第9話 野生の叔父(LV36)


 財布が限界だった。

 さっきラーメン屋で会計したらビックリした。もう帰りの電車賃とジュース買う金ぐらいしか残ってない……。


 というか宮下と財力の差がありすぎる。結局さっきのロリータショップでもワンピースと一緒にアクセサリーとかも買ってたし。


 ほんとはお前がお姫様なんじゃないか? と思ったが、流石に初対面相手にそんなこと根掘り葉掘り聞けるわけもなく。


 どうにもできない居心地の悪さを覚えながら、当てもなくアメ村を歩く。さっさと白状すべきなんだが、男としてのしょうもないプライドが邪魔をしていつまで経っても切り出せずにいた。


「まだ時間あるけど、相沢君は行きたい場所とかある?」

「あ、あぁ。そのことなんだが……」


 ここしかないと思った。生唾を飲み込み、干からびた喉から言葉を絞り出そうとする。


 その時だった。

 視界に何やら挙動不審な男が入り込んできた。

 そいつはこれまで俺たち(主に宮下)に向けられていたものとは異質の、全く以て遠慮のない不躾な視線をこちらに送り続けている。


 だから自ずと目が合ってしまった。

 不自然なほどのヒョロガリ体系、まるでお約束のような黒縁メガネに無精髭、お洒落を象徴する若者の町アメリカ村にとって明らかに異分子な、見るからにくたびれたロンTと色落ちしたジーンズ。


 思わず目を擦る。

 何度も執拗に擦って、もう一度見る。……やっぱり間違いない。でもなんでこの人がこんな所に?


 理由を求めてきょろきょろと辺りを見回すと、ビルの看板にて『カード王』なるものを発見。どうやらこの町、カードショップまであるらしい。なるほど道理で……。


 叔父だ。

 叔父は何も言わず俺たちの正面に立ち、金魚のように高速で口をパクパクとさせながら俺たちを指さして震えていた。シンプルに不気味すぎる……。


「ねぇ、この人誰? 相沢君の友達?」

 怪訝な顔をした宮下がコソコソと俺に耳打ちしてくる。

「いや、その……」

 この状況で親戚だと告げるのはどうにも抵抗があった。でも流石に友達はないだろ、倍以上離れてるぞ年齢。


 俺が返答に窮していると、叔父はおもむろにスマホを取り出す。

 それからLINEのトーク画面を開いて、俺と岸野が映り込んでいるテレビの写真を見せつけてきた。どうやらおかんがあの日の録画を撮影してわざわざ送り付けたらしい。

 そこには『お前もいい加減彼女ぐらい作れ』というあまりにもクリティカルな一文が添えられていた。


 叔父はスマホと宮下を何度も交互に指さす。……あー、なるほど。どうやらこの状況を浮気かなんかと勘違いしてるっぽい。説明すんのめんどくさいなこれ……。


 横目で宮下を見る。

 戸惑っていると思ったが、何故か少し口角を吊り上げていた。その表情に嫌な予感がした次の瞬間、


「涼二君、私怖い……。助けて……」


 宮下が俺の腕にぎゅっと抱き着いてきた。

 しかもその声色はこれまで聞いたことないほどにか細く、今にも消え入りそうなものになっている。咄嗟に距離を取ろうとするが、宮下の腕にはかなりの力が籠められていて振り解けそうにない。


 叔父が動揺していた。

 お口パクパクの速度が上がって、窒息寸前の金魚みたいになってる。顔が青ざめてるせいで余計にそう見える。いやマジで怖いなこれ……。

 ガタガタと震える叔父をやむを得ず見守っていると、突然俺との間合いを詰めてきた。


 今にも鼻息がかかりそうな距離に叔父の顔がある。

 そして叔父は突然俺のズボンのポケットに自分の右腕を突っ込み、何やらまさぐったかと思えば猛ダッシュでドピューと走り去っていった。


「…………」


 なんだったんだ、あれ。

 そう思っていると、ポケットのスマホが振動。叔父からのLINEだった。


『怖がらせて悪かった。浮気……じゃないんだよな。信じてるぞ』


 そして俺は気付いた。

 さっきポケットに手を突っ込んだ時、スマホの他に何やら紙のようなものが紛れ込んでいることに。


『今が人生のピークだからな』


 そしてその手触りで察した。それは叔父が俺にくれた、一枚の――


「あれさ、叔父さんなんだ」

「……少し変わった人ね」

「まあな。でもいい人なんだよ。怖がらせて悪かったってLINEも来てたし。というかお前があんなことするからだぞ」

「それは……ごめんなさい。葵の写真見てたら思い付いちゃって、つい……」

「大体お前、初対面相手にこんなことするなよ。なんかされても文句言えなくなるぞ」

「何かって?」

「いや、それは……」

 俺が口籠っていると宮下が微笑みを向ける。

「分かってるわよ。それに私だって貴方じゃなかったらこんなことしないわ」

「……どういう意味だよ」

「私ね、色々あって貴方とは初対面な気がしないの。まあそのうち話すわ」


 宮下の意味深な言葉を疑問に思いつつも、とりあえず再び歩き始める。


 ――今が人生のピークだからな。


 本音か呪いか分からないその言葉を噛み締めて、俺は叔父にもらったそれをそっと財布に忍ばせた。

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