第6話 ヤバい女だった


 それからおよそ二十分。

 ほとんど会話もないまま大阪難波駅にたどり着く。

 終点なので降りるのは当然として、これから何処に行くとかは一切聞かされていない。


 人の多さに圧倒されながらも、前を歩く宮下を見失わないように気を付けていると、


「ここからはお腹を空かせるために歩くわよ」


 宮下がこちらに振り返った。その表情は如何にも気合いたっぷりって感じだ。ここに来るまでの間ずっとスマホで店を見繕ってたし、どうやらある程度プランが練れたらしい。


 宮下は人の邪魔にならないところで立ち止まり、流れに乗って歩いている人混みをビシッと指差して、


「いざ!」

「……楽しそうだな」

 思わず口にしてしまう。そしてどうやらそれは宮下の気に障ったらしい。

「……何よ、悪い?」

 宮下はジトっとした目でこっちを見ていた。

「いや、寧ろありがたい。普通はあんなもん解散する流れだったろうし、ぶっちゃけ俺は初対面相手にまともに喋れるほどコミュ力も高くないからな」

「私だって似たようなもんよ」

「そ、そうか……?」

「まあ確かにそうは見えないでしょうけどね」


 そうしてなんばウォークを歩き始める。今度は二人並んで、人混みに紛れるようにして。

 そのまましばらく歩いていると、宮下は前を向いたまま話始めた。


「私ね、今日は本当に楽しみにしてたの。葵から誘ってくれたのって随分久しぶりだったから。私と葵は家が隣同士の幼馴染なんだけど、あの子って野球以外何にも興味を持ってくれないじゃない? 私が無理やり外に連れ回すことはあったけど、一日中散歩嫌いな犬みたいな顔してるし。あの子から出掛けようって言われたのなんてもういつ振りか分かんないわよ。まあ誘われたの昨日の深夜なんだけど」

「唐突過ぎる……。というか俺は三日前ぐらいに言われてたぞ」

「それ奇跡に近いわよほんと。私なんて一時四十五分よ! ほら見てこれ!」


 宮下が何故か得意げにLINEの画面を見せつけてくる。そこには『明日あそぼ』という小学生並みにシンプルなメッセージがあった。その下には宮下が即座に送ったとんでもない量の長文。どんだけ嬉しかったんだよこいつ……。


 そして更にその下には『遅れそう』『待たせてる人がいる。先に駅で待ってて』という身勝手極まりないメッセージ。挙句の果てに今に至るというわけだ。


「何様なんだよあいつは……」

「あの子は昔からこうよ。差し詰め私は都合のいい女ってとこかしら?」

「それほんとに友達なのか……?」

「だからこうして復讐しているのよ。そういや葵から何か返事きた?」


 突然振られて分かりやすいぐらい動揺してしまう。そしてその動揺を宮下は都合よく解釈したらしい。


「来たのね。見せて」

「いや、でも今はちょっと危ないって」


 この人混みで歩きスマホは、な。まあさっきやったばっかだけど。

 俺の苦し紛れの言い訳に宮下は若干しかめ面をする。


 しかしすぐさま「ちょうどいいわ」と言って、何やら待機列を作っている店に並び始めた。

 列から少し顔を出して覗いてみる。どうやら老舗の和菓子屋らしい。


「第一チェックポイントよ」

「腹減らせるために歩いてたんじゃなかったのか?」

「ここは食い倒れの街よ。歩いてばかりじゃいつまで経っても終わらないわ」

「……どんだけ食うつもりなんだよ」


 適当なことを言ってやり過ごそうとしたがそういう訳にはいかないらしい。

宮下は無言でスッと手をこちらに差し出してきた。さっさと大人しく渡せ、ということらしい。


 遅かれ早かれ見せることになるんだろう、と観念してスマホを手渡す。すると宮下は信じられないものを見たと言わんばかりに目をパチクリさせて固まった。


「こ、こ、これは……」



「私が絶対似合うからって五百回ぐらい言ったのに試着すらしてくれなかったから無理やり貢いだワンピースじゃない!」



 絶叫。当然人目を引いていた。

 しかし宮下は全く興奮が収まらないらしく、「きゃー」とか「わー」とか一頻り奇声を上げた挙句、「しかもポニテなんてポニテなんてポニテなんて」「これはもう五千兆萌えポイントね」「ああ、どうして私には生えてないのかしら!」などと頭が悪すぎる言葉を連呼しまくる。


「…………」


 何が生えてないかなんて当然聞かないし、生えてたらどうするつもりだったのかは怖くて聞けなかった。と、とりあえず他人の振りしとこ……。


「相沢君!」

「…………」

「相沢君‼」


 秘儀他人の振りを無理やり突破して宮下が俺の両手をぎゅっと握りしめてくる。


「貴方は最高のパートナーだわ! 今日は葵に目にもの見せてやりましょう!」


 俺の両手をブンブンと縦に振りながら宮下は声高らかに宣言した。

 ……初めて女子の、それもとびきりの美少女の手を握ったはずなのに猛烈に帰りたくなっている自分がいた。

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