の舐め合いて。まあ確かにそうかも知れんけど」
「…………」
宮下は不安そうに沈黙している。何故こいつがこんな表情をしているのか、その真意はイマイチ推し測れなかった。……でもまあ、
「暇人仲間なんだろ俺たちは。だったらこんな機会、いくらでもあるだろ」
俺がそう告げると、宮下はパッと花が咲いたかのように明るい表情になった。
「じゃあ次はUSJね! 絶対だから!」
「俺の懐事情も考慮してくれ……」
とりあえずなんかバイトしよかな。また叔父を頼る訳にもいかんし……。と言うかユニバこそ三人で行くべきなんじゃないかと思ったが、それに関しては黙っておくことにした。
程なくして何やらそれっぽい車がこっちに近づいてくる。車種とかよく分からんが、黒塗りの、如何にも高級っぽい感じの車だった。
その車が俺たちの前で停車すると、中から背の高い男性が出てくる。おじいさん……でいいんだよな? 髪真っ黒だしフサフサだし服装もジーンズにⅤネックのTシャツ(半袖)だしでとてもそうは思えんが。
宮下とその人が会話をしている。多分ちょっと怒られてるっぽい。
それから宮下は持ってきてもらった絆創膏を足に貼っていた。
おじいさんと目が合ったのでペコペコと頭を下げる。するとその人はこっちに近づいてきて、深々と頭を下げた。
「仁美をわざわざここまでおぶってくれたんだって? いや~ほんっと申し訳ない!」
「や、いいっすいいっす。そんな頭下げないでください」
慌てて制止する俺。大の大人に頭を下げられるなんて経験一度もないもんだからめちゃくちゃ動揺してしまった。
「でもしんどかったろ? 一時間ぐらいかかったんじゃないか?」
「ぐらいすかね。でもまあ、おかげでいい思い出になりました」
「まあそれならいいんだけども。でももっと早く連絡くれれば頂上まで迎えに行ったのに」
「「え?」」
声が重なった。俺の声と、宮下の声だ。
「いやおじいちゃん、入山時刻とっくに過ぎてるし車じゃ入れないでしょ」
「いや、車の入場ゲートは夜遅くまでやっとるから普通に入れるよ。山頂近くにホテルもあるし。ま、ちょっとした裏技だな」
「「え?」」
再び声が重なる。
ガハハと豪快に笑うおじいさんを尻目に宮下を見る。めちゃめちゃ目が泳いでいた。泳ぎ過ぎて壁キックして豪快にターンまで決めてる。
「それじゃあ相沢君、今日はありがとう。お疲れ様!」
「俺を置いて帰ろうとするな!」
思わず叫んでしまった。厚かましいことこの上ないが、流石にそれぐらいの権利はあると思いたい。
早速そのことについて相談しようと試みたが、おじいさんは初めからそのつもりだったらしく、あっさりと俺を迎え入れてくれた。
後部座席に並んで座る俺たちの空気はどうにも気まずい。
宮下が「でも思い出はプライスレスよね」とか「ここでしか撮れない実にいい写真よね」とかなんとか取り繕うとしてるせいだ。素直に謝ればいいのに。別にそんな怒ってないし。
後まあ、普通に疲れてるから口数が少ないってのもある。
気を抜けば寝落ちしそうな疲労感と戦いながら三十分ほど心地よく揺られていると、気付けば俺の家の前に到着していた。
お礼を言って帰宅。
遅くなってしまったので親に色々聞かれたが適当にかわした。でもこれ、後から叔父伝手にバレたりするんだろうか……。
そんなことを危惧しながらリビングでスマホを開く。宮下からの『今日はありがとう』というLINEの下に、岸野からLINEが来ていることに気付いた。
『今日はごめんなさい』
〝ありがとう〟と〝ごめんなさい〟が立て続けに並んでいるメッセージ欄を見て苦笑を浮かべつつ、返事を考える。
結局何故岸野は来なかったのか。
もっと言えば、そもそも一体何がしたかったのか。
その真相は本人のみぞ知ると言ったところだが、それとは別にちょっとした嗜虐心が芽生えている自分がいた。
『許さん』
送ると即座に既読が付く。どんな反応をするのか楽しみにしていると、一枚の写真が送られてくる。それは例のふわふわ・もこもこのうさぎさんパジャマだった。
『着なきゃダメ?』
『なんで着たら許してもらえる前提なんだよ……』
〝実在したのか……〟という困惑と〝そこまで着たくないんだな……〟という呆れにも近い感情が入り混じる。
〝ダメだ〟と送りたくなる気持ちをグッと堪えて、俺は新たに返事を送った。
『明日暇か?』
『デーゲームがある』
『……じゃあ月曜日ならいいのか?』
ちなみにプロ野球は基本的に月曜日が移動日、つまりお休みである。
返事を送ると間が生まれた。
一分、二分と待っていると『明日でいい』と予想外な返事がくる。
浮かんだ言葉を文字に起こしてみると、どうにも小っ恥ずかしかった。それでもあえて消すことはせず、意を決してそのまま送り付ける。
『じゃあ明日、楽しみにしてる』
厚かましいだろうか。
でもお礼がしたいと言い出したのはあっちだ。謝られていることから鑑みても宮下を紹介するのはお礼じゃなかったっぽいし、だったら仕切り直すのが筋ってもんだろう。
言い訳がましくごちゃごちゃと考えながら返事を待つ。
その間、トーク履歴に残った岸野の写真を見ていた。ほんとはあいつ、こういう服を着て来てくれるつもりだったんだろうか、と。
『分かった』
相変わらず無機質な返事をぼんやりと眺める。
嘘偽りなく、明日が楽しみになっていた。
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