第14話 意外と軽かった
「どう? 気休めにはなった?」
いつまでも俺がそうしていると宮下が声を掛けてくる。
「あぁ、おかげさまで」
「それは何より。じゃあそろそろ帰りましょうか」
「だな」
俺は立ち上がり、グッと伸びをする。しかし宮下は何故かいつまで経ってもベンチから立ち上がろうとしない。
「ところで相沢君、一つお願いがあるんだけど」
……嫌な予感がした。咄嗟に宮下の足元を見る。
今更になって気付いたが、信じられないことに宮下はヒールの付いたパンプスを履いてきていた。
「靴擦れしちゃって足が限界なの。だからその……おぶってくれない?」
「…………」
流石に恥じらいを感じているらしい。宮下はこっちを見るなと言わんばかりに俯いて、口元をもにょもにょさせていた。まあこれに関しては気付かなかった俺も悪いとして、だ。
「いつから靴擦れしてたんだよ」
「正直麓に来た時点で結構怪しかったわね」
「いや意地張り過ぎだろ……」
若干呆れながら宮下に手を差し伸べる。宮下が立ち上がると同時に前屈みになり、全体重を預けてくるのを待った。
「大丈夫? 重くない?」
「意外と」
突如頭にグーパンが飛んできた。
「殴るわよ」
「殴ってから言うなよ!」
いや俺も失言だったなとは思ったけども。罠過ぎるだろこれ。
そうやってうだうだ言いながら若草山を下山し始める。
……正直言うと俺もめちゃくちゃ足が痛い。
でも足元が覚束なさすぎてそれどころじゃなかった。こんな低い山で滑落して万が一遭難とかしたら恥ずかし過ぎて死ねる……。
そんなことを考えながら慎重に歩いていると、宮下が声を掛けてくる。
「次は拉致してでも葵を連れてきましょうね」
「拉致ってなんだよ物騒な。というか次があるのか」
「もちろん。だって私たちはもう暇人仲間でしょ?」
「なんだそりゃ。そういや宮下も帰宅部なのか?」
「……色々見てみたけどしっくりこなかったから。今は焦らなくてもいいかなって。まあ充電期間みたいなものよ」
「充電期間か……」
いい言葉だなと思った。新しく何かを始めるには莫大なエネルギーが必要だから。それに備えるのも悪くないんだと、今は思えるようになった。
下山を始めておよそ二十分でようやく二重目まで帰還。そのタイミングで宮下が再び声を掛けてくる。
「ごめん相沢君、ここでちょっと止まってくれない?」
「ん、なんだ? おしっこか?」
またグーパンが飛んできた。
「ぶん殴るわよ」
「なんでちょっとパワーアップしてるんだよ……」
実際威力はさっきより1.5倍ぐらい強くなっていた。どうやら失言のレベルで威力が変わるシステムらしい。
「あ、そのまま下ろさなくていいから。で、街に背を向けるようにして立ってほしいの」
「へいへい」
傍若無人なお姫様に指示された通りに移動する。すると宮下は器用にも鞄からスマホを取り出した。そして何の躊躇もなく俺の右肩に自分の顔を乗せてみせる。
「今度はちゃんと笑いなさいよ」
耳元で囁かれる。今朝会ったばかりのことを思い出しつつ、俺なりに精一杯笑ってみせた。
パシャッ。
フラッシュの眩しさに若干たじろいだものの、一回目よりかは上手く笑えた気がする。しかし今は足の限界を迎える前に下山したかったので、俺は再び歩き始めることにした。
「これは葵に送っちゃダメよ」
「え? じゃあなんで撮ったんだ?」
「…………」
返事はなかった。
その代わりにこれまでとは比較にならないほど弱弱しいパンチが、俺の肩をポスポスと揺らしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます