第8話 まさかの店員だった


 かくして無限食べ歩きツアーが始まった。


 およそ五十メートルに一回は何かしら食べてる気がする。

 おにぎり、苺飴、たこやき、あんまん、かにまん、10円パン、チョコチュロスetc……。


 難波から道頓堀まで北上してきたが、多分まだ一キロも歩いていない。お腹を空かせるために歩くとは何だったのか……。

 もちろん何かを食べる度に写真を撮った。一緒に頬張る姿を自撮りしたり、互いの写真を撮りあったり。

 しかし食べてる写真を撮ってばかりではワンパターンなので、通行人に頼んでグリコの看板と一緒にグリコポーズをする写真を撮ってもらったりもした。


 そして逐一岸野に送る。

 秒で既読はつくが、あれから返事は全く来ない。宮下曰く「葛藤中」らしい。ほんとかね。


「まだ十一時か……。お昼にはちょっと早いわね」

「えぇ⁉」


 こいつこれだけ食べてまだ昼飯も食う気なのか⁉ 


「ほんとは心斎橋のバイキングに行ってみたかったんだけど、流石にちょっと勿体ないし……。ラーメンとかでいいかしら?」

「寧ろ俺はほんとにお前がそれでいいのか聞きたいんだが」


 ラーメンて。しかもバイキングを諦める理由が勿体ないからって。ツッコミどころが多すぎる。


「まあ大阪のラーメンじゃ奈良には中々勝てないと思うけど」

「唐突に全大阪府民を敵に回すのはやめろ」


 まあでも実際奈良のラーメンはレベルが高いと思う。何故か一ヶ所に密集して日々鎬を削りあってる謎の街があったりするし。


 などと適当な会話をしながら歩く。

 一緒に歩いていて分かったことだが、宮下はこの人混みの中でも人目を引いていた。


 通り過ぎる人が不意に振り返ってこちらを見たり、挙句には「めっちゃ綺麗」などと会話の種にしている。岸野もそうだったが、あれは特攻服あってこそだ。私服でこれだけ人目を引いている宮下がどれほどの逸材なのかは想像に難くない。


 一方宮下は慣れているのか全く気にする素振りを見せず、涼しい顔をしながら人で溢れ返る商店街をずんずん突っ切っていく。


「時間もあるし、アメ村に行きましょうか」


 宮下の提案に頷いて答える。アメ村……聞いたことはあるが、実際に行ったことはない。とにかく若者の街ってイメージだ。


 御堂筋を横断するために交差点に入る。

 片側六車線のだだっ広い道路には隙間なく車が並び、道路に沿って巨大なビルがいくつも聳え立っている。その光景は如何にも大都会って感じだ。


 そして辺りをきょろきょろと見回して、はぇーっと口を開けっ放しにしている俺は完全に田舎者なんだろう。つーかこんな都会にあるのに村扱いされるなんて一体何があったんだよ。


「着いたわよ」

「いや村要素どこ?」


 思わず聞いてしまった。そして宮下に「は?」って感じの顔をされた。そりゃそうだ。

 しかしどれだけ辺りを見回しても、店頭に服を並べて客引きしてるお洒落な雰囲気の店ばかりなのだから仕方がない。


「ちなみに行きたいお店とかある?」

「いや、そもそも何があるかも知らんし」

「そう、じゃあ悪いけどちょっと付き合ってもらうわね」

 そう言って宮下は全く躊躇なく何やら怪しげな雰囲気のビルに入っていく。

「ずっと来てみたかったけど、実際に来るのは初めてなのよね」

「へぇ……」


 せせこましい階段を上り、開いているのかどうかすら分からないような店の扉を引いて中に入っていくと――


「なぁ、これ俺入って大丈夫なやつか……?」


 そう聞かざるを得ないぐらい、その店の雰囲気は独特だった。


「大丈夫に決まってるでしょ」

 と言って宮下はつかつか中に入っていくが、案の定この店に男性客は俺しかいない。


 異国に迷い込んだかのような錯覚を覚えた。

 目に映るもの全てがふわふわしていて、中にはその雰囲気に溶け込んだファッションをしている女性客もいる。メルヘンチックな商品ばかりが陳列されているこの店の中で、スウェット姿の俺だけが明らかに異質だった。


 ロリータショップ、という認識でいいんだろうか。

 目の前には色取り取りのドレスを着飾ったマネキンがいくつも並べられている。

 正面に置かれた姿見はまるで城の中にでも飾られているのかというほど大きく、足元に敷かれた赤い絨毯がその雰囲気を助長していた。


 なんとなく目のやり場に困ってしまい、ふと宮下を見る。

 宮下はそんな俺を全く気にする素振りを見せず、ハンガーラックに吊るされたワンピースを見繕っていた。


「かわい~」とひたすら連呼してテンションを上げている。意を決して俺も一つ手に取ってみる。……値段が全然可愛くない! ゲーム機とか余裕で買える値段してて寧ろ怖い!


「どう? 似合うと思う?」

 宮下は胸焼けしそうなぐらいにフリルとリボンが付いた白いワンピースを自分に宛がう。

「サイズ合ってなくないか、流石に」

「……葵に似合うかどうかに決まってるでしょ」

「なんでここまで来て他人の服見繕ってんだよ……」


 世の中には貢ぎマゾなる言葉があるらしいが、こいつもそれに片足突っ込んでるんじゃないか?


「私ね、夢があるの」

「なんか唐突に語りだした……」

「葵はお姫様で私は執事。朝、天蓋付きのベッドから寝ぼけ眼を擦って起きてきた葵はうさぎさんパジャマを着ていて、めんどくさそうに椅子に座るの。そしたら私が優しく髪を梳いてメイクしてあげて、それからこういう可愛いドレスを丁寧に着せていってあげる、そんな儚い夢……」

「…………」

「素敵な夢ですね」


 俺が言葉に詰まっていると、突然背後から柔和な笑みを浮かべたロリータファッションの女性が現れた。

 ぎょっとして距離を取ると、女性は楽し気に続ける。


「失礼ですが、その方はどのようなご容姿を?」

「相沢君、あれを」


 あれってなんだよあれって。いや、言わなくても分かるけどさ。

 ポケットからスマホを取り出す。と丁度その時、タイミング悪く岸野から返事が来てしまった。


 オープンショルダーの白いカットソーとネイビーのフレアスカートを合わせた、清楚という言葉を体現したかのような岸野の写真。

 しかも岸野は何故か駅構内に設置されているせんとくんの隣で、少し恥ずかしそうにしながら肉まんを齧っていた。こ、こいつもしかして、俺たちに対抗するためにわざわざ撮りに行ったんだろうか……。


「これは……とんでもない逸材ですね」

「そうでしょうそうでしょう」

 何故か誇らしげな宮下。どんどん盛り上がる謎の女性。

「この方なら……こういったものはどうでしょう」


 そう言って女性は店の中から何着か服を見繕ってきた。宮下はその服を見て甲高い声を上げ、パシャパシャと色んな角度から写真を撮り始める。


 かくしてここに存在しない女のための謎ファッションショーが始まった。いや誰得だよこれ。

 というかこの人、店員さんだったのか……。

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