第13話 一等星になれなかった君へ

「葵はね、貴方の活躍をずっと傍で見ていたの」

「……いや、それは流石に」


 分かるだろ、と言おうとしたが言葉に詰まってしまった。

 大所帯なチームだった。いつも賑やかで、いつも大勢の人がいて。応援する保護者の中に岸野が一人紛れ込んでいたとしても、気付かない可能性は十分あった。


「ってちょっと待て。あいつの爺ちゃんが監督ってことはもしかしてもう……」


 俺が言葉尻を濁して言えずにいると、宮下は静かに首を縦に振った。


「二年前にね。詳しいことは私も分からないけど」

「そうだったのか……」


 全く実感が湧かなかった。俺がいた頃はピンシャンしていて、ノックも自分で打ってたぐらいだったから。


 心にぽっかりと空洞ができたような気持ちになる。

 そいつの埋め方を知らない俺は、ふと気になって空を見た。

 夜が深まっているのに、輝きは一層増しているように思えた。


「俺さ、あの人に〝お前はプロになれる〟って言われたことがあるんだよ。本音しか言わない人だから、スゲー嬉しかったのをよく覚えてる」

「葵はきっと、今でもその言葉を信じているのよ」

「…………」

「あの子のお爺ちゃんの夢はね、自分のチームを日本一にすることだったの。だからその夢を叶えてくれた貴方ならプロになれるって信じてるんじゃないかしら」

「…………」

「期待してもらえることがどれだけ幸せか、私は知ってるから。だから私は、貴方が続けるべきだったって思ってしまうのよ。要するに嫉妬ね」

「…………たとえそれを裏切ることになってもか」


 絞り出したような声で尋ねると、宮下は頷いて答えた。


「少なくとも私なら、ちゃんと見てもらえるうちは続けてると思う」

「そうか……」

「まあそもそも貴方は何も知らなかった訳だからどうしようもなかったでしょうけど」


 宮下はクスクスと笑って、


「どうしてあの子、今までずっと黙ってたんでしょうね」

「……いやホントそれな。流石に謎過ぎるわ。普通話し掛けるだろそんなもん」

「それで結局、貴方が教室で野球を観に行く相手を探してたら六甲おろしを流したんですって? もう〝これしかない……!〟って思ったんでしょうね」


 宮下に言われて想像してしまった。

 再会した時から毎日のように機会を伺っていて、ようやく振り絞ったなけなしの勇気。それはどんなに――


「……可愛いな」


 声になっていた。

 それに気付いた時には、宮下がとんでもなくニヤニヤした表情でこっちを見ていた。


「そうよ、あの子は可愛いのよ。ようやく貴方も分かってきたようね」

「うぜぇ……。つーか何の話だよこれ。いい加減戻すぞ」

 俺は語気を強め、それから少し間を取って話を再開した。

「正直俺はまだやめてよかったとも思えていない。でも、やめたことを後悔しないように生きたい。これだけは本音だ」

「……それって決意表明?」

「みたいなもんかな。まだ具体的に何をしたいとかは全く決まってないけど」

「なるほどね……」


 宮下はふむ、と何やら考える素振りを取って、


「それなら一つだけ、私から貴方にアドバイス」

 パチンとウインクをこちらに飛ばし、色とりどりに光る街を瞳に映し込んで告げた。



「私たちは一等星になれなかったわ。でも、いつかはきっと、誰かのために輝ける星になれるのよ。この街の光のようにね」



 俺も光を見た。そして、


「そうか……」


 ――理解した。

 この街に意味のない光は一つとしてなかった。

 団欒する家族を囲む家屋の光、働く人々を支えるビルの光、そんな俺たちの生活を温かく見守る三日月や星々の光。

 それらが無数に集まって、一等星が何処にあるのかも分からないぐらいに輝いている。

 その景色は掛け値なしに綺麗で、優劣なんてものは存在しなかった。


 いつからかずっと、一番じゃないと意味がないと思い込んでいた。

 だけど、そうでもないとこの街が俺に教えてくれている。

 言葉だけでは伝わらない、宮下が今日俺をここに連れて来てくれた意味。

俺はそいつを、いつまでも噛み締めていた。


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