第12話 若草山と自分語り 2
「何処まで知ってるのか知らないから全部話すけど、俺ピッチャーやってたんだよ。小三の頃に野球を始めて、それからやめるまでずっと。自分で言うのもなんだけど、結構凄かったと思う。ストレートは百三十五キロまで投げれたし」
「……ごめんなさい。野球に詳しくないから凄さがあまり分からないわ」
「そりゃそうか。まあとにかく球が速かったって思ってくれたらいい。小中学生にとってそれって正義なんだよ。特に小学生なんて球さえ速けりゃボール球でも簡単に三振を取れるからな。おかげで俺は小四の頃から不動のエースで、小六の頃にはチームを初めて全国優勝に導いた。もちろん、あれは俺だけの力じゃなかったけど」
俺の全盛期は間違いなくあそこだったと思う。あの頃は何をやっても楽しくて、自分を特別な存在なんだと信じて疑わなかった。
「中一でボーイズリーグに入っても俺は三年の先輩を押しのけて即座にエースの座を勝ち取った。この世界は実力主義だし、それが当たり前だと思っていた。実際それが当たり前なんだよ。……でもその当たり前を、俺だけが受け入れられなかった」
こういう言い回しをした時点で、宮下もある程度察しがついただろう。
「一年の時は全国に行けたけど一回戦で負けた。エラーが絡まない、純粋な力勝負での負けだった。二年の時は近畿大会の二回戦で打たれて負け。三年の時――俺はもうエースじゃなくなっていた」
宮下がそうしてくれたように、俺も努めて明るい声で話を続けていく。
「一年にスゲー奴が入ってきたんだよ。俺なんて全然相手にならないぐらいのな。皮肉なもんだろ? しかもそいつめちゃくちゃいい奴で、俺がどれだけ嫌味言っても全く言い返さずにあくまでも先輩として慕ってくれるんだよ。俺なんて先輩に嫌味言われたら倍ぐらい言い返してたくせにさ。情けない話だよ全く」
わざとらしい溜息をついて自嘲する。
「そんなことを続けてるうちに俺自身、何が好きで野球をやってるのかよく分からなくなっていった。寧ろ自分を嫌いになり始めていて、これ以上嫌いになりたくなかったからやめたってのもあると思う。……でも、決定打はやっぱりあの試合だ」
噛み締めるように目をつむって、
「三年の夏、全国大会の一回戦。もちろん俺はベンチスタートで後輩が投げてたんだけど、そいつが終盤でマメ潰しちゃってさ。やむを得ず降板して俺が投げることになったんだ。それまではうちが三点リードしてたし、俺だって今回は近畿大会で抑えてたから通用すると思っていた。でも……一つもアウトを取れなかった。まるで八百長かってぐらいにあっさりと四点取られた挙句降板。しかもその後に投げたピッチャーは無失点で切り抜けたんだ。それでも試合はそのまま負け。誰が戦犯かは、火を見るより明らかだろう」
あの試合の後チームメイトから向けられた眼差しは、もう一生忘れられそうにない。それでもあいつだけは、俺を気遣って話し掛けてくれたことも。
「ショックだった。その悔しさをバネにする気力も湧かないぐらい。自分が井の中の蛙で、ただずっと甘やかされていただけの存在だったってことをどうしても受け入れられなかった」
だから俺は野球をやめた。
本当にただそれだけの、何処にでもあるような情けない話。
溜息と共に言葉を切って、街を一望する。
夕日は沈み、街には明かりが灯っていた。様々な光が無数に灯る夜の奈良は、まるで星空を吞み込んだのかと見紛う程に明るく瞬いていた。
宮下は真っ直ぐ前を見つめたままハッキリと告げる。
「貴方は野球を続けるべきだったわ」
「簡単に言うなぁ……」
「客観的に見たわけじゃないわ。寧ろこれは超個人的な私の意見」
「お前俺のことなんてほとんど何も知らないだろ」
「知ってるわよ。それなりにね。なんせ会うたびに聞かせてくる女の子がいたんだから」
「…………」
それが誰かなんてのは、もう尋ねるまでもないんだろう。
「ねぇ相沢君。葵が一番好きなチームって何処だと思う?」
「そりゃ言うまでもなく阪神だろ」
「残念、ハズレよ」
「は?」
思わず宮下を見る。宮下は街を見つめたまま、楽しい思い出を語るかのように微笑んで続けた。
「阪神だってもちろん好きでしょうけど、絶対に一番じゃないわ。葵が世界で一番好きなチームは、あの子のお爺ちゃんが何年も監督をやっていた少年野球チームよ。そのチームの名前は――」
そのチーム名を聞いた時、俺は言葉を失ってしまった。
奈良ドリームチャレンジャーズ。
間違いなくそれは、俺が小学生の時に所属していた球団の名前だった。
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